第636話「鉄のミサゴに騎乗して……」



 オスプレイの内部は、普通のヘリコプターとはまた違う轟音がするのであまり何度も乗りたいとは思わない。


「そもそもヘリじゃねえから」


 僕のフォローのために隣に座っているホークさんが言う。


「ヘリってやつはエンジンの出力が低すぎてな、航続距離が稼げねえんだ。そこで、航続距離を長くするために固定翼機とVTOLの両方を足した機体が開発されたんだよ。おかげで、二つのメリットを持った機体として、離着陸時にローターをエンジンユニットごと傾け―――これをティルトという―――プロペラ方向を上にすることで垂直離着陸ができて、普通に飛ぶときはプロペラを前へ向ければよいというティルトローター機ってのが出来上がった訳だ。オスプレイはその機種さ」


 チンピラ風とはいえ、さすがエリート揃いの警察官チームSATの出身のホークさんである。

 立て板に水の説明だった。

 ちなみに前所属はSATでその前はSPをやっていたという、経歴が正体不明の人だ。

 挙句の果てに〈S.H.T.F(特殊聖力戦略部隊スペシャル・ホーリー・タスク・フォース)〉の隊員なのだから、日本国籍の警察官としては究極の経歴の持ち主なのではなかろうか。


「坊主、やはり落ち着いているな」

「そう見えますか?」

「そうだな。ホークよりよっぽど歴戦に見える」

「おいおい、タイガーさんよ。ひでえこといいなさんな」

「わかってますよ。ホークさんは僕を落ち着かせようとオスプレイの講釈をしてくれていたんでしょう。大丈夫です、わかっていますから。それに、オスプレイの話、もう三回目ですよ」


 新兵と変わらない僕のためにベテランの古参が気を遣ってくれたということだ。

 すると、ホークさんはちょっと視線を泳がせて、「べ、別にそんなんじゃねー」とぶっきらぼうに言った。

 それを見て、「おまえはツンデレか」と隊員たちからツッコミが入る。

 仲のいいチームなのだ。

 しかし、僕が彼らの実戦を見たのは、例の〈吸血鬼〉事件のときだけだけど、吸血鬼という誰でも知っている上級の化け物を容易く仕留めた兵士たちでもある。

 こんな危険な任務を引き受けても、粛々と戦場になるだろう場所に赴ける見事な男たちだった。


「……いいカネ。〈ハイパーボリア〉にはヘリコプターの発着場がある。しかし、邪神どもの眷属が引き起こしたくそったれな嵐が囲んでいるから接近はおろか、着陸なんてまず不可能なのダヨ。おそらく状況によっては上部甲板は〈深きものども〉の巣となっているからネ。だから、まず……」


 ララさんは後部デッキの床に地図を広げて、一点を指さした。


「ここまで達した段階で少年を私が抱えて飛び下りる。―――目的地は、このドリルシップだ」


 一隻のかなり大きめの船の写真が出てきた。


「望遠とわずかな衛星撮影のおかげでわかっていることは、この〈ハイパーボリア〉の付属品ともいえる採掘用の船が上部Aブロックの端に激突している。嵐の影響だろうサ。しかも激突のショックで傾いた船の吊クレーンが基地のものとぶつかってしまい、復原がほぼ望めない有様だ。……浮力が戻らないからな。おそらくこのまま嵐が続けばドリルシップは沈むだろう」


 何枚も現地の状況を示す写真と、なんとCGによる解説までタブレットで表示される。


「〈ハイパーボリア〉には150人ほどがドリルシップの船員として待機している。交代制だからだ。もっとも船にはだいたい50人ほどしか乗れないし、昨日からのスケジュールを観てみる限り、船は出港寸前に波のせいで傾いたようだから、中にいる船員たちもほぼ基地へと戻っているとみるべきだろう。……つまりは無人だ」


