第585話「或子・デッドエンド」



 まるで大地震が起こったかのような震動と、〈冥王の神託館〉のすべての窓が内側から吹き飛ぶという火の気もない爆発の二つがほぼ同時に起こった。

 僕は御子内さんの戦いを見つめていたので、すぐには状況がわからなかったが、とにかく二つの方向からとんでもない衝撃が飛んできたのは確かだ。

 周囲を見渡すと、少し離れた海の方に飛んでもない水柱が立っているのが見えた。

 反対に〈冥王の神託館〉も窓がすべてなくなり、内部から変な埃が飛び出している。

 いったい、なにがあればこんなことになるのか。

 さすがに想像もできなかったが、なにより心配なのはさっき中に入っていった二人の退魔巫女のことだ。

 一人は好きになれない相手だが、もう一人はとても好感の持てる女の子だ。

 しかも、友達の憧れの女性だ。

 無事でいて欲しい。

 それだけが願いだった。


「でりゃあああ!!」


 ただ、そんなわけのわからない二つの爆発の中でも御子内さんはわき目も降らずに戦っていた。

 邪神とプロレスリングを模した結界の中で正々堂々と正面から。

 彼女が仲間に対して冷酷なのではない。

 御子内さんは自分のるべきことを何よりもわかっているのだ。

 今、ここでその〈ラーン・テゴス〉という邪神を斃しておくことがどれだけ必要なことかを理解しているのだ。

 だから全身全霊の力を込めて戦っている。

 るべきことをっている。


「また、あれか!?」


〈ラーン・テゴス〉の全身に生えている黒い剛毛が再び伸び始めた。

 全身に巻き付けて獲物から吸血するための微細な管のような毛だった。

 六本の手足で戦うよりもよっぽどマシという判断だろうか。

 むしろ、それだけ邪神は追い詰められているともとれる。

 なにしろ、ついさっき〈気〉を溜めた御子内さんの四肢に散々むしり取られていたとしても、まだ触れることはかなっていたのだから。


「―――升麻。やばくないか」

「えっ?」

「御子内の気力がどんどんと減っている。さすがにずっとあの毛を焼き切るために〈気〉を燃焼しまくっていたのは悪手だったんではないか」

「わかるんですか?」

「あたりまえだ。巫女たちの〈気〉の使い方は私たち妖精の血を引くものの妖力の使い方と酷似しているからな。はっきりと見える」


 ……そういえばそんなことを聞いていたっけ。

 くそ、鍛えていない僕じゃあそんなことはわからない。

 御子内さんの無尽蔵のスタミナと〈気〉を盲信しすぎていたかもしれないのだ。

 いかに彼女と言えども限界は存在する。

 しかも、敵の毛を焼き切るために〈気〉を使っていたとはいえ、その相手は紛れもなくなのだ。

 どれだけのエネルギーを消費していたのか想像もできない。

 例えばレースにおいて、最初のうちに飛ばし過ぎてエンジンの寿命を著しく消費しきってしまったかのように、今の御子内さんは焼き切れる寸前なのかもしれない。

 

(まずい。あの状態では〈闘戦勝仏〉は使えないはず。例え、使えたとしてもいつも通りの威力はだせないかもしれない)


 御子内さんの奥義といっていい〈闘戦勝仏〉は全身に破裂しそうなほどの〈気〉を集めて、人の身では到底達せないはずの動きを引きだすことができる。

 よくある分身の術という技と同じことが可能になるうえ、一撃の破壊力も段違いに上がる。

 だから、普通の妖魅相手ならばまず引き出すことができさえすればまず負けることはない必殺技だ。

 放った代償がしばらく立ち上がれなくなるほどの疲労困憊だとしても、である。

 だが、もし〈闘戦勝仏〉で仕留められないほどの敵がいたら、そのとは動けない彼女は確実に死ななければならなくなるはずだ。

 もう〈気〉が尽きかけているというのなら御子内さんは必殺技を使えない。

 あの団地の怪すらも斃したあの技を。


「どうする気なんだい、君は……?」


 仰々しく邪神と呼ばれるだけあって、〈ラーン・テゴス〉にはどんな攻撃もほとんど効いていないような気がする。

 御子内さんの通常攻撃がダメージとしてかさえもわからない。

 これまでの数多の妖魅と比べても桁違いにタフなのか、それとも?

 どちらにしても、いかに御子内さんでもこのままいけばジリ貧にしかならない。

 局面打開の方法はあるのだろうか。


「―――くそ、何か手段はないのかよ!!」

「難しいな。御子内はてんたちと違って〈五娘明王〉という神に選ばれた力がある訳ではない。純粋に人間の強さだけで戦っている奴だ。起死回生の攻撃能力はない」

「確かにそうですけど……」

「わたしにもわかる。〈社務所〉が〈五娘明王〉などという怪物を産みだしたのは、こういうときのためなのだろう。でなければ、あんな化け物に太刀打ちはできん」

「でも―――」


 だったら、このエラブ島への遠征だって、音子さんやレイさんが来るべきだ。

 明王の力を持たない御子内さんが派遣されるべきではない。

 そんなことは誰だったわかる単純な話だ。

 とすると……


「御子内さんをここへ送ったのは―――」


 たゆうさんだ。

 その指示を受けたこぶしさんだ。

 であるのならば、そこにはきっと深い理由がある。

 こう言っては何だが、あの二人は虎の皮を被った蚩尤のようなもので、人知なんてとっとと超えている。

 僕の想像やら予想なんて遠く及ばない。

 彼女たちが御子内さんを派遣したというのであれば、それは十分な勝機があるということだ。

 なんといっても彼女は〈星天大聖〉という異名を持つ最強の切り札であるのだから。

 でも、今更に思う。

〈星天大聖〉という異名の意味を。

 それは果たして……


「おい、御子内の様子が変だ」

「えっ……」


 ロバートさんに言われて初めて気がついた。

 いつもならすぐにわかるのに、どういう訳か今回だけはわからなかった。

 僕が御子内さんの異変に気が付かないなんて。

 いや、そんなことを気にしている暇はない。

 確かに御子内さんの挙動が異常になっていたのだから。


「何をするつもりなんだ?」


 ロバートさんの頭の上に浮かんだクエスチョンマークが僕にも見えた気がする。

 僕だって同じ想いだ。

 だって、御子内さんの動きはこれまで見たこともないものであり、そして、明らかに強い意図をもって行われているものであったからだ。

 この事態が一向に打開しそうにない状況においてわざわざ選ぶものとはとても思えない。


「なんで踊りなんて……」


 御子内さんは〈護摩台〉の上で舞い始めた…… 


 

 

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