第619話「京一を巡る冒険」



 妖怪対退魔巫女。

 普段ならば僕にとっては巫女たちが味方で妖怪は敵である。

 ただ、今回ばかりは状況が逆転していた。

 僕は妖怪タヌキたちの後ろ手に庇ってもらい、なんとか退魔巫女たちから逃げ出さなければならない。

 今となっては、僕は友達である〈社務所〉の媛巫女たちの敵なのだ。

 彼女たちを裏切って、友達である御子内さんに毒を飲まし、最悪再起不能の目に合わせている裏切者なのだ。

 わき目も降らずに脱兎のごとく、この場から去らなければならない。

 そのためには、妖怪たちに縋ることも辞さない。


「分福茶釜!! 八ッ山!! 浅草寺!!」

『おうさ、兄弟きょーでー

『シュポオオオオオオーーーーーーーー』

『いいタイミングだったでげしょ、フヒョー』


 僕が護衛を頼んだのはウサギの妖怪〈犰〉だけではない。

 万が一、御子内さん以外に他の巫女がやってこないとも限らないから手配しておいたのだが、まさか〈五娘明王〉の四人全員がやってくるとは思わなかった。

 最悪、てんちゃんまで揃っていたら、〈社務所〉の最大戦力が集まって核ミサイル並みの破壊力となっていたところだ。

 ただ、この四匹でも心もとない。

 なぜなら、僕は友達であるみんなの実力をよく承知しているからだ。

 人類の決戦存在たる少女たちの神さえ誅するための力を。

 南部鉄器の茶釜を鎧のように着込んだ分福茶釜も、幻法〈偽汽車〉を操る八ッ山のタヌキも、風船の様な体を持つ浅草寺の英雄タヌキも、そして御子内さんを追い詰めた神速の足技をもつ〈犰〉でさえも、彼女たちとは正面からはもう戦えないだろう。

 そうなると、僕にできることは……


「八ッ山!! おまえはあのメッシュのショートカットの皐月さんを狙え!! 彼女は殺気を視て、殺意を掴んで投げるが、おまえの〈偽汽車〉をまるごと投げるほどの力は持っていない。力と重さで押し潰せ!!」

『しゅ……シュポオオオオオオーー!!』


 もっとも巨大な体格を持ち、汽笛の物真似しかしない八ッ山のタヌキが吠えた。

 相変わらず戦意は高いな。

 それから、〈犰〉を見た。


「〈犰〉はあの覆面の巫女さんだ!! 彼女には絶対に触らせるな。特に肘と膝に注意。掴まれても終わりだ。ずっとヒット&アウェイだ!!」

『ふーん、オッケーだゾ』


 さらに、浅草寺のタヌキにも続けて指示を送る。


「浅草寺はレイさん、あの長髪の不良っぽい子だ!! 不良じゃないけれど、破壊力ではあの中でも最強だぞ!! おまえの魔球術をフルに活用して手の攻撃をいなせ!! 氷は砕けても水は割れない。それが真理だ!!」

『フッフッフ、いいねえ、ブシャー!!』


 そして、僕にとっては一番親しいともいえる江戸の妖狸族の若大将―――三代目分福茶釜に、


「分福、おまえの相手はネコミミのボクサーだ。彼女の通常の拳ではおまえの茶釜は抜けないが、特殊技は全部効果がある!! おかしな動きをするときは警戒しろ。あと、彼女は電気を使う。磁力なんかにも気を付けろ」

