第679話「〈クトゥルー〉第五形態」
体長二十メートルの〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の肉を引き裂いて現れた新たな邪神は三メートル程しかなかった。
巨体が発する圧倒的なまでの恐怖感は減少し、一見弱体化したかのように思われた。
だが、御子内或子も彼女の親友たちも油断や楽観は決してしない闘士であり、何より爆発的に高まった妖気を感じ取れない鍛え方はしていない。
小さくなったのではなく、凝縮したのだと理解していた。
巨体のままでは或子のアジリティーに追随できないと判断した〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉が選んだ戦闘体型だと。
まさにこれが〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の第五形態。
邪神が或子を排除するために自分の肉体を余計な重しだと切って捨てて、速度と機動性重視に切り替えたのであった。
恐ろしくもおぞましい変貌を遂げた邪神は巨大な翼を広げて空を飛んだ。
〈護摩台〉の結界の外には出られないとしても、二十メートルの巨躯を閉じ込めていた広さは空を舞う存在が自在に飛翔できる余裕がある。
逆に或子の方が不利になったといえた。
なぜなら、〈天狗〉との戦いで見せたように、地上戦と接近戦に特化している或子は空を飛ぶ敵を苦手としているからである。
しかも、〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の第五形態はもともと海中の妖神から進化したものとは思えないほどに異常な空戦能力を備えていたのであった。
余計な肉を切り捨てることで得た身軽さと悪魔の翼の羽ばたきによって、加速と旋回を繰り返し、或子の死角に抉りこむ。
動物を超えた超感覚で辛うじて避けることができたが、その直後に吹き付けた衝撃波と音に弾き飛ばされる。
「攻撃の後に音だって!!」
それはソニックブームであったのか。
ギリギリ避けたはずなのに或子を襲った衝撃波は軽い少女の躰を藁のように弄んだ。
あまりの速さに眼が追いつかない。
「或ッチ!!」
音子が叫んだが当然届くわけがない。
〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉が生んだ爆音は耳をつんざくほどに凄まじかった。
〈ハイパーボリア〉の瓦礫の数々が埃のように舞い散る。
すぐ脇を掠められただけで、或子の肉体が砕けてしまうかも知れない威力があった。
単純なパワーはいらず、ただ頑丈な肉体と速度さえあればいい。
それだけで約束された勝利がもたらされる。
人智を越えた邪神が選びだした答えがそんなわかりやすい物理の法則であったことに巫女達は驚愕する。
まさか人と邪神の真っ向勝負の結末がそんな簡単なものになるとは……。
「悪手だったな、〈クトゥルー〉!!」
しかし、その攻撃を一手に引き受けている対象であるはずの御子内或子は高らかに言い放った。
「キミが宇宙的恐怖そのものであるというのならば、もっと効果的なやりようはあったはずだ。なのに、ボクに合わせてそんな姿になり、しかもやってくることは力押し。それではボクには遠く及ばない!!」
音速を超えるスピードで襲いかかる邪神に対して、或子は悠然と見つめ返していた。
むしろ、さっきまでの巨躯と争っていた方が余裕はなかったはずだ。
しかし、或子は不敵に嗤う。
いつもの常勝不敗の彼女のように。
さらに言えば彼女を知るものであればその根拠も見抜けたであろう。
なぜならば……
或子の全身のみならず、双眸までが激しい金色の光を放ち始めていたからだ。
赤く燃える炎の瞳ともに。
―――火眼金睛
御子内或子の最強の必殺技が発動するための条件であり、不破の奥義。
四聖獣の名を冠するバリエーションをもつ〈闘戦勝仏〉を放つ前提。
彼女は自分のすべてを賭けて邪悪な神を正面から撃破することを決めたのだ。
負ければ終わりの乾坤一擲の一発勝負。
苦しい時こそにやりと笑え、女だろ!
〈星天大聖〉御子内或子の大博打―――のるかそるか?
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