第605話「藍色リベンジ」



 猫耳流交殺法〈〉、と藍色さんは言った。


「が」はおそらく「」だろうけど、「ねん」は何だろう。

 御子内さんが拳士相手にカウンターでパンチを合わせて切り裂く技は〈鏡至牙きょうしが〉という名前なので、おそらく〈社務所〉に伝わる拳技だとは思う。

 しかし、猫耳流交殺法も、殺気を視て掴んで投げる刹彌流柔さつみりゅうやわらに比べればまだ原理が理解できるとはいえ、実のところ、あまりにも迅い手の動きで真空状態を作り出せるという変態的な古武術だ。

 フットワークを遣わず、リズムもとらないことからボクシングではないことも明白。

 巫女ボクサーである彼女が完全に猫耳流の闘士に戻ったようだった。

 言えることは、僕はこの気配を纏った彼女を知っているということだ。

 

(御子内さんが辛うじて躱したあのときの技だ。アリキック作戦をとって挑発をした御子内さんを撥ね起きさせた、あの震動波だ)


 神宮女音子さんの使う〈大威徳音奏念術〉は相手の震動を完全に停止させ、原子そのものの繋がりを断絶する技だときいているけれど、記憶にある限り藍色さんの技はそれの逆。

 震動を振り起こすものだ。

 つまり、誤解を恐れずいうのならば「人工的な地震を使う」訳だ。

 なるほど、そう考えると「ねん」というのは、ナマズの漢字「鯰」のことだろう。

 要するに古来の伝承に曰く「ナマズは地震を起こす」をモチーフとしていると解するのが妥当なところかな。

 地面にできた影の中を移動する妖怪を斃すための技。

 確かに、効くかもしれない。

 でも、かもしれないの範疇からは外れていない。

 モグラやミミズのように土に穴を掘って移動しているのならばともかく、影の中に別の世界があるとしたら、いくら震動を与えたとしても効かないんじゃないだろうか。

 さらに、〈鯰牙〉という技はおそらく〈五娘明王〉として、彼女が明王の威力を引きだして用いるものではない。

 藍色さんが覚醒したのは、この春のことのはずだから。

 だとすると、いかに猫耳流交殺法の必殺技といっても格が落ちるだろう。

 あそこまで自信満々でいられるものとは到底思えない。

 

「どうするつもりなんだ、藍色さん……」


 生真面目な彼女があんなニヤニヤした挑発的な笑いをするということが不穏だ。

 まるでフラグを立てているかのように。

 本当に〈鯰牙〉の超震動で〈ノヅチ〉を仕留められるのか。


 ……ビッグサイトの脇の広場はいきなりの静寂に包まれた。

 潮の香りさえ打ち消すようなあまりにも無味無臭の静けさ。

 二人のスーパーガンマンが決闘をしているかのように。

 お互いに抜けば撃つ。

 コンマ数秒の抜き打ち対決のようなものだ。

〈ノヅチ〉はどこかの影に隠れたままでてこない。

 藍色さんもそれがわかっているから、わざと有利な位置を移して、出来たばかりの東7館と東8館の長い影法師が刺す場所に移動した。

 もう夕方だ。

 落ちる夕陽が髑髏を照らす。

 藍色さんのものか、〈ノヅチ〉のものか、それとも―――これから先食い殺される餌食たちのものか。

 影を歩む妖怪はどこにいる?

 それを誘うために、藍色さんは動く。


 かああああ!!


 頭上で不吉なことにカラスが哭いた。

 八咫烏、ではなかった。

 ただの普通の野生のカラスであった。

 こんな妖怪と巫女の戦いの場に野生動物が紛れ込むなんて珍しいことがある。

 だが、僕の視線はカラスそのものではなくその遥か下―――本来、映ることのない地面を滑る黒い影を見た。

 カラスの動きとリンクしているので、あいつのものには違いないが、あんなにはっきりとしているはずがない。

 それだけで怪しい。

 だからわかった。

 あれは〈ノヅチ〉だ。

〈ノヅチ〉が隠れた影だ。

 見えていないのか、藍色さんは反応しない。

 カラスの影はすっと巫女の脇をぬける。

 なんと藍色さんの影と交差して。

 いけない。

 !!


 そこから顔を出されて躱しきれるのか、猫耳藍色!!

 だが―――


「猫耳流交殺法〈鯰牙〉!!!」


 いきなり飛び上がり凄まじい勢いで藍色さんは地面を両手でぶん殴った。

 あの時と同じ。

 御子内さんはタイミングよく飛び上がることで奇跡的に何とか大ダメージを受けなかったが、〈ノヅチ〉には効くのか。

 かなり離れた位置の僕の全身が一気に爪先と踵からがくがくとして、膝・太もも・股を抜けて頭のてっぺんまで電流が走ったように震えた。 

 これが藍色さんの地震なのか。

 ただ、この程度では至近距離で当たったとしても妖怪を斃すことができるほどのものか。

 所詮、地震そのものには殺傷力はない。

 地震による被害の大部分がその後の火災や二次災害に寄るもののように。

 でも、そこで僕は異常に気付いた。

 これは本当に震動なのか、と。

 むしろ、ただのではないか、と。

 その疑念はすぐに答えが出た。

 影から出現した〈ノヅチ〉の口から影の中までの一メートル程度の部分がぶるぶると震えながら、何もしないで止まっていたのだ。

 あの症状は僕のものと同じ。

 だけど、遠くから見ていて、さらに同じ立場だからこそわかる。

 

「痺れている―――のか!?」


 そう、〈ノヅチ〉は震えているのではない。

 痺れて動けなくなっているのだ。

 なにを原因として。

 答えは簡単だ。


いかずち―――。雷光を司る五大明王の一柱・金剛夜叉明王の力がここにでるってことなの!?」


 おそらく正確にいうのならば、雷のパワーを波のように操って、MAPウェポンのように振るったのだろう。

 しかも、その効果は大地だけでなく大気にまで電導して、顔を出した〈ノヅチ〉を絡めとったのだ。

 ある種の攻性結界。

 御子内さんに放ったときはまだ〈五娘明王〉ではなかったから、大気まではどうにもできなかったが、今の彼女はすでに菩提心に覚醒している。

 どのような角度からの攻撃も彼女の結界は抜けられない。

 あれもきっと神物帰遷の神々を討つための技なのだろう。

 そして、決着はもうついたも同然だった。


「にゃああ!!」


 再び、ピーカーブースタイルに戻った藍色さんのラッシュが〈ノヅチ〉を捕らえる。

 とんでもない数の連打が〈ノヅチ〉に打ちこまれた。

 一発一発、その度に〈ノヅチ〉の隠された身体が影からひりだされてきて、最終的に六メートルほどの長さに達する尻尾の先が顔を出すまで止まらなかった。

 無呼吸の連打の最後に、彼女はもう一度ベタ踏みに戻り―――


「右に電圧、左にプラズマ……うおおおおおおおお、貫きにゃさい〈雷光牙〉ああああああ!!!」


 神の力のまま雷光のコークスクリューブローが六メートルの長さの蛇状の妖怪を頭の先から尻尾まで真っ二つに割き切る!!

 


 藍色さんのリベンジあり、であった!!

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