第577話「魔人VS魔神」
「でやああああ!!」
御子内さんの渾身の崩拳が胴体に突き刺さり、邪神がたたらを踏む。
それはそうだろう。
邪神の全身を覆い尽くす黒い毛が何千本も絡みついているというのに、御子内さんの突進を止められなかったのだから。
わずかに勢いだけは殺せたが、そもそも彼女の崩拳は勢いよりも踏み込みのパワーで放つ技だ。
むしろ足元に滑りやすく毛を配置していた方がまだマシだったろう。
これまで幾多の妖魅・妖怪の膝をつかせてきた拳をまともに受けたのに倒れないだけさすがは邪神といったところか。
いや、単に鈍いだけかタフすぎるだけか。
またもしつこく黒毛を伸ばす。
丸い団子が二つ重なったような芋虫の肉体の全身を覆う毛が生きているかのごとく御子内さんに襲い掛かる。
さっき石埼さんを呑み込んだ時のように。
それに対して、御子内さんは幾本かをがっしりと握りしめて、そのまま引っ張った。
まともに考えれば無意味な抵抗かもしれないのだが、彼女の握りしめて部分はなんと白い煙を発して切断される。
ジュウウウという音はまるで発泡スチロールを熱したコイルで切るときのようだ。
基本的に御子内さんは他の巫女たちのように術は使わないから、その類ではないはず。
では、どうやって?
「―――〈気〉だな」
「〈気〉、ですか?」
「ああ。御子内は技能としての〈気〉の使い方は下手くその部類に入るが、内包している熱量というか潜在的なパワーは群を抜いている。てんや明王殿たちと比べてもな」
「よくわかりましたね」
「人の〈気〉の形は妖魅にとっての妖力に似ている。私は半分妖精だからな、なんとなく視えるものがあるのさ。そして、御子内は有り余っている〈気〉を掌からではなく指の先から放出することでさらに純度を高めて妖力でできたあの毛を焼き切ったのだろう」
そうか、あの〈ラーン・テゴス〉の毛は妖力が具現化したものなのか。
だからあんなに伸びたり縮んだり、はたまた自在に動いたりするわけだ。
「逆にいえばあの邪神は妖力をあんな風に無駄に放出し続ければ、本体のための力が分散して減少する。御子内の一撃でたやすく揺らいだのはそのせいだ」
「あと、〈護摩台〉の力ですか」
「その通りだ。あの奇妙でバカげた結界は、確実に人知を超えたはずの悪魔の力に干渉している。御子内はその流れに乗っているだけだ」
乗るしかない、このビッグウェーブに! ということか。
御子内さんの戦闘センスと蓄積された経験値は、甦ったばかりの邪神を相手にしたとしても十分に通じていた。
足をとろうと巻き付いてくる毛を踏みつけて手を一閃掃うだけで、邪な悪鬼の残滓がはらはらと零れ落ちる。
ロバートさんの解説が正しければ、御子内さんの発する〈気〉が〈ラーン・テゴス〉の妖力を削り取っているのだ。
だけど、それは……
「人間の業ではないな。あの少女の発する〈気〉はすでに人の範疇を超えている。てんたちが〈五娘明王〉という闘神の化身であるのならば、御子内はそれに匹敵する超人だということだ」
「御子内さんは〈五娘明王〉ではありませんよ」
「匹敵するといったろう。それにあいつから感じ取れるものは仏の聖慈愛ではない。あれは手の付けられない荒ぶる神のものだ」
「―――」
〈星天大聖〉。
それが御子内さんの異名だといってもいい。
彼女の使う必殺技の名前でもあり、自身のもつ運命の名前だ。
「なるほど、確かに邪神に抗うために産みだされたという人間の決戦存在。尋常ではない」
「―――たぶん、違う」
御子内さんは〈社務所〉が人工的に産みだしたレイさんたちとは違う。
おそらく天然で誕生したただの少女だった。
人が世界を救うために産みだしたのではなく、世界が人を救うために産みだしたのではないだろうか。
そんな気がする。