 今度はドリルシップの図面。

 かなり細かい。

 やはり綿密に準備が進められていたのだろう。


「〈S.H.T.F〉の隊員は私たちとともに懸垂降下してこのドリルシップ〈サイクラノーシュ〉を制圧する。そのぐらいならば、貴様らでもできるだろう」

「Yes.司令官マム

「最悪の事態―――例えば邪神クラスが潜んでいたらゲームオーバーだが、それ以外なら私もいる。アンドロメダに乗ったつもりで励むがいいサ」

「―――あー、真っ先に彗星帝国に撃沈される船ですね。縁起が悪いですよ、マム」

「やかましいんダヨ!! 貴様ら、脳筋の癖にサブカルに詳しすぎないかネ?」

「自分はハミングバードを見て自衛隊に入隊を決めたもので、だいたいわかります。GATEのBDも買った口です」

「あ、自分も買いました」

「当時は南スーダンにいたもので、ネットであとで視ました。いやあ、面白かったですね」


 と、またも話が脱線する。

 この人たち、優秀なんだけど、どうも任務・訓練時と普段が違いすぎるんだよなあ。

 おそらく司令官のせいだとは思うけれど。

 彼らのおかげで僕のララさんに対する悪感情もわりと修正されているのはいいことだけれど。


「だ・か・ら、沈黙を重んじる兵士らしくふるまいたまえヨ、貴様らわ!!」


 ララさんはちょっとお怒り気味だ。

 でも、もともと発端はアンドロメダとかいいだした彼女なのだから自分の責任だよね。


「―――と、とにかく、ドリルシップを制圧したら、付属のデッキを使って、少年は〈ハイパーボリア〉に向かう。いいな。嵐に突っ込んでラペリングするまでは〈S.H.T.F〉が責任を持ってやり遂げるが、そこから先は少年次第だ」


 付け焼刃の訓練を施されたを基幹にすえた、こんな馬鹿みたいな作戦を立てる。

 なんてイカレているのだろう。

 僕なんかを送り込むために、オスプレイと歴戦の兵士が十名も命を危険に曝すのだ。


「……これ以外にもきっと〈社務所〉も政府も、他の組織も色々とやっているのでしょうね」

「当然ダネ。この頭のおかしい作戦は私と〈社務所・外宮〉だけが進めているものだ。他にもあるだろうが、それは知らない。万が一があるからダヨ」


 心を読む妖魅がいないとも限らないってことですね。


「少年は好き勝手にやるがいい。それしか、あの中で生きる術はない。私と〈社務所・外宮〉は貴様という完全規格外品を起爆剤とするという作戦に一年の時間をかけたが、最後はやはり少年次第だ」

「わかりました」


 多分、完全なスタンドプレイだ。

 もっと効果的な作戦がよそで練られて発動の刻を待っているのだろう。

 ただ、それでは犠牲が大きすぎる。

 軍隊では〈ハイパーボリア〉に憑りついている邪神とその眷属、信者たちを止められない。

 兵器は政治上のしがらみで使えないし、東京都の目と鼻の先で局地戦なんて到底できるはずがない。

 人類にとっての切り札となるはずの御子内さんたちでも攻め落とせるとは限らない。

 他の手段ではどうにもならないのはわかった。

 

 そこで、僕だ。


 死んだって損失としては軽微なものだし、自慢ではないが生き汚さは相当のものだ。

 この僕がギリギリまでかきまわして、できることなら最深部の邪教徒どもの企てに一矢報いることができれば……

 現状は打破できるかもしれない。

 本当に一矢だけかもしれないけれど。


 あとは大人と御子内さんたちに任せよう。

 

 ちっぽけな幸運に世界の幾つかの未来を乗せて。


 ガクン!!


 オスプレイが揺れた。

 嵐の中に突入したのだ。

 同時に耳をつんざくような雷鳴が轟き渡る。

 晴れた空からいきなりの台風の中心地という変化は常識的にはありえない。

 だが、これを引き起こしているのは邪神で―――向かうところを支配しているのはその信者と化け物たちだ。

 どんな天変地異が起きたって不思議ではないところだ。

 

 タタタタタタタタタタタ……


 オスプレイの飛行音はまるで子供っぽい行進曲マーチのように僕の心を奮い立たせていった……




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