第680話「闘神・御子内或子」



 〈火眼金睛〉


 御子内或子が自らの潜在能力を引き出したときに現れる、瞳が赤くなり金色の光を発する形態モードである。

 親友たちと違い、五大明王を守護神としない或子が彼女たちに匹敵する成果を挙げてきたのはこの特殊な体質のおかげである。

〈火眼金睛〉したときの或子は通常を遙かに越えた身体能力を獲得する。

 それは〈緊箍児〉によって前世の魂の力を引き出したのちでも同じだった。

 発動したときの身体能力・運動能力・反射神経のすべてを嵩上げすることができるのだ。

 かつて邪妖精〈レッドキャップ〉、関西の魔人八碔衆、異世界の邪神とのハーフの化け物、そして強敵しんゆう神宮女音子を撃破してきた必殺の〈闘戦勝仏〉を繰り出すためにはその嵩上げがどうしても必要なのである。

 ただし発動した場合は体力を限界まで引き上げて使用するため途轍もない消耗が生じる諸刃の剣だ。

 或子が〈ハイパーボリア〉上陸時から使用する素振りも見せなかったのはそのためだ。

 一撃必殺の確信が持てない限り使える技ではない。

 だが、命を燃や、魂を賭けるのは今しかなかった。

 敵の邪神は或子の機動性に合わせるために、本来ならば絶対に捨ててはならぬ体格差という有利を捨て去った。

 邪神なりの苦渋の決断なのか、ただの浅はかな知恵なのかはわからないが、全長三メートル前後という相手は或子たちが通常相手にする妖怪や妖魅にもよくあるサイズだ。

 つまりはということだ。

 故に決断する!  

 第五形態となった〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉を仕留めるのは今この時だ、と。

 常在止めることのない呼吸法で練気を続けることで〈気〉を溜めて、全身に蓄える。

 無敵の仙猿の力を秘めた肉体が同調して、これまでとは比べ物にならない純度を維持したまま、〈気〉が漲っていった。

 四肢の先端からわずかに漏れ出し、バチバチと火花を散らした。

 或子は空を見る。

 ソニックブームを巻き起こすマッハで飛来する邪神が彼女の隙を窺っていた。

 マッハの突撃さえ躱すことことが可能と知って、わずかに怯んだのだろう。

 だが、恐怖で人々を縛り支配する邪神。

 這いずる虫けらのごとき人間など力で屈服させ支配しようとするとこは明白であった。

 そして、案の定だった。

〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉は自らの速度と破壊力を過信して、命中さえしてしまえば或子を蹂躙できると早くいえば痺れをきらしたのである。

 確かに所詮人間の範疇でしかない或子であるから、マッハの存在に対してまともにぶつかるどころか掠られただけで肉体すべてが四散してもおかしくはない。

 逆に或子の側から〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉を傷つけるのは難しいとなれば躊躇う必要はない。

 ならば相打ちになったとしても邪神側が有利なのだ。

 だからこそ、今だった。

 或子には敵の攻撃を躱してぶち込む必殺技―――〈闘戦勝仏〉があるのだから。

 問題はタイミングのみ。

 そして、それは産まれ持ってのセンスとこれまで自分が獲得してきた経験にすべて委任する。

 これまでの自分自身が間違ってなかったことを誰がなんと言おうと肯定する。

 或子のためにこの〈護摩台ぶたい〉を用意してくれたものたちのために。


(キミたち邪神からすればちっぽけな力だけど、ボクにとっては全宇宙の開闢のビッグバンにも匹敵するぐらい大きなことなんだよ!!)


 動きを止めた或子目がけて、〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉が音速で襲いかかる。

 見守る〈五娘明王〉ですら、躱すのは不可能ではないかと思ってしまうほどの途轍もない速度だだった。

 明王殿レイの〈神腕〉でも防ぎ来れるかどうか。

 それに御子内或子は挑んだ。

 個では躱しきれない。

 フェイントは通じない。 

 ならば、〈闘戦勝仏〉による身体能力の限界を引き出した分身でもって攪乱するしかない。

 だが、この期に及んで二三体の分身で邪神を眩惑できるだろうか。

 無意味だ。

 敵は人知を越えた神なのだから。

 ならば!

 二、三体で駄目ならば……


「でりゃああアアア!!」


 或子は邪神が最加速をした段階でようやく動いた。

 出足は緩やかな歩調であったにも関わらず、それは親友たちでさえ見たこともない歩法となっていっていた。

 そして、〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉が或子を完全に仕留めにかかった瞬間、


!!


 一人の勇者が一つの軍団になったかのように!!


「まさか!?」

「嘘だろ!!」


 音子やレイたちでさえ目で見たものが信じられなかった。

 なぜならば、この時、〈星天大聖〉は誰の目にもわかるほどはっきりとに分身していたからである!!

 彼女が魂を引き継いだ孫悟空の得意とした仙術〈身外身の術〉を彷彿とさせる、まさに百人拳ともよべる技であった。

 


 

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