第681話「プロレスをもって邪神を征する」
百人の御子内或子が〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉を迎え撃った。
敵は音速を超える邪神。
まともにぶつかれば為す術もなく蹂躙される相手に対して、或子は数という暴力で立ち向かった。
かつて孫悟空が駆使した〈身外身の術〉―――分身によって敵の目的を攪乱し、襲撃の的を絞らせない。
突然現れた百人の或子はどれが本物なのか神ですら見抜かせることはなかった。
自然に振る舞う百人の或子に対して〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉は的を絞れなかったのだ。
なぜならば、孫悟空の〈身外身の術〉は剣聖二郎真君すら欺いたほどの
たかが、邪神程度に看破できるものではないからだ。
〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の突撃は数体の幻の或子を巻き添えにしただけで無意味になった。
いかに超音速の避けられない特攻であったとしても、相手が実体のない幻であったとしても、なんの結果も無いからだ。
ゆえに、攻撃としては無意味。
しかし、生じた隙を百戦錬磨の闘士が見過ごすことはなかった。
むしろ、本来ならば付け入る隙も無かったはずの邪神にとっての大きな間隙となった。
特攻した〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の首が背後からつかみ取られた。
そのまま頭上で逆さに持ち上げる。
この期に及んで或子はプロレス技をしかけたのだ!
相手の両腿をがっしりと手で掴むと、相手の首を自分の肩口で支えた。
この体勢で空中から尻餅をつくように跳び上がった天空から着地する!
衝撃で同時に首折り、背骨折り、股裂きのダメージか〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉に炸裂する!
逆さまに肩口に乗せるように抱え上げる体勢はブレーンバスターと似ているとしても、頭部や背部をマットに叩きつける投げ技ではなく完全な破壊技であった。
しかし、或子との体格差はその程度で補えるほどのものではない。
着地と同時に御子内或子は背後に回ると邪神の腰をがっしりとホールドして、ブリッジを慣行した。
へそで投げるバックドロップ!
しかも、投げたあとにもう一度態勢を整えてさらにもう一度繰り返す。
それを、一回、二回、三回……と果てることなく繰り返した。
前代未聞のローリング・バックドロップの荒技によって〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉は自重に見合ったダメージを受け続ける。
「行くぞおおおお!!」
そして、御子内或子は気合いととともに三メートルという長身の〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉を持ち上げて、ブリッジとともに背後に放り投げる他。
腕は外さずにそのままの姿勢で、腰を極めたままだった。
怒濤のように雪崩落ちていく、美しいジャーマン・スープレックスホールドの曲線!
そのまま巫女と邪神は融合して固まったかのように動かない。
〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の両肩は〈ハイパーボリア〉の地面に見事についたままだった。
『1~、2~……』
そして、三秒後―――どこらともなく流れてきた3カウント後に、闇が太陽の光のもとに掠れて消えていくように、復活を目論んだ邪神は輪郭を失っていき、消滅していった。
〈護摩台〉に封印された数多の妖魅と同様に。
首だけでブリッジを続けていた御子内或子がよっこいしょと立ち上がり、右手を高らかに天に向けて掲げた。
すべては終わった。
―――この東京湾に浮かぶメタンハイドレート採掘基地〈ハイパーボリア〉における邪神復活の企みは六人の退魔巫女と一人の高校生の活躍によって阻止され、人の世の平穏は維持されることとなったのである……
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