第620話「死闘! 巫女部隊VS混成妖怪軍団」
四対四の集団戦。
だが、巫女たちと妖怪連合軍は完全に自分の相手を見定めていた。
端から集団戦闘などする気はなかったのだ。
もともとが一騎当千の強者揃い。
組んで戦っても強いのは当たり前であるが、それ以上にタイマンこそが〈社務所〉の媛巫女の基本なのである。
対する妖怪連合軍もそうである。
自分の力に絶対の自信を持っており、いかにかつて破れた相手であったとしてもリベンジすることもできるという自負を抱いていた。
そのため、タヌキたちは今回の
だが、升麻京一に戦う相手を定められたことで、その方向性を変えられ、前とは違う相手と戦うのも良しと考えることになった。
三代目分福茶釜はこのことを京一によるファインプレーだと認識していた。
なぜなら、以前の対決ではっきりしていたのだが、江戸前の五尾と〈社務所〉の媛巫女たちの相性は必ずしも良くない。
タヌキたちは幻法と称される化ける秘術とややトリッキーな戦い方を好む。
彼らはまさに狐狸の類いだからいにしえよりの習性に従えば仕方のないところなのだけれど、詭道はタネを見破られれば常に正道に敵わないように、真っ正面からの戦いを選ぶ巫女たち相手には分が悪いのだ。
幻法は目くらましであり、敵の性質と噛みあったときは何倍もの実力を出せたとしても、そこには運の要素が絡んでくる。
例えば、八ッ山のタヌキは幻法〈偽汽車〉に変化するパワー型のタヌキ妖怪だが、残念なことに後楽園ホールでマッチアップした明王殿レイはさらに上回るパワー型であった。
団体戦の先鋒として出てくるのだから一番槍として勇猛果敢な猛者を送り込むのが定石だとしても、まさか自分を上回る怪力がやってくるとはさすがに想像できなかったのである。
そのため、正面から激突して見事に粉砕されるという結果となった。
あれから八ッ山のタヌキは幻法も修行し直して〈偽汽車〉はさらに力を増してはいる。
八ッ山のタヌキ自身は今回、レイにリベンジを果たすつもりではあったのだが、分福茶釜からするとその選択は悪手であるとしかいえない。
前回と同じ結末、しかもさらに早い終わりが眼に浮かぶようだからである。
升麻京一のみならず、他の巫女に対してもやや親しい立場だからこそわかることであった。
だが、リベンジに眼がくらんだ八ッ山を引き留める術はないとも思われた。
しかし、その八ッ山に対して、升麻京一は「刹彌皐月を狙う」ように指示を出した。
あのメッシュのショートカットは以前いなかったが、発する神通力のオーラは他の巫女とほとんど同質で同量である。
難敵であることはそれだけでわかった。
ただ、京一の指示に従うことが八ッ山のタヌキにとっては理になるということを経験から思い出したのだ。
たったそれだけでレイへの執着を捨ててしまった。
熱くなっていた頭を冷やして修正したのだ。
狙ってやっているとしたらたいしたものだ、と分福茶釜は思う。
(さすがは
妖怪とともに遊び、妖怪とともに敵と戦ったこともある、あの少年のことを分福茶釜は心から尊敬していたのである。
だからこその兄弟呼びであった。
同じことは浅草寺のタヌキにもいえ、あちらも指示を受けたことで於駒神社のボクサー巫女へのリベンジを断念して、切り替えていた。
京一の情報では、今、彼女は電気を自在に操るらしい。
それでは身体を風船のごとく膨らませて打撃を無効化する幻法〈狸提灯〉も意味がないことになる。
ならば、打撃と怪力がメインの明王殿レイを相手のするのが正解のはずだ。
浅草寺のタヌキは京一とはあまり親しくないとはいっても、四国の英雄タヌキ〈三代目金長〉、〈五代目隠神刑部〉といった錚々たる面子に気に入られていることは承知していた。
たかがニンゲンでありながら、歳経たタヌキも及ばないほど一族に認められた存在なのだ。
その意見は傾聴に値するものであり、素直に言葉に従えるのも、浅草寺のタヌキが〈五尾〉に相応しい闘士だからである。
浅草寺のタヌキは、パワー型をいなせる〈狸提灯〉でレイに挑むつもりであった。
『じゃあ、私の相手はやっぱりあの傾奇者なんだゾ』
バニーガールのような姿のウサギの妖怪〈犰〉も覆面を被った対戦相手に狙いを定め、舌なめずりをした。
彼女は〈五娘明王〉たちには会ったことがない。
知っている巫女は御子内或子だけだ。
そのたった一人に敗北して気絶させられたときのことは今でも忘れられない。
大地の気から形作られた純粋な妖魅である彼女は、本来ならばどれほど手強くても人間など相手にならないはずの大妖怪だ。
そんな彼女が喫した敗北の味は熊の肝どころの苦みではない。
〈犰〉にとっては月夜の晩に野原を叫んで回りたくなるほどの屈辱であったのだ。
同時に得られたものは、少しだけ広がった視野。
自分の縄張りしかしらなかった純粋で残酷な少女のような妖怪は―――他者を認めることを知ったのであった。
以来、彼女は軽侮の対象でしかなかった妖狸族とも妖狐族とも接するようになり、次第に孤立することはなくなっていった。
そして、今回、馴染みとはいえ、升麻京一の要請に応じてしまったのは何故だろうか。
あるかどうかもわからない答えを探すために、わざわざこんなところまで来たのかもしれない。
対戦相手と決まった相手に流し目を送った。
覆面に隠されてはいるがかなりの美形のようだ。
ちょうどいいかもしれない。
〈犰〉という妖怪が一度の敗北でどれだけ変わったかを計る物差しとしては。
「カチカチ山のウサギ―――妖怪〈犰〉。或ッチに負けた程度じゃ、あたしにも勝てない」
覆面の巫女が挑発してきた。
或ッチとはあの御子内或子のことだろう。
『終始押していたのは、私なんだゾ』
「でも、勝ったのは或ッチ。つまり、あたしよりもあんたは弱い。これ、必定」
『……蹴っ飛ばすゾ』
「やってみろ」
完全にクールモードから外れて本気の戦いに移行しようとしている一組を尻目に、〈三代目分福茶釜〉は自分の敵を見据えた。
ネコミミのようなけったいな髪型とボクシンググローブをつけた、巫女の中でもかなり異色の格好をした猫耳藍色を。
『姐さんの相手は、ワシだ』
「……久しぶりですね、分福茶釜。〈
『外来の妖怪相手にタッグを結んだ姐さんと戦うことになるというのは、こりゃあ因縁かのお』
「そうでしょう。でも、あの時から私、ちぃとだけあにゃたと戦ってみたかったんです。いい機会ともいえるのではにゃいでしょうか」
それを聞いて、分福茶釜は失笑した。
可笑しくて思わず噴いてしまったのだ。
まさしく噴飯ものである。
『まったく、姐さんたちは心底どうしようもないぐらいに喧嘩好きだなあ。まあ、火事と喧嘩は江戸の華だ。ここであったが百年目、江戸っ子同士派手にやりあうとしようや』
「賛成です」
藍色がアップライトスタイルをとる。
彼女の得意なフォームだった。
つまりは、そう、全員が臨戦態勢から戦闘状態に以降したといっていい。
これから始まる魔戦のための。
そして、ゴングが鳴り響いた。
どこからともなく聞こえてきた救急車のサイレンの音が―――服毒した御子内或子のためにやってきたものである―――四組の闘士たちを激突させたのである。
まさに升麻京一が起こしたすべての因果が巡るかのごとく。
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