―第74試合 〈ラーン・テゴス〉殺し 4―

第581話「カンナネイ・ララ」



 ところどころに設置してある照明は、汚れのつき方からして、ここ数か月の間につけられたものだろう。

 ほとんど新品同然だった。

 考えられるとしたら、三か月前だ。

 前回の〈冥王の神託館〉の掃除のときに施工されたものに違いない。


「やはりネ」


 神撫音ララは辿り着いた先に、港のように波止場と艀が設置されていることに気が付いた。

 火山から零れた溶岩でできたらしい洞窟は、野球場を一つぐらいは建設できるほどのサイズの空間を備えていた。

 艀の向こうには暗やみによって同化していたが、音と臭いから海へと続いていることがわかる。

 この洞窟を船で行くことができれば、すぐに海に達するはずだ。

 以前の〈社務所〉の調査でも発見できなかった入り口だったので、どのようにかして隠されていたに違いない。

 魔術か小細工か、その両方かで。

 とはいえ、船着き場には一艘の船も繋がれていないので、その奥にまで行くことは叶いそうもなかった。

 だが、反対側には見たこともない豪奢な装飾を施された巨石が連なって、一つの場を形成していたのが見て取れた。

 明らかに知的生物の手が入った場所である。

 中央に巨大に御影石らしきものがそそり立ち、下の位置に岩が敷き詰められている形は椅子を思わせた。

 さらに前方には四角い台がある。

 いや、確かにあれは椅子なのだろう。

 神々しきやんごとなき存在が鎮座すまうための玉座という椅子だ。

 中心にあるものの正体が玉座だと解せば残りの巨石群の意味もおのずと浮き上がってくる。


 ―――神殿、である。


 玉座は神のために設えられた場所であり、その前のあるアレはテーブルだろう。

 贄を飾るための。

 捧げるための。

 奉納される物の正体は台の四方に括りつけられた錠付きの鎖のサイズで想像がつく。

 犬や猫などではなく、牛や馬でもない。

 あのサイズをもち、この世界に数えきれないほど棲息している生物は―――ニンゲンしかいない。

 古今東西様々な神がいるが、現在、世界に生き延びている神の中でニンゲンを生贄として要求する神はただ一種類しかいない。

 それは邪神だ。

 主義や思想や教義の違いなど飛び越えて、自らの欲望のために信者を使役し贄を貪る大悪魔でしかない邪神。

 要するに、血に塗れた永劫にでも生き続ける化け物どもの巣、である。


「探していたんだよ、ニライカナイへの入り口をネ。どうやらドールを使役して作らせたもののようだが、あのオラボナだけの仕業じゃないようだけれど、さて、どんな黒幕がいるものカ」


 ララは喜々とした顔でその神殿に足を踏み込もうとした。

 その時、背負った艀のさらに向こう側からぽちゃんと音がして、トゲのついた白い触腕が姿を現した。


 ゆらゆら、ゆらゆら


 もう一本、さらに一本、またも一本……


 次から次へと顔を出す触腕たち。

 すぐに彼女を襲わないのは、まとまった数をだして一斉に襲い掛かるためであった。

〈グラーキ〉は、かつて獲物を確実に仕留めなかったために、棲家を追われるという苦い経験を受けていた。

 神である彼が下等な原住生物のために居場所を追われたのは、まだまだ力が足りなかったからだ。

 今でさえ、かつて惑星ユゴスの楽園で覇を唱えていたころとは比べ物ならないほどの力しかないが、それでもニンゲンの軍隊に蹴散らされたときよりはマシだと考えていたが、それから何度も撃退されるという醜態をさらしていた。

〈グラーキ〉は真実の神であったが、神といっても力が足りなければ下等なものたちにも討たれる。

 ゆえに神らしからぬ慎重さで、自分を追ってきたらしいニンゲンを確実に仕留めることに決めていた。

 まだまだ真の力を取り戻せぬうちは、慎重に。

 彼同様、未だ力の戻らぬ憎き〈ラーン・テゴス〉相手に消耗してしまっている以上、いかに神でも限界はあるのだ。


 シュルルルルルル―――


 合計八本の白い触腕が風を切って襲い掛かった。

 完璧なタイミングとスピードで。

 ニンゲン如きが、しかも後ろを向いている格好で避けられるはずはない。

 確かにニンゲンでは避けられなかったろう。

 だが、〈グラーキ〉が相手にしていたのはただのニンゲンではなかった。

 

「おっと」


 ララは背後から迫るトゲつきの触腕のすべてを見もせずに躱しきった。

 そのうちの二本を捕まえて、まるで体操の吊り輪をするかのように握って、宙がえりをしつつ振り向いた。

 ありえないほどのアクロバティックな動きであった。


「奇襲というものをするときはネ、もう少し細かく計算をすることダヨ、神様。そんなやり口では釣り人や漁師は殺せても、わたしは殺せない」


 そうして、ララはてぃの構えをとる。

 首里手、泊手、那覇手の三大系統とも大きく違う、神撫音家のみに伝わる相伝の武術である。

 本当の名を、シクヌレイティ。

 漢字では「生死手」と書く。

 敵の生死を掴むための空手という意味であり、すでにララ以外の使い手は絶えた滅びゆく武術である。

 死んだ父や兄は、このシクヌレイティの真実に至ることはなかったが、ただ一人伝承したララだけは悟っていた。

 

「わたしのてぃは、もともと沖縄のものではなかったんダヨ」


 動きのすべては沖縄空手であるように見えながら、実はすべての理論が別の武術であることに気が付いたのは、〈社務所〉に入ってからだ。

 そこで学び気が付いたことがある。


「シクヌとは「生」のこと、レイとは「死」のこと。それを司るゆえの〈シクヌレイティ〉。どちらも正確な語源はアイヌ語に端を発している」


 そして、ララは聞いてはいないだろう、海底の神に名乗った。


「我が名は、カンナネイララ。アイヌの海のカムイレプンカムイの巫女である。我らが海を汚す邪神よ、二度と水の中を濁らせぬよう、ここで誅殺させてもらうゾ!!」


 褐色の肌をしたシャチの神―――海の支配者アトゥイコロカムイのただ一人の巫女はそう宣言した。

 

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