第586話「〈星天大聖〉御子内或子」



 最初は、舞いのように感じたが、実のところ、それは一つの型―――武術でいう演武のようだった。

 右手を上から下げ、左手を下腹部のあたりから下げる。

 足は前後に同じように移動する。

 同じ動きをやや変えながら繰り返し、〈ラーン・テゴス〉の周囲を様子を見るように動き続ける。

 見たこともない流れる様な歩法であった。

 御子内さんの戦いを何べんも観てきた僕が知らない動き。

 火眼金睛からの〈闘戦勝仏〉以外に、滅多に使わないここが初出の奥義を持っていたのだろうか。

 それが起死回生の大逆転の一手となり得るのか?


「北斗七星のようだな、あの動きは」

「わかるんですか?」

「ああ。てんが前に研究していたのを聞いたことがある。あいつはああ見えても研究熱心でな。八門遁甲やら泰斗方術やらにも詳しかった」

「てんちゃんが……」

「その時に見せてもらった資料にあれと似た動きをする舞いの図が載っていた。おそらくはあれと似たようなものだろう。ただし、あれは〈破軍星旗〉という北斗七星を逆さに描いたやつでな、破軍星を背にして戦うと必ず勝利するという言い伝えについてなので、正位置でのあれとは違うとは思うが」

「〈破軍星旗〉……」


 逆位置の北斗七星を象った構えということか。

 なぜなら、あれは〈ラーン・テゴス〉から見れば正位置だが、御子内さん自身からすると違うのではないか。

 自分で書いている七つの星の動きを背負う形になるのでは。

 ただ、なんのために。

 御子内さんのこれまでの発言において、北斗七星関係のことなど聞いた覚えはない。


「北斗七星への信仰は日本では、仏教の妙見菩薩信仰へと変化してつたわっていると聞いている。ちなみに、妙見菩薩はな、〈北辰菩薩〉〈尊星王そんせいおう〉という異名をいただいていてな、絶対に北斗七星を従えていることでも有名だ」

「〈尊星王そんせいおう〉!!」


 御子内さんの二つ名である〈星天大聖〉とよく似ている。

 つまり、あの北斗七星は御子内さんにとって縁の深いものだということなのか。


「じゃあ……」

「あれが御子内にとっての〈五娘明王〉に匹敵する切り札かもしれないぞ」

「そんなものがあったのか」


 いや、神の首級を獲ることが彼女の最大の目的なのであるのならば、その神を相手にするための奥の手をずっと隠していたとしても不思議はない。

〈闘戦勝仏〉を上回る技を。

 だが、放てるのか。

 ロバートさんの言う通りなら、御子内さんの〈気〉は尽きかけている。

〈気〉が尽きてしまえば、いくら彼女でも一瞬で今の優位の形勢が逆転されてしまう。

 相手は神なのだ。

〈護摩台〉の結界に囚われているとしても本来ならば絶対に人が敵わない相手だ。

 ただ、僕の目は何かおかしなものを見つけていた。


「あれはなんだろう?」


 ロバートさんに指で示す。


「はて。でかい首飾りのようだが―――まさかな」


 そう、首飾りだ。

 どこからともなく御子内さんの手の中に現われたものは首飾りのようなわっかであった。

 金色の絢爛に輝く絹が束ねられた糸巻きのようにも見える。

 同じ動き―――舞いを続ける御子内さんの両手で美しくたわわに揺れていた。


「いつ、あんなものを手にしたんだ?」

「わかりません。もしかして〈引き寄せアポーツ〉したのかな」

「……そんな気配は微塵もなかったぞ。あれは意外と神通力を使う魔術だ。使ったのならば私にわからないはずがない」


〈透明人間〉のロバートさんは妖精の血を引いているからわかるのか。

 じゃあ、あの金の糸は―――あやとりのように彼女の右手と左手を結ぶあれは一体……

 だが、これまで沈黙というか動きを止めていた邪神がついに動き出した。

 停止していることに飽きたのか、それとも御子内さんの行動に好奇心を覚えたのか。

 それとも死に物狂いの敵をいつまでも生かしておくことに危険を感じて、早めに決着をつけようと焦ったのか。

 とにかく、膠着状態は破られた。


『チヰヰヰヰヰヰヰヰ!!』


 邪神が吠える。

 耳障りすぎる怪音だ。

 まだ黒板を爪で引っ掻く方が気分がいい。


「御子内さん!!」


 それまで優雅に舞っていた御子内さんが飛ぶ。

 後方に。

 同時に手にしていた金糸の束をぎゅっと首に巻いた。


?)


 細くて白い首に絡みついた糸はそのまま小さくなり、さらに縮まっていき、御子内さんのための首飾り《チョーカー》となった。

 どんな材質でできているのかわからないし、金に輝くチョーカーは御子内さんにはあまり似合ってはいなかった。

 チョーカーの意味する首輪的な従順さのイメージが彼女には欠片もないからだ。

 だが、似合ってはいなかったが、ぴったりとはまっていた。

 もともと彼女のためのものように。

 

「くっ!?」


 御子内さんの顔に苦痛が走る。

 これまでの戦いで受けたダメージによるものか。

 いや、違う。

 僕の目には首に巻き付いた金色のチョーカーが深く食い込んでいる筋を見た。


 あれはそのまま御子内さんの喉を絞めつけているのだ!


 あの金の首輪は持ち主を殺そうとしている。

 ……だが、あれを身につけたのは紛れもなく御子内さん自身。

 ではどうしてあの金の輪っかは?


「けほっ」


 苦しそうに息を吐く。

 息が詰まっているのか、それとも酸欠に陥りそうなのか。

 とにかくあのままでは御子内さんが危ない。


「―――〈緊箍児きんこじ〉!! ボクをもっと締め付けるがいい!! ボクの本当の限界を引きだせ!!」


 僕の巫女レスラーが叫ぶ。

〈ラーン・テゴス〉のとんでもない速度で迫る触腕を掻い潜り、跳ねまわりながら。

 呼びかけているものは、あの金の輪っかだ。


「〈星天大聖〉御子内或子の本気をだ!!」


 金色の輪っか―――〈緊箍児きんこじ〉がさらに激しく輝く。

 御子内さんは首が捥げるぐらいに締め付けられているのでさすがに顔色が一気に悪くなった。

 しかし、その結果として。




 御子内さんの〈気〉が僕の目にさえはっきりと映るほどに光っていく。




 全身の毛穴から光の粒子が噴き出してきたのだ。




 そして、彼女は輝く聖人になった。




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