第675話「驚天動地の大試合」
四人の〈五娘明王〉がコーナーポストとなり、それぞれを正方形に繋げる視えない枠が四角いジャングルの結界を作り上げる。
白いマットはなく、サイズも〈クトゥルー〉が暴れられるぐらいに巨大だが、そこは紛れもなく〈護摩台〉だった。
巫女レスラーが戦うための、彼女たちのための戦いの舞台。
紛れもない自分のホームに降り立った御子内さんは、以前披露した奇妙な舞いを始めた。
右の手を天から地へと下げ、左の手を腹腔の位置から股のあたりまで上げる。
シンクロして足が前後に同じように移動した。
その繰り返しの果て、逆さに描かれた北斗七星が御子内さんの背中に浮かび上がる。
すると、その光る七つの星が輪っかとなり、彼女の細い首に金色のネックレスのように巻き付き、チョーカーのごとく締め上げた。
表情に苦痛の色が混じる。
痛みに強い御子内さんがあんな顔をするということ自体がまずありえないことだ。
おそらく通常の人間ならばショック死してもおかしくないほどの激痛が走っているはずだ。
〈社務所〉の媛巫女だからこそ耐えられるぐらいに強烈な痛みが。
ただ、彼女はそれに耐える。
あの金色の首輪―――〈
そのためにどれだけの贄を差し出さなければならないかはわからない。
しかし、彼女はあえてそれを選んだ。
〈クトゥルー〉を斃すために。
「来い、ボクの魂!! 戦うためにやってこい!!」
ボウっと御子内さんの全身の毛穴から金色の粒子が吹きだす。
一瞬だけ、彼女の姿が金の体毛を持った美しく凛々しい聖なる猿面冠者のものに重なる。
あれが孫悟空だったのかもしれない。
小賢しき生き汚い定命の人間たちが、自分たちと世界を護るために御子内さんに魂を引き継がした神話の英雄。
数多くの伝説や逸話よりも遥かに理知的で慈悲に満ちた眼差しをした存在だった。
西遊記は結局のところ仏教と人間寄りの物語であるから、いかに主役といえども無礼にも歯向かった猿には多少の悪い意味での脚色がなされていたのだろう。
本当の彼は……御子内或子みたいな、気は優しくて力持ちな真の勇者だったのかもしれない。
吹き出した黄金の粒子が彼女を染め上げると、同時に僕はどこからか湧き上がる衝動に駆られてつい叫んでしまった。
カアアアアアン!!
と。
聞き飽きるほど何度も聞いた〈護摩台〉の
今、〈ヨグ・ソトト〉の空間に突っ込まれ、降三世明王と同化し、エネルギーとして実態を失くしている升麻京一という人間の残留思念体ともいえる僕は、てんちゃんを媒介し四人の巫女たちがコーナーポストとなった〈護摩台〉の舞台装置となっている。
僕は升麻京一でもあり、〈護摩台〉にもなった。
〈ハイパーボリア〉での採掘で手がかかっていた龍脈の一部の力まで僕に及んでいた。
僕は自分の分身のような降三世明王が〈ヨグ・ソトト〉と鬩ぎあっている戦場にいる一方で、意識を分離させて、御子内さんのためのステージとなったのである。
……ああ、やっぱり僕は君のために〈護摩台〉を作る役割があったんだね。
今まで百近い〈護摩台〉の設置をしてきたのは、もしかしたらこの時のためだったのかもしれない。
僕自身が〈護摩台〉となり、一人の闘士が邪悪な神を討ち果たすための〈場〉になるための。
三界に影響を及ぼす降三世明王の力があるから、僕は
そうか。
どこからともなく流れてくるあの音は、僕が発していたものだったのか。
そして、〈護摩台〉の異常な仕組みの理由もわかった。
……そういうことだったんだ。
「でりゃあああああ!!」
〈
相手は〈ダゴン〉が変貌した〈クトゥルー〉。
サイズの差は歴然。
だが、〈護摩台〉の結界の持つ、妖魅の力を制限して縛りをかけるという効果が発揮されたのものか、全体としての大きさが減っていた。
これまで巨大に見せていた部分―――邪神の逆神秘的な魔のオーラが剥奪されて本来の姿が剥き出しにされただけかもしれない。
圧倒的な体格の違いはあったとしても、さっきまでの絶望的な差はなくなったように感じられる。
いや、そうじゃないかも。
御子内さんが闘志を顕わにして敵に挑む姿があまりにも勇敢で美しかったから、僕の中にある邪神への恐れも畏怖も霧散してしまったのかもしれない。
絶対にありえない戦いが始まっていた。
御子内或子対〈クトゥルー〉。
巫女レスラーと邪神。
その二つがプロレスのリングで真っ正面から激突し、死力を尽くして戦うという魂のワンダーランド。
舞え、戦え、御子内或子!!
巫女の中の巫女、最強の巫女レスラーとは君のことだっ!!!
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