第629話「猫耳藍色VS三代目分福茶釜」


『悪いな、猫の姐御。今日ばっかりはあんたをぶちのめしてでも止めさせてもらうぜ』

「安心してください。わたしもあにゃたをぶっとばすことに一片の罪悪感も持ち合わせていませんから」


〈三代目分福茶釜〉と巫女ボクサー・猫耳藍色は真っ向から対峙した。

 互いに知らない顔ではない。

 後楽園ホールでの団体戦以来、何度か顔を合わせたこともある相手だ。

 江戸の妖狸族のリーダーである目白の分福茶釜の孫であり、一族の若頭扱いの三代目と、山手線の外周部から埼玉方面にかけて守護する中野の於駒神社の藍色とは縄張りが被りやすいということもあって、一度顔見知りになると何度も様々な場所で顔を合わせることになった。

 外来種であるハクビシン一族、土竜もぐら族相手の抗争の際は共闘関係になり、同じ陣営として闇の底で戦ったこともある。

 種族の違う戦友といっても過言ではない。

 だから、お互い手の内はよく知っていた。

 ただぼうっとしていただけではないのである。


『ライトアップかピーカーブーからのボクシングがメインで、真空を人工的に作り出す猫耳流交殺法を常に隠し持っていやがる。で、震打とかいう震動を送り込む技と金剛夜叉明王の雷撃をフィニッシュにする、巫女の姐御の中でももっとも派手な技を使うのがあんただ』

「……よく調べていますね」

『まあな。〈社務所ニンゲン〉とはまたいつかやり合うこともあるだろうから、ずっと身辺調査はさせてもらっている。タヌキの悪知恵なめんなよ』

「では、わたしらが〈五娘明王〉であることも?」

『当然だ。つーか、都内でニンゲンと深いかかわりのある妖怪で、あんたらのことを知らない奴はもういねえだろう。おい、最近、あんたらに退治された妖怪は減っただろう? そういうことだ』


 藍色は頷いた。

 ここ半年ほど、〈護摩台〉を使って肉弾戦を繰り広げなくてはならない妖怪の数は確かに減っていたのだ。

 ただし、妖魅事件の数自体はさほど変わっていない。

 関東中で悪霊・怨霊が暴れ回り、何故か棲家からでてきた珍種の妖怪たちが人々を脅かし、豪に従わない外来種が殺しをまったく止めない。

 おそらく邪神による神物帰遷の影響であろう。

 その中で旧い名の知れた妖怪との戦いだけが減ったのは、やはり〈社務所〉の媛巫女のうち数人が〈五娘明王〉として菩提心に目覚め、到底まともに戦えるものではないと怖気づかれた結果である。

 今の藍色たちはそれだけの抑止力を秘めた戦力なのであった。


「じゃあ、どうしてあにゃたはわたしらと戦りあう気ににゃったんですか?」

『そんなもんはさっき言った通りだ』

「さっき……」

兄弟きょーでーに頼まれたからさ。「僕を助けてくれ」ってな。なあ、猫の姐御。……原初の精霊使いってのがどういう奴らか知っているか。ワシの爺いがそのまた爺いから聞かされた話になんだけどよ』

「知りません」


 分福茶釜は言った。


『ワシら妖怪は、もともとは大地の精や木々の霊みたいなぼんやりとしたものがニンゲンに認識されて、さらに年を経てバケモノになったものが多い。勿論、違う発生の奴らもいれば、宇宙やら地獄やらからきた連中もいる。だが、おおもとは基本的にぼんやりとしてざっくりとしたの塊なんだ。ニンゲンに名前や形を与えられてワシらは具現化されて妖怪となるもんさ』

「……その通りですにゃ」

『だから、ワシらは原初の精霊使いみたいな奴らに弱いんだ』


 180cmを超す身長と、全身に鉄器の茶釜の鎧をまとった大ダヌキは、少しだけ頬を紅く染めた。

 照れているのだろう。

 妖怪とはいえタヌキが見せるには珍しすぎる感情表現だった。


『ワシらを友達と呼んで信じてしまうお人好しに、な』


 分福茶釜にとって、升麻京一はニンゲンとはいえ友だ。

 兄弟と呼ぶのも冗談ではない。

 それだけ親愛の情があるということだった。

 だから、無理を承知で引き受けたのだ。

 彼を引き留めるだろう〈五娘明王〉の足止めという難事を。

 ただでさえ一年前の後楽園ホールで力負けした連中が、仏教の守護神である五大明王の力を覚醒させたというのだから、本来勝ち目等あるはずがない。

 では、尻尾を巻いて逃げるか。


『―――できねえな。ワシらタヌキの尻尾は丸くて、負け犬のようには巻けねえのさ。勝ち目なんぞ要らねえよ。ワシらはできることをするだけだ』


 京一からの依頼が来たのは珍しく電話であった。

 普段はどんなに懐いてもすげなく扱われ、そっけなくされるだけなのに、京一の方から連絡が来るなんて滅多にないことだ。

 喜んでスマホに出た分福茶釜が聞いたのは、「助けて欲しい」という依頼だった。

 しかも仮想敵は〈星天大聖〉と〈五娘明王〉。

 気でも狂っていなければでてくる話ではない。

 しかし、分福茶釜は二つ返事をした。

 頼まれてすぐに「おお、いいぞ」と言ったのだ。

 どうしてかって?

 

友達ダチだからよ』


 それを聞いて、藍色も不意に微笑みを浮かべてしまう。


「うん、それは十分すぎる理由です」


 今の時代にはバカのすることだろう。

 はっきりとしない友情などというもののために命を賭け、それが正しいことであるかもわからないのに。

 かつて偉大なドン・コルレオーネは言った。

「友情は全てだ。友情は才能よりも大切だ。政府よりもだよ。友情とは家族と似たようなものだ」と。

 ならば、友情のために戦うことは何よりも正義なのかもしれない。

 藍色はこの大タヌキのことをさらに好きになった。

 例え本来は敵対すべき妖怪であったとしても。


「では、〈五娘明王〉金剛夜叉の巫女ボクサー・猫耳藍色の敵としてあにゃたを排除します。京一さんのあとを追うのはそれからでもいいでしょう」


 戦いはもう始まる。

 血で血を洗うくせに、中味は純粋にキラキラとした宝石箱の様な戦いが。

 分福茶釜は腰を落として、掌を上に向けて、仁義を切った。


『おうさ。―――お控えなすって。あっしは生まれも育ちも帝都は目白。祖父は上州にして名を馳せた英雄〈分福茶釜〉、江戸の町を仕切って兄弟たちを護ってきたタヌキでござんす。その祖父の名を継いで、親兄弟を孫の代まで護ると誓った妖狸族が若頭〈三代目分福茶釜〉と申すものでござんす。お見知りおきついでに、いざ、勝負と参りましょうや』


 これがタヌキの任侠道であった。

 藍色は巫女ゆえ仁義は切らない。

 代わりに、ボクサーとしてライトアップにスタンスをとり、フットワークを開始した。

 

「薄汚ねえ渡世であったとしても、どうしたって譲れねえものは往々にしてあるものなのさ!!」


 まずは、巨大な金属の茶器を纏ったタヌキから仕掛けていった。

 

 



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