『ほお、ゴロゴロの実の能力者か。面白い。政界には……青海にはあいつなんかよりもっと強いやつがゴロゴロしていることをおしえてやるじぇい』

「おまえは少年ジャンプの読み過ぎ!! ……とにかく、相手を間違えないこと。わかったね!!」

『おおおおお!!』


 それから、僕はずらりと並んだ妖怪たちを見つめた。


「……あとは頼むよ」

『わしらに任せるがいいさ、兄弟きょーでー

「ありがとう、みんな」

『それに、別に、あいつら全員を倒してしまっても構わんのだろう?』


 室園丈裕声のくせに、諏訪部順一キャラみたいな台詞を言わないでほしい。

 どうでもいいけど、タヌキたちって人間の文化に馴染み過ぎだろう。

 だけど、少しだけ心が軽くなった。

 友達全員を敵に回した気分だったけれど、妖怪こいつらは僕の味方のままでいてくれるのだ。

 事情も聴かずに。

 場合によっては僕の行動は、妖魅たちさえも敵に回すということなのに、僕なんかのためにあの退魔巫女たちと戦ってくれるというのだ。

 涙が出そうになるが、ぐっとこらえる。

 泣いている暇はない。

 まだ、何も始まっていないのだ。

 スタート地点にさえ立っていない。


「任せる。僕は君らを信じた」

『いいねえ、それでこそ兄弟だ。ニンゲンは約束を破るが、アヤカシは絶対に約束を破らない。足止めはワシらがやってやるから安心していくがいいさ』

「ああ」


 僕はわき目も降らずに走り出した。

 あいつらが足止めをしてくれている以上、音子さんもレイさんも僕を引き留められない。

 そんなに簡単な相手ではないのだ。

 江戸の妖魅の中でも最大勢力である妖狸族の誇る〈江戸前の五尾〉。

 そのうちの三匹と最強のウサギ妖怪〈犰〉。

 信じるに足りる強者に委ねて、僕は走った。

 今度は邪魔されずに大通りに出ると、タクシーを停めて、飛び乗る。

 とあるビルの名前を告げた。

 そこにあるものが僕には必要なのだ。

 スマホを取り出し、事前に聞きだしておいた番号にかける。

 すぐに相手が出た。


〔……もしもし、お兄さんですか?〕

「ああ、僕だよ、健司くん。お姫様は大丈夫だったかな?」

〔お兄ちゃん或子お姉さんの頼みを断る姫さまじゃありません。むしろ喜んでくれています。恩が返せるって〕

「そっか。ありがとう。おかげで安心して準備ができる。―――じゃあ、すぐに行くからよろしく」

〔お待ちしています〕


 ―――もうすぐだ。

 もうすぐ、僕は旅立たねばならない。

 ただ、それまでは友達たちとの思い出に浸らせてもらっても構わないよね……


                ◇◆◇


 升麻京一が姿を消してから一番最初に口を開いたのは、明王殿レイであった。


「おっかねえな……」


 それが自分たちのことだと思ったのか、浅草寺のタヌキは満足そうに『ホッホッホ』と笑った。

 だが、すぐに否定された。


「ノ. あんたのことじゃない。……京いっちゃんのこと」

『へえ、わかってんじゃないの、巫女ちゃんたち』

「あたりまえです。わざわざ私たちにとって一番やりにくい相手をピックアップしてぶつけていく手口。しかも、あにゃたがたが後楽園ホールのリベンジばかり頭にあってさっさと全滅しにゃいように振り分けたやり方。さすがは京一さんですにゃ」

『シュポ……』


 聡いものは見抜いていた。

 タヌキたちが前の後楽園ホールでの五対五の戦いのリベンジをしたら、巫女たちにはすぐに瞬殺されかねないことを見越し、特にやりにくい相手を指名することで場を有利に展開させようとしたことを。


 神宮女音子―――ウサギの〈犰〉

 明王殿レイ―――浅草寺のタヌキ

 猫耳藍色―――三代目分福茶釜

 刹彌皐月―――八ッ山のタヌキ


 この組み合わせはならば最良の組み合わせだと。

 だからこそ、巫女たちは賞賛したのだ。

 同時に、これは時間を稼ぐためだけのマッチングであり、妖怪たちに勝たせるためのものではない、ということに。

 京一は最初から妖怪たちを捨てゴマにして自分の逃げる時間を確保することを優先したということも。 

 彼にとって友達と言っていい妖怪たちをこんな風に扱える精神のタフさについて、レイは「おっかねえ」と評したのである。

 升麻京一についてはよく知っている。

 だからこそ、この発想は理解できたし、思考の流れもトレースできた。

 それでもなお思う。


「おっかねえ」


 と。

 この時点で彼女たちは、京一が御子内或子にしたことについては知らない。

 ただし、それを知ったときにも同様の感想を抱いたのは確かである。


「あれでただの高校生だっていうのだから、世も末だねえ。京さまはホント、規格外だよ」

「……ノ. 京いっちゃんは昔からずっと普通の子。どこにでもいるただの男の子が、やらなくてはいけないことがあったから、それがやれるように工夫に工夫を重ねただけで、いつまでたっても京いっちゃんは京いっちゃん」

「ですね。京一さんは初めて会った頃から京一さんでした」


 普通の人間でも修羅場を潜れば阿修羅に変わる。

 そんなこと、巫女たちはよく知っている。

 だから、責める気にはならなかったし、責めたとしてどうにかなるものでもない。

 あの「おっかねえ」少年は彼女たちの友達なのだから。


兄弟きょーでーの頼みだからなあ、巫女の姐さん方もじっとしていてもらおうか。もつともあんたがたにはちぃとばかり怨みもある。タヌキの恩返しと仕返しを同時にやらせてもらうってのも乙なもんだぜ』

『私はあんたらに怨みはないけれど、京ちゃんには助けてもらった恩もあるからそれを返すことにしたんだゾ』

『シュポオオオオオオーーーーーーーー!!』


 そして、ここに集った妖怪どもにとっても少年は「友」であった。

 ゆえに二つの集団にはぶつかり合う以外の未来は存在しなかった。

 共に、同じ「友達」のために。


「そこをどきやがれ、畜生どもがあああ!!」

『退かせてみろ、ニンゲンめえええ!!』


 こうして、ついに〈社務所〉の媛巫女と江戸の妖怪連合軍は正面からぶつかりあった!


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