第594話「ストーカーの正体は」
「LINEもTwitterも操作されている?」
眼を閉じて妖気の気配を探っているらしい神宮女音子がふいに口を開いた。
そういえば彼女はどちらも使っているはずだ。
何万ものフォロワーを持つメガツイだと聞いている。
同じユーザーとして何か思うところがあるのかもしれない。
「……うん、フォロワーがブロックするように操られているみたい」
「フォロワーが。あっちから?」
「そうみたい」
「……へえ」
口だけは動いているが、神宮女音子はぴくりともせずに精神集中を続けている。
ここまでしないと感じ取れない妖気なのだから、相当微かなのだろう。
お姉さまもそうだが、〈社務所〉の巫女たちは腕っぷしだけでなくわりと器用に色々なことができる。
フィジカルだけが取り柄の人たちではない。
「
にゃん付けは止めて欲しい。
神宮女音子はこういう風変なあだ名をつける癖があり、あたしもその被害を受けているのである。
「電話が通じなかった。ブツリって切れる」
「ふーん」
さっきから聞いているのかいないのかよくわからない。
寡黙な美少女なので誤解されやすいという話だ。
「……ただのストーカー案件じゃないのはわかった。それにだいたいのことも」
妖気感知が終わったのか、いそいそと覆面を被りだす。
くるみがぽつりと、「あー、勿体ない」と呟く。
超絶美少女が覆面女に戻るのだからそれも当然の感想かな。
でも、わざわざ被らなくてもいいでしょうに。
「やっぱりそうなの、神宮女音子」
「最初はちょっと怪しいと思っていけれど、涼にゃんは京いっちゃんの妹だから信用してた」
ビミョーに信用してないじゃん。
まあ、連絡してすぐに駆けつけてきてくれただけでもいい奴と思わないとだめか。
「現代の妖怪がメールとかに対しても怪影響を及ぼすという報告は多い。デジタルやネットの世界でも妖魅は怪異であり続けている。でも、なんでもありってことじゃあない」
「理屈は必要ということ?」
「シィ。例えば、LINEのブロックというものは相手方がやるものであってこっちがなんとかできるものじゃない」
そうでなければブロックされて不快な思いをすることはないだろう。
双方向ツールとはそういうものだ。
気楽に繋がれるけど、簡単に断裂するというのがネットでの人間関係である。
「涼にゃんがいうには、操作されてブロックされているということだけど、それだといちいち相手のスマホに侵入してやらないとならない。一人や二人ならともかく十人近くなるとかなり面倒になる」
「そういえばそうだね」
「手間をかけてやるのが、そこの女の子が孤立する程度なんてコスト的にも無駄」
でも、それをやるのがストーカーなんじゃないのだろうか。
しかも、妖魅絡みならちょいちょいと不思議な力で。
「そこまで万能じゃない。よく神って呼ばれている連中でもなんでもありとまではいかない。細かいものについては限界がある。他人のスマホなんてそんなにひょいひょい操るなんて不可能」
「じゃあ、どういうことなの?」
「この家って、パソコンはあるのか?」
突然、くるみに神宮女音子が話しかけた。
自分に振られるとは持っていなかった彼女は少しだけ戸惑ってから、否定した。
「うちにはないです。家族共有のもありません」
「だろうね。だから、気づかない」
そういうと、神宮女音子は自分のスマホを取り出した。
ただのiPhoneと思いきや、あたしが見たこともない何だか変なアクセサリーがついていて、ちょっとゴツゴツしているのが印象的だった。
ついでにタブレットも取り出して、電源を点ける。
「こっちのスマホと連動しているから、画面はそのままあたしのもの」
指でタップして、アプリを起動させる。
Twitterだ。
出た。
「残念系オクタビオ@パス」というハンドルネームのトップ画面だ。
いつもの覆面ではなくてバリバリの素の決め顔だった。
下手なモデルなんか足元にも及ばない。
フォローしているのはほんの数名。
逆にフォロワーは何万人という芸能人でもない一般人としては破格のフォロワー数だった。
なお、インスタグラムではさらに凄い数を獲得している。
世の人はどんだけ美形に弱いのだろうか。
「一度、ログアウトする。クルミンのTwitterのメアドとパスワードを教えて」
「えっと……kurumi.like.like@○○○○で、パスワードは……」
その通りに打ち込むとくるみのTwitterのトップ画面が出る。
フォローしているのは数人。
全部、あたしは知らないが高校の友達だろう。
一人をクリックすると、なんと普通にツイート画面が出てきた。
ブロックされていたら読めないはずなのに。
「え、嘘!」
これにはくるみも驚いたらしい。
タブレットの画面を慌てて覗き見る。
「……まいやんのページだ。でも、前は確かにブロックされているって出てたのに……。あ、DMも来てる」
DMには、全然くるみと連絡が取れなくなって心配した様子のまいやんという友達からのメッセージが届いていた。
少なくともブロックしておいてこの言動を出せるとなると、どれほど面の皮が厚いのかやばめのサイコパスのどちらかだろうというぐらいの心配ぶりであった。
友達を代表してメッセージを出してきたとも書いてある。
少なくともこのまいやんという友達はくるみを裏切ったとは思えない。
だが、くるみの誤解だとも考えられない。
いったいどういうことなのか。
「これってどういうこと? まいやんがブロック解除してくれたの?」
「多分、違う。もともとこの女の子はブロック自体していない。LINEの方も」
「えっ」
「クルミンがブロックされたと思っていたのはこと自体が間違い。実際はされていなかった。これを観る限り、それが正解。だって、メッセージの日にちは五日前」
確かにそうだ。
一週間前からずっとブロックしていたというのならばメッセージなんかだしたりしないだろう。
「答えは簡単。くるみんのスマホそのものがブロックされているような表示をしていたということ。LINEも同じ。メールと通話が通じないのは、おそらくアドレスが書き換えられていて別の番号になっていただけ。だから、すぐにブツリと切れる」
「つまり、スマホの異常ってこと?」
「それも違う。だったら、家へも掛からないし、公式アカウントからのメッセージは届かない。ただ、クルミンが友達だと思っている相手との繋がりのみを断ちたかった。そういうこと」
あたしは神宮女音子のいうことがわからなかった。
こんなとき、お兄ちゃんほど頭の回転が早くないのが悔やまれる。
「要するに、くるみんのスマホ自体がおかしいということ。妖気が微かなのもわかる。そのスマホに妖魅が憑りついていて、その中でだけ活動しているのだから」
くるみが手にしたスマホを思わず手放そうとしたとき、ぴしりとその手首に巻き付いたものがあった。
ストラップだった。
それが鞭のようにしなってくるみの手を縛る。
まるで生きているかのように。
「クルミン、そいつを手放す!!」
神宮女音子の忠告は遅く、次の瞬間、スマホのストラップが異常なほどに長く伸びて、今度はくるみの喉に巻き付いた。
あたしにもようやくわかった。
桐木くるみを虫食もうとしていた妖魅とは―――このスマホそのものだったということを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます