第597話「友情は大切だが義姉妹では一大事」



 意外なことに、くるみの部屋を無残なまでに汚しまくった緑色の粘液の除去作業に神宮女音子は文句も言わず付き合ってくれた。

 それだけでなく、くるみの家族が部屋に近寄らないように人払いの術までかけてくれるというサービスの良さだ。

 らしくないな、と思ったが、よく考えるとあたし自身が彼女のことを良く知らないのでらしさも何もないことに気が付く。

 神宮女音子についてあたしが知っているのは、その見た目とSNS上でのきゃぴきゃぴした人格とお姉さまと取っ組合っているシーンだけかもしれない。

 伝聞的にはお兄ちゃんからも聞いているが、よく考えてみると家にいるときの神宮女音子は黙ってみんなの輪の中にいるのに自然に溶け込んでいた。

 あんなに喋らないのに仲間のうちに入るときは、しっかりとした繋がりを感じさせる存在だった。

 あれが以心伝心なのか。

 きっとお姉さまたちと神宮女音子では今回の様な事件は起こらないだろうと思う。

 この女性たちは血と拳で繋がった姉妹なのだから。

 あたしは少しだけ残念な気持ちになった。

 どんなに仲良くしたとしても、〈社務所〉の媛巫女たちのような間柄にはなれないだろうから。


「……こういう悪霊の吐いた汚物は塩をまいてぬめりをとる」

「こうですか?」

「塩をふると水が出るから拭き取りやすくなる」


 雑巾を握った神宮女音子がくるみに小技を教えている。

 たぶん、正しいのだろうが、やっていることは鮮魚の捌き方みたいだ。


「神宮女さんって……家庭的なんですねぇ」

「シィ。あたし、こう見えても結婚願望強いし、いいお嫁さんになる」

「へえ。モデルさんみたいなのに、大和撫子指向なんですか」

「シィ。女の子はガサツなのはダメ。たとえば、あたしの友達なんかゴリラの方がまだマシってぐらい脳みそが筋肉でできていて、もうあらゆるものが力づく。あんなんじゃ、旦那様が可哀想。その点、あたしはおしとやか」

「そうですね。神宮女さん、覆面除けば理想の女の子みたいですよねえ」

「―――クルミン、あんたは見所がある。どこぞの妹とは違う」


 なんだと。


「あたし、前から小姑にイジメられていて困っていたところ。クルミン、是非、あたしの味方にならない? 今なら、Twitterでフォローしてあげる。あっというまに千人単位のフォロワーがつく」

「……え、え、そんな人気者みたいな」

「あたしのダチならすぐにちょー人気者。ちょっと面白いこと呟いたら、すぐバズる。あの快楽に勝てるものはそうはない。おすすめ」

「う、抗えない……」


 まだ緑色の粘液だらけの部屋でもだえるのは止めなさい。

 もう麻痺しているみたいだけど。

 ただ、会話の内容は見過ごせない。

 さりげにあたしとお姉さまをディスっているじゃないの!


「神宮女音子!」

「―――涼にゃん、遊んでないで手を動かす。終わらないじゃない」

「そうだよ、涼花。神宮女さまのいうことをちゃんと聞きなよ」


 さま……?

 まさか、くるみ、あんた―――もう篭絡されたの!?


「くるみ……」

「あ、神宮女さま、そこも汚れてますね。わたしに任せてください」

「塩はこのぐらい」


 掌からサイババのように塩を出して撒く神宮女のことを今度から〈砂かけ婆〉もとい塩掛け婆と呼ぶことにしよう。

 ただ、やはりこの女は油断ならない。

 たった数分であたしの親友を信者にしたてやがった。

 恐ろしい子。


「それで、クルミン。あいつのいうことを真に受けた?」

「―――いいえ。逆にLINEとかTwitterで切られたぐらいであんなに気にしていた自分が馬鹿らしくなりました」

「どんな風に?」


 くるみは少し天井を眺め、


「お手軽な人間関係ばかり求めていたから、あんな風に簡単に変なのにつけこまれることになったんでしょうね。例えネットの上でも、しっかりとした付き合いをしてみればこんなことにはならなかったかも」

「シィ。クルミンの学校の友達だって心配してDMを出して来てくれているみたいだし、あまり気にすることじゃない。いざとなれば……」


 神宮女音子があたしを見た。


「クルミンには涼にゃんがいるし」


 あたしも少しは役に立てたのかもしれない。

 あんなスマホに憑りついた友情と依存を履き違えたような悪霊に、親友を渡さずに済んだ。

 それだけで良かったと思おう。

 ただ一つ。


「だから、京いっちゃんはあたしがもらっていいよね」





 ―――だからといって、神宮女音子、あんたにだけはお兄ちゃんはやらん。

 

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