第580話「3on3 邪神大戦」
御子内或子は、眼前の敵のあまりのタフさに舌を巻いていた。
彼女にとって必勝ともいえた猛虎硬把山からの発勁というコンボを見事に受けても仕留めきれないことは初めての体験であった。
「さすがは邪神ということか……。 こんな絶海の孤島に隠されていた理由もなにもわからないけれど、その間に力を取り戻そうとしていたのは確かみたいだね。かつて、ただの人間に銃で撃たれて蝋人形同様に動けなくなったキミがそこまでに回復しているのだから」
逆に考えれば、どこまでのダメージを与えればトドメを刺しきれるかがわからないということであり、限界ギリギリの攻撃まではつなげられないということである。
つまり―――〈闘戦勝仏〉は使えないということだ。
全身の〈気〉という〈気〉を引きだして限界を超えた機動を手にして一気に攻めたてる或子最強の技は、その威力の凄まじさゆえにこれまですべての妖魅を斃してきた。
だが、今回ばかりはわからない。
使ったはいいが、完全に斃しきれるか、それがわからないのだ。
〈闘戦勝仏〉を使用した後は例外なくぶっ倒れてしまっていたからである。
「なるほど……火力の弱さがボクの弱点ということを突き付けられる形になるとはね」
或子は親友である〈五娘明王〉の神通力の強さを良く知っている。
ゆえに即座に理解した。
ただの妖魅ならばともかく、邪神レベルの人知を超えた存在を斃すためには単純なダメージがものをいうということを。
なるほど、〈社務所〉の先人たちが〈護摩台〉などという素っ頓狂なものを用意してまで単純な戦闘力を高めようとしたのも頷ける。
彼女たちが主敵と位置付ける邪神を確実に屠る、または封印するためにはまず何よりも息の根を止められるほどの攻撃が必要なのだ。
神宮女音子の〈大威徳音奏念術〉、明王殿レイの〈神腕〉、猫耳藍色の〈金剛牙〉、そして刹彌皐月の〈聖天弓〉。
どれもが明王の力を極限まで引き出して放たれる攻撃であり、まさに一撃必殺と言ってもいい。
もっとも残念なことに、御子内或子にはないものであった。
(ボクの〈闘戦勝仏〉は無手で不敗の技だけど、あくまでもそれはこれまでのことだ。この想定外のタフネスを誇る〈ラーン・テゴス〉に通じるかは微妙なところか)
だが、その程度の逆境に負けるようならとうの昔にすべてを投げ出している。
「では、キミが死ぬまでボクは殴り続けることにしよう。そのほうが手っ取り早い」
御子内或子は脳みそから末端神経の全てが筋肉でできていると称される少女である。
発想は極めてシンプル、行動は限界までストレートだった。
「邪神〈ラーン・テゴス〉ともあろうものなら、まさか百発前後では死なないだろうから、そうだね、五百発は想定しておくかな。このボクの全身全霊の力を乗せた五百発の打撃。―――受け止めてみるがいいよ」
一歩離れてから〈気〉を引きだすための呼吸―――調息を行う。
〈社務所〉の巫女の場合では中国拳法や空手とは違い、〈気〉を練気すると同時に浄化して物理的な一撃へと切り替えることができる。
ただの武闘家とは違う、神に仕える聖なる巫女であるからこそできる技である。
ゆえに同じことが可能なのは元々僧侶である仏凶徒などだけであり、裏柳生や霧隠忍群のような忍びが使う技術とは違う。
元は同じであったのだが、途中で分化したのだ。
或子は溜めこめる〈気〉の容量については仲間の中でもトップクラスであった。
それは何故かと範士に訊ねたところ、
『或子ちゃんの肉体はもともと人間のものとしては規格外に強いのよ。だから、他のみんなと比べても〈気〉の内容量が大きい。そして、それは強みになる。あなたは無尽蔵に近い体力と〈気〉を使うことで戦うやり方を覚えなさい。いつか最強の巫女になれるからね』
と慰められ、アドバイスを貰った。
特に行き詰っていた訳ではないが、或子はその意見を尤もであると受け止め、ずっとその戦い方を磨いてきたのである。
そして、導き出した結論は一つ。
殴って、打って、蹴って、貫いて、砕いて、破壊して、完膚なきまでに叩きのめすことであった。
例え、相手が邪神であろうとも。
ブレずにいつも通りに戦うだけである。
◇◆◇
「ロバートさんは今回の事件、どこまでかかわっているんですか」
御子内さんの
彼女が相手にしている〈ラーン・テゴス〉という邪神についてである。
根本的に人類とこの日本を害する邪神すべてが〈社務所〉の目標であることは知っていたが、第一のターゲットとして何よりも先に抹殺すべきと首級を狙っていたのが、あの〈ラーン・テゴス〉だという。
今回、色々と無理を重ねて御子内さんと鉄心さんを派遣した理由はそれだ。
だが、僕はその理由を知らない。
なぜ、〈社務所〉はあの邪神を重視しているのか。
「……私も細かいところまでは知らん。だが、刹彌とスターリングの二人までが協定を破って借りだされていたのは確かだな」
皐月さんとヴァネッサさんはまだ正式にはFBIの関係者であって、〈社務所〉が勝手に使っていい人材ではない。
何度か手を借りているのは、ちょっとしたお手伝い程度の扱いでの話だと聞いていた。
その二人まで現場に出して何をしようとしているのか。
「なんでも、〈ラーン・テゴス〉が斃されると旧支配者が復活することができなくなるという伝説があるらしい。だからじゃないか」
「……意味が分からないですね。旧支配者って、あの邪神という存在のことですよね? それが世界各地に封印され、星辰が揃ったときに復活して、例の神物帰遷がなされるということは僕もわかります。でも、あそこの〈ラーン・テゴス〉を見る限り、恐ろしく強くて不気味な怪物だということはわかりますけれど、それ以上のものとはとても思えない。なにか、認識に齟齬があるんじゃないですか?」
そうなのだ。
僕にはどうしても納得できない部分がそこだった。
御子内さんが必死にあいつを斃したとしても、それが無駄に終わらない可能性はない。
なぜ、
「以前、あいつがロンドンの博物館で見世物として展示されていたときのことなら聞いている。その時に、ジョーンズという男がその趣旨のことを口走っていたそうだ」
「ていうことは、頭のおかしな男性の戯言を真に受けているということでしょうか」
「そういう見方もできる。だが、あの〈ラーン・テゴス〉と敵対していた〈グラーキ〉・〈イゴールナク〉という邪神がここに上陸していたのはやはりおかしいと思うぞ」
「そうか。石埼さんにはもともと〈イゴールナク〉がついていたのか。もしかして、〈社務所〉はそれをわかっていて、ロバートさんを?」
「いや、違う。私は弁護士の護衛だ。石埼は途中からやってきた。だから、どうするべきなのか迷っていたが、幸運なことにすぐに正体を見せてな。弁護士を隠してなんとかやり過ごしたところでおまえが来たのでメモを渡したということだ」
あのメモはやっぱりロバートさんのものか。
でも、やっぱりわからない。
なぜ、の答えが出ないのだ。
そもそも御子内さんが奴を狙っているのは、同じ邪神であるツァトゥグァとの取引を履行するためでもある。
邪神たちはどうしてそこまでして〈ラーン・テゴス〉を狙うのか。
すべての鍵はそこにあるような気がするが、残念なことに僕には情報も想像力もない。
「でりゃあああああ!!」
僕にできることはただ御子内さんを応援して、屋敷の中でも絶望的な戦いに身を投じている二人の巫女を心配することだけであった。
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