第609話「手紙の内容は?」
私が安いあんぱんとコーヒーだけを商店で買って外に出たのはすぐだった。
さっきの巫女程、私と店番らしいお婆さんの会話は弾まなかったからだ。
運転席で簡単に袋を破ってあんぱんを頬張り、咀嚼をしてからコーヒーで流し込み五分もせずにエンジンをかける。
さっさとこのお使いを終わらせて、シール貼りをしないと明日のポスティング活動に影響があるからだ。
なんだかんだいっても私は真面目なのだった。
ただ、車を走らせて数十メートルのところで私は予期せぬトラブルに巻き込まれることになる。
「……おい、ちょっと悪いが停まってくれねえか」
道の中央で仁王立ちをしたさっきの巫女のせいであった。
無理矢理に車を発進させる訳にもいかず、私は道の中心で停車した。
それから外にでて抗議をする。
「どいてください」
「いや、退くのはいいけどよ、それには条件があんだよ」
「……なんですか?」
「あんた、ここからどこへいくつもりだい?」
「それを貴方に言う必要がありますか?」
「ねえな。ただし、オレにはあんたが不幸にならないように行動する義務っつーのがある。それを根拠にしてあんたにお願いしている」
お願いしているにしては横柄だった。
横柄と言うよりも命令死なれているだけ、ということかも。
私みたいなタイプでは抗いきれない圧力があった。
「……この先にある竹里というお宅に行かなければなりません。それでいいですか?」
すると、ヤンキーというかガテン系みたいな美人巫女は言った。
「なんか、預かっているもんがあるだろう。それを寄越しな」
「何をいっているかわかりません」
「―――ここから先に進むために、あんたは誰かに手形というか、通行証みたいなものを預かっているはずだ。そいつを見せろ、といっている」
「……意味がわかりません」
「手形か、……手紙みたいなものを預かっているはずだ。でないと、ここから先には辿り着けない。オレみたいな奴でもちょっと難しいぐらいに結界が張られているみたいだからな」
手紙と聞いて、候補者先制から預かったクリアファイルと手紙が浮かぶ。
私には少なくともそれぐらいしか思い浮かばない。
だが、どうしてこの巫女さんにそれを差し出さないとならないのか。
私にも一片の反抗心というものがある。
言われたままに粛々と他人の命令に従うなんてまっぴらだ。
「おっと、その助手席にあるものみてえだな。どうでもいいが、視線をすぐに動かすとばれるということを覚えておこうぜ」
私が動く前に助手席の上に無造作においておいたクリアファイルごと獲られた。
なんというか、見た目はガサツなのに抜け目のない女の子である。
逆に、もしかしたら私に質問をすることでどういう反応をするのか観察していたのか。
とにかく外見とは裏腹に油断のならない相手のようである。
「まって、封をしてあるんだから勝手に開かないで!!」
「……わざわざ蝋で固めるのが普通なのかよ。おまえ、つくづくずれているな」
と、聞き捨てならない台詞を吐いて、彼女は手紙を留めている封を切って、中身の便せんらしきものを取り出す。
一枚の紙が入っているようだった。
私が抵抗することもできずにいると、巫女は中の便せんを一瞥し、
「―――なるほどな、おまえ、道理で運がなさそうな顔している訳だぜ。こんな手紙の運び屋をやらされるようじゃ」
と同情混じりの顔をされた。
なんのことかと聞くと、
「読めばわかる」
と、手渡された。
候補者先生から直々に封をして渡されたものを見るということは、相手を裏切ることであり、私信を閲覧するというイメージもあるのでできることならしたくはなかったのだが、ヤンキー巫女さんの迫力がそうはさせてくれなかった。
仕方なく、中身に目を通す。
そして、愕然となった。
『この手紙をもっていった者を貴方様に捧げます。お好きなようになさってもかまいません。ただ、毛の一本までも残さず処分していただけたら幸いです』
それだけが記されていたからだ。
私は意味が分からなくなり、巫女の顔を見た。
ヤンキーみたいなガテン系の巫女は、もうすぐドナドナされていく仔牛を見るような目で私を見て、
「おまえはいい感じの生贄になっているということだな」
と、冷静に言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます