第644話「〈サイクラノーシュ〉へと」



「おい、ガキ。なんで〈ハイパーボリア〉がこんなにデカいかわかるか?」

「えっと中央部分にある円筒のホール部分があるからですよね」

「そうだ。他の海上天然ガス採掘施設と違うのは、〈ハイパーボリア〉はメタンハイドレート採掘のために施設そのものが直接鉱脈から掘りあげているからだ」


 通常、トシさんの言う通り、天然ガス採掘基地は、海の上にこそ建てられているが、基本的には中央にガスタンクを設置した貯蓄のためのものであり、採掘は所属するドリルシップが行う。

 ドリルシップは、船の中央に伸縮するドリルが装備されており、それが開けた穴からホース(もちろんぶっとい専門のものだ)で汲み上げる。

 十分な量が採掘できれば、定期船で母港まで移送するというプロセスをとる。

 だが、メタンハイドレートではかなり異なってくる。

 特に今回の東京湾で発見された鉱脈はだ。

 これまで太平洋岸で発見されたものは、主に深海の、さらにそこから300~700メートルほど掘って見つかるうえ、分子レベルで砂と混じっているため見つけにくく分離しにくいという欠点がある。

 逆に日本海側では、ずっと浅い海底にそのまま露出しており、100メートルほどで掘りだせ、かつ、純度90~99%の白い塊なのであったが、〈ハイパーボリア〉が設置された鉱脈は太平洋岸にありながら例外的にこちらと同等だったのだ。

 つまり海上に設置した施設で直接採取できるのである。

 このような浅瀬にある表層型メタンハイドレートの採取方法としては、解離チェンバーを使って、ウォータージェットノズルから高圧の水流をだしてメタンハイドレートと水を攪拌して、水に溶けたハイドレートを水ごとポンプで回収するものがある。

 ただし、これは効率が良くないことから、〈ハイパーボリア〉では引っ繰り返したボウル型の回収装置をメタンハイドレートの採掘口に置いて、海底から湧き出てくるメタンハイドレートの粒を捕集し、ダクトを通して施設に運び込むという方法をとっている。

 ゆえにこれまでとは比べ物にならないほどのガスが採掘できる仕組みになっているのだ。


「回収装置はじっと海底にあって〈ガタノトア〉と名付けられている。基本的にこれを使っているのが基本採掘班だ」

「じゃあ、下層Xブロックは?」

「かなり〈ガタノトア〉の効率がいいんで、もう一基仕掛けようという話になっていて、そっちを担当している」

「それにしても600人は多すぎるんじゃないですか」

「それは俺たちも思っていた。だが、親会社のレムリア興産のやることだ。黙って見ていたよ。ガスタンクに変なことをされなければ火災やら事故の心配もなかったしな」


〈ガタノトア〉ですか。

 名前についてはここの作業員たちが勝手に呼んでいるだけだと思うけど、もし〈社務所〉のみんながきいたら眦を吊り上げたかもね。

 どう聞いても邪神かその眷属の名前じゃん。


「つまり、Aブロックの改築も新しい回収装置の設置のためのリフォームだと」

「ああ、今年の頭頃から始まった。まだ、〈ガタノトア〉からの採掘量も安定してねえのに、レムリアは気が早えなってみんなで噂したもんだ」

「1500人体制になったのはその頃ですね」

「ああ、多すぎンだろ」


 やっぱりその頃からか。

 僕が貰っていたデータでは、人の異動はわからなかったけれど、確実にどこかがこの〈ハイパーボリア〉を制圧するために息のかかった連中を大量に送り込んだのだ。

 基本的にAとXはいらないブロックだから。


「それで、みなさん。ここの南東にあるクレーンを倒す方法はありませんか」

「倒すって言ってもよお。構造建築物だぜ? ボタン一個でダウンとはいかんだろう」

「逆にすぐに倒れないように出来ているもんだからな」

「確かに」


 でも、あれをなんとかして外さないとドリルシップ自体が動かない。

 脱出の方法がない。


「ブロウアウトでも起きれば衝撃で倒れるかもしれねえな」


 マサというちょっと文科系っぽいオジサンが言った。

 

「ブロウアウトってなんですか?」

「浄化槽の逆流だよ。〈ハイパーボリア〉自体は〈ガタノトア〉で採取しているが、ドリルシップの方はパイプに解離チェンバーで圧力をかけてメタンハイドレートを採取している。だから、パイプはまだ海底に繋がったままだ」

「それで?」

「普段、ドリルシップの自動制御が働いて止めているが、それがおじゃんになればものすごい勢いの泥を巻き込んで放出するはずだ。こんな雨なんて無意味なぐらいの―――怒涛の土砂が。そうなればあのクレーン程度なら重さに耐えきれずに倒れるだろう」


 僕はマサさんに訊ねた。


「どうしてわかるんです?」

「俺はもともと〈サイクラノーシュ〉の船員だった。あの変な奴らがくるまではな」

「わかりました」


 そのブロウアウトの衝撃にドリルシップ自体が沈まずに耐えられるかという問題があるが、もしそんな状況になったら怪物どもも混乱するだろう。

 逃げる機会としてはまあまあだ。


「どうすれば自動制御を止められますか?」

「艦の中央部分にバルブがある。そこを解放すればいい。コンピューターもそれで止まるはずだ。船自体を検査するときのやり方だが、おそらくそれで動くだろう」

「バルブを動かすのに必要な手順はありますか?」

「辿りつけさえすれば、あとは力と根性だな」

「シンプルでわかりやすいです」


 僕は立ち上がった。

 

「いすゞさん、元・退魔巫女としてお願いできますか」

「なんだよ」

「僕が戻ってバルブを一度解放してきます。そうしたら、ブロウアウトが始まりますので、それが終わったら皆さんを連れて脱出してください」

「なんであたしなんだ?」

「そこの穴から出られるのは、体格からして僕とあなただけですから。ブロウアウトが終わった段階でクレーンも倒れるはずですから、そのまま〈サイクラノーシュ〉まで走って。化け物たちも混乱しているはずです。そのときしかチャンスはありません」


 そこで、彼女は言った。


「あんたが途中でしくじったらすべてがお終いなんだけれど?」


 僕は答えた。


「僕、人命がかかったことで失敗したことありませんから」


 自分でもかなり胡散臭いことを言ったはずなのに、どういう訳かこの場にいる全員が僕を妙な眼差しで見た。

 意味が分からないので肩をすくめて振り向く。


「じゃあ、あとはよろしくお願いします。まだまだ夜は長いのでみなさん、闇に負けないように頑張ってください」


 では、〈サイクラノーシュ〉に戻ろう。

 きっとララさんが完全に制圧してくれていると信じて。ち

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