第677話「とある邪神の秘密」



 升麻京一からの〈力〉の流れを受けて、それをコントロールして四人の〈五娘明王〉たちに注ぐというパワコン的な役割をしていた熊埜御堂てんは、御子内或子によって破壊された〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の足の指から再生する気配を感じ取っていた。

 さすがは邪神。

 再生能力まで有しているのですかー。

 

「先輩方、もっと結界の〈魔力〉遮断の効果を上げてください。〈クトゥルー〉がエーテルから再生するだけの力を改修するのを完全に阻止します!!」


 この世界にはエーテルという力が流れている。

 科学的には解明されていないが、魔力・妖力といったオカルトの力を発揮するためには欠かせない力だ。

 てんたち〈社務所〉の媛巫女も使っていた。

 その場合、外気から力を摂りいれる〈外功〉としての摂取法となるが。

 基本的に自らの体内で練気した〈気〉を用いる〈内功〉によって戦う彼女たちだが、外部からの力を借りる場合もある。

 これを〈外功〉といい、究極的には五大明王の力を顕現させることも含まれる。

 妖魅の類いの中には〈外功〉としてエーテルの力を吸収して無尽蔵のパワーを誇るものもいるが、特に邪神の類いは傾向が強い。

 なぜなら、彼女たちが主敵と定めている邪神たちは外宇宙からやってきた外敵が多く、宇宙空間には地球上よりもさらにエーテルが多いからか、エネルギー源として消費する傾向が強いのである。

 そして、エーテルをエネルギー源とする妖魅は、ダメージを受けたとしても再生をしやすくなる。

 これを無効化することがほとんど不可能な人類にとって邪神のくくりに入れられた粗糖中の怪物たちの脅威は比類なきものとなる。

 だから、邪神を斃すためにはなんとしてでもエーテルの吸収を遮断しないと。


「ノ!!! 〈クトゥルー〉の力を減退させるだけで精いっぱい!!」

「こっちもだよ!! もともと愛染明王うちは正式の五大明王ではないんだからさあ!!」

「我慢しにゃさい!! あと、踏ん張りにゃさい!! 根性で乗り切りにゃさい!!」

「てめえら、或子を助けるぞ!! 気合い入れやがれ!! 親友ダチを護るんだよ!!」


〈五娘明王〉も必死に〈護摩台〉に維持に努めていたが、結界の確度をあげて完全にエーテルまで遮断することは叶わない。

 つまり、いくら或子が〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉にダメージを与えたとしても少しすれば無駄になるということだ。

 それでは何の意味もない。

 ただジリ貧になるだけだ。

 どうすればいい。

 てんは周囲を見渡した。

 すぐそこに升麻京一がいることはわかる。

 この絶体絶命の窮地に際して彼ならば指針を示してくれるかもしれないのだ。

 

「京一先輩、どうすれば!?」


 彼女は呼びかけた。

 さっきから一切の念話がなくなっているが、聞こえているはずだ。

 スーパー或子先輩の戦いの傍にあの人がいないはずがない。


(気にしなくていいよ、てんちゃん)


 聞こえてきた。

 やはり寄り添っていてくれたのだ。

 京一先輩はいつだって〈社務所〉の媛巫女たちの味方なのだから。


「でも、どうしてですか!? 何もしなかったら、いくらスーパー或子先輩でも!!」

(もう、その対策は終わっているんだよ)

「えっ」

(よく、御子内さんを見てご覧。エーテルが彼女に集中しているからさ)


 言われた通り、てんは戦い続けている御子内或子を観た。

 確かに目を凝らせばわかる。

 周囲のエーテルらしきふわふわしたものが〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉ではなくて、或子の方に流れていくのだ。

 本来、エーテルをエネルギー源としている邪神ではなく何故か巫女の或子に流れているのか。

 理由はわからない。

 だが、その様態は明らかに吸収というよりも、“略奪”であった。

〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉のもとに集まるはずのエーテルがすべて御子内或子によって奪われているのである。


「なんですか、あれは!? 或子先輩は何をしているんです!?」

(御子内さんが何かをしている訳ではなく、もう終わっているんだ)

「えっと……」

(邪神〈ラーン・テゴス〉のことは知っているよね)

「あ、はい。〈社務所〉がずっと狙っていて、この間、或子先輩が退治したっていう……」

(それさ)


