第674話「巫女レスラー」
僕の念話を聞き取れそうな人はてんちゃんしかいなかった。
奥多摩での勤行じみた経験のおかげで神通力が増した彼女ならば、なんとか思念体と化した僕の発言も聞き取れるだろう。
だから、僕はてんちゃんを選んだのだけれどそれは正解だった。
僕は彼女に考えている内容のあらましを伝えた。
それに対しててんちゃんは、
「えー、まあ、できますけどー、てんちゃんだとちょっと難しいですよー。その役目はハイパーレイ先輩でないとできそうにないですねー。それでいいんですかー」
とだけ答えた。
できない、なんて口にしない。
作戦の成就可能性と有効に発揮する場合の対策だけを提案した。
お気楽極楽な受け答えなんてどうでもいい。
熊埜御堂てんという少女のプラグマティスト的な一面だけが強調された一シーンだった。
だけど、僕にとってはできるかどうかだけが問題であり、できるというのであればそれでいい。
『大丈夫だ。何故ならば、君たちは巫女レスラーだろ? 御誂え向きの舞台ができるのならばそれでこそ力を発揮できるんじゃないかな。特に御子内さんなんかはね』
「……もお、京一先輩はてんちゃんたちを操るツボというものを熟知しすぎですよー。まあ、そうでないと先輩程度の男の子が私たちにモテモテになるという奇跡はあり得ないんですけどねー」
『モテモテかどうかはとにかく、僕は皆のことを第一に考えているよ』
「女の子を殺すには最高のセリフですねー。……でも、いいです。乗ってあげます。てんちゃんだって京一パンセンのことが大好きなんですからねー」
そうして、彼女は僕の提案した策について、いわゆる中継役を買って出てくれることになった。
おかげでというべきか、想定していた通りに策は進んでいく。
もし、これをするとしたら〈五娘明王〉のうち四人の協力が不可欠だけど、そのためにはてんちゃんという神通力の許容量が桁違いの人材の助けは不可欠だった。
彼女を媒介することで、四人の〈五娘明王〉が四方に散る。
西に神宮女音子、北に猫耳藍色、東に刹彌皐月、南に明王殿レイ。
それぞれが〈ダゴン〉=〈クトゥルー〉を囲むように、〈ハイパーボリア〉を移動する。
動かないのは御子内或子と熊埜御堂てんだけだった。
四方に散った〈五娘明王〉が正確に正方形を描くと、彼女たちは自分たちの守護神のための真言を唱え始めた。
ナウマク サンマンダ バザラダン カン!!
オン シュチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ!!
オン バザラ ヤキシャ ウン!!
オン マカラギャ バゾロシュニシャ バザラサトバ ジャク ウン バンコク!!
四柱の〈五娘明王〉による守護神の真言の唱和によって、一つの形が生まれる。
正しく聖なる戦場を築き上げる結界が。
人々を傷つけ、苦しめる妖魅を閉じ込め、人々を救う善なる巫女が戦うための舞台が出来上がっていく。
この舞台に昇った悪魔・妖怪どもはすべて強くて優しい巫女さんたちにぶちのめされることになる。
そこを僕たちは〈護摩台〉という。
〈社務所〉で鍛え上げられた媛巫女たちが、どんな悪漢も手の付けられない怪物どもも、この場に立ったら、もうおしまい。
正義の巫女レスラーによって退治されるのがわかっているのだから。
プロレスリングのような四角い結界が、五大明王の力を顕現する女の子たちによって構築され、邪神〈クトゥルー〉を閉じ込める。
事態に気づいた〈クトゥルー〉が手を伸ばしても〈護摩台〉の結界からは逃れられない。
これは古から伝わる魔導書〈螺湮城本伝〉を基にして日本で独特に編み出されたものであり、いかに深海の主神であったとしても〈ダゴン〉に憑依した偽物程度では突破できない。
なぜなら、魔導書〈螺湮城本伝〉はそのためのものであるからだ。
〈五娘明王〉が完全に四方を塞ぎきり、そのための連結をてんちゃんが行うことで〈ハイパーボリア〉に降臨した邪神は〈護摩台〉から逃げられなくなった。
僕が知っている多くの妖怪・妖魅たちと同様に。
妖神ですら、〈護摩台〉の結界に入ってしまえばあとは同じだった。
カアアアアアン!!
いつものように
赤コーナーをもしたクレーンの上に立ち腕組みをしたチャンピオンが何倍もの体格の差を持つ
これから始まるのは、
復活を果たそうとすると邪神と、―――巫女レスラーの。
そう、これまでとまったく変わりはない。
僕のチャンピオンがリングの上で邪神と一騎打ちを演じるだけなのだ。
御子内或子と〈クトゥルー〉の、無制限一本勝負が始まるだけなのだ!!
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