 夏にエラブ島で行われた三柱の邪神対三人の媛巫女の戦いについてはてんも報告書を読んでいた。

〈グラーキ〉と〈イゴールナク〉については不明だが、〈ラーン・テゴス〉だけは確実に或子が仕留めたということも。

 ただ、それによって何か変化があったとは聞いていない。

〈ラーン・テゴス〉はその伝承によれば「無窮にして無敵の存在であり、この神が死ねば他の旧支配者は復活できなくなる」という。

 その伝承の正否は問わずに〈社務所〉はこの神を第一目標として付け狙っていたのだろうか。

 ガセだったのか。

 いや、本当にそうならばユゴスから来た〈ミ=ゴ〉の先遣隊もその他の邪神どもの眷属も〈ラーン・テゴス〉を追っていなかっただろう。

 なにより、〈ン・カイ〉に住む邪神〈ツァトグゥア〉までが首を欲していたということのとの整合性が取れない。

 ゆえに確かに〈ラーン・テゴス〉には何らかの秘密があったのだ。

 それが、今の或子の異状に関係あるのだろうか。


(伝承によると〈ラーン・テゴス〉は〈クグサクスクルス〉という神から逃れて地球に来たらしい。〈クグサクスクルス〉という神は他の神を捕食してしてとまう厄介な神で、しかも主神〈アザトース〉の子であり〈ツァトグゥア〉の先祖だ。〈ラーン・テゴス〉としては命からがらといったところのはず。だが、そのあとで惑星ユゴスからどういう訳か多くの邪神が地球に降り立った。それは何故か? おそらく〈ラーン・テゴス〉を追ってきたんだろう。それだけ、〈ラーン・テゴス〉には価値があったということだ)

「どんな価値が?」

(〈クグサクスクルス〉は他の神を捕食するだけでなく、その力までわが物としてしまう神だった。そして、この神は〈ラーン・テゴス〉の能力を狙ったんだ。同じことを〈ミ=ゴ〉も欲していた)

「それって……」

 

 てんは戦い続ける或子を見た。


(〈ラーン・テゴス〉はエーテル吸収能力を持っていたんだ。あいつ自身はそれを生かすこともできず、弱小の邪神でしかなかったが、その能力は強力で他の邪神のぶんまで近くにあるエーテルを根こそぎ奪ってしまう。しかも、その力は〈ラーン・テゴス〉を斃したものにだけ引き継がれるものだった。斃すか、もしくは食ってしまうか。そうしなければ継承はできない。もっとも、一度継承してしまえば、邪神にとってのエネルギー源であるエーテルを横取りできるというものであったから、多くの神に狙われていたということだ。武器であり、弱点にもなりかねないものとして。……君たち〈社務所〉がずっと付け狙っていた理由はわかるだろ)

「ってことは、エラブ島で〈ラーン・テゴス〉を斃し或子先輩は……」

(そう。もう、エーテル吸収能力を簒奪しているのさ。だから、今、邪神がいかにエーテルを用いて再生しようとしても無駄だ。すべて御子内さんのもとに奪われてしまうんだ)


 そういえば再生の兆候は見られたが、〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉の指の骨は一向に元に戻ってはいない。

 邪神の再生能力が発揮されていないのだ。

 つまり、本来、〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉に吸収されてしまうべきエネルギーがすべて或子に食われているということだ。

 とはいえ所詮人間の範疇でしかない或子は膨大なエーテルを力にすることはできないので、エネルギーの差は変わらない。

 しかし、無尽蔵の再生を停止させられるというだけで、この窮地を脱することができるのだ。


「京一先輩!!」

(大丈夫だよ、御子内さんを信じて。それに僕はてんちゃんとみんなを信じている。だから、君たちは負けない。だから、大丈夫)

「はい!!」


 舞台も装置も整っていた。

 あとの進行は簡単だ。

〈クトゥルー〉=〈ダゴン〉と直接戦っている御子内或子が勝利を掴み取ることだけだ。

 彼女を応援して、信じるだけだ。


 熊埜御堂てんはそっと心の中で祈るだけでなく、出し得る最大の声で叫んだ。


「或子先輩―、頑張れー!!!!」


 信じるものの声援は力に替わり、我らの代表者の背中を後押しする。


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