「どうした、神とやら!! キミたちの呪いとはこの程度なのかい!?」
御子内さんにとって、それはただの確認だったに違いない。
挑発ですらない。
だが、このときの一言が彼女の将来を決めたことを僕は後で知る。
神々はこの無敵の女の子の言葉を嘲りと感じ取った。
そして、それは彼女の短すぎる生涯にわたって邪神とその眷属に付き纏われることになる結果を招くのであった。
このときの僕らは知る由もないことであったが。
『Wza-y'ei! Wza-y'ei! Ykaa haa bho-ii!!!!』
〈ラーン・テゴス〉が叫んだ。
どこに口があるかもわからない、人の声帯では発しきれない奇声をあげているというのに人間の言語であることが聞き取れる。
しかも、その意味するところもわかった。
奴は怒り狂っていたのだ。
超越した力を秘めた神であるにも関わらず、御子内さんの言動に怒りを感じているのだ。
「神―――じゃないね」
精神性という部分では極めて地上の生き物に似ている気がする。
しかし、溢れだすとてつもない妖気はその幼稚な精神を凶暴な危険へと引き上げていく。
近づくことも見ることさえも拒む大悪夢。
「あいつはただの悪魔だ」
僕はそれを理解した。
これまでみんなが戦ってきた化け物たちとそれほど変わる訳でもない。
御子内さんたちが散々斃してきた連中と。
「だがな、升麻。その程度の奴らが邪神などと大層な呼び名で称されると思うか?」
僕は首を振った。
横に。
ちりちりとうなじの産毛が逆立つ。
これは恐怖の証しだ。
僕は目の前の存在を怖がっている。
例え、ただの年を経た化け物だとわかっていたとしても。
〈ラーン・テゴス〉の六つの腕のうち、四つが上下左右から唸りをあげる。
視えなかった。
まるで瞬間移動でもしたかのように一瞬で御子内さんまで到達する。
かろうじて避けるが、そのうちの一本だけは御子内さんの白衣の肩口を裂いた。
宮本武蔵ばりの一寸の見切りができる彼女の能力を単純に速度で上回ったのだ。
あんな丸い図体をしていても、手足を動かす速度は凄まじいもののようである。
とはいえ、それで御子内さんを上回れる訳じゃない。
むしろ、あれで彼女に致命傷を与えられなかっただけ〈ラーン・テゴス〉のしくじりといえよう。
なんと彼女は自らの衣装に傷をつけた触手を掴むと、そのまま投げ捨てた。
ただの力比べならば御子内さんに勝ち目はない。
体重など五倍ぐらい違いそうだからだ。
だが、力にはベクトルというものがある。
いつだって筋肉のある方が勝つわけではない。
タイミングさえあえば、幼児がプロレスラーを転ばせることも可能なのだ。
御子内さんが使ったのはそういう技であった。
引っ張っられたことを知り〈ラーン・テゴス〉が身体の力を固めると、わざと刹那の間だけ脱力し、力の向きを変換させて力を消失させる。
そして投げる。
御子内さんは柔道の達人でもある。
あの伝説の山嵐を軽々と使いこなせる、姿三四郎もかくやという達人なのだ。
だから、投げに関してはレスラーらしいスープレックス以外も使いこなし、技のデパートといってもいい多彩さを誇る。
二百キロはあろうかという〈ラーン・テゴス〉が転んだ。
今度こそ、人にやられて。
握られていない触手が報復を図る。
しかし、いつまでも同じ場所にいる訳がない。
ここはリングの上で、結界の中で、戦場なのだ。
足が止まった方が負ける世界だった。
御子内さんは飛び上がり、フライングニールキックを放った。
やや斜めに飛んだ踵が丸い三角の眼の中心を貫く。
通常なら、そこは眉間で急所だ。
いかに宇宙からきた異界の化け物であっても、さほど構造は変わらないらしく、邪神は狼狽えて後ずさる。
敵とのウェイト差は絶望的ゆえに投げ技は困難。
ならばとしゃがんで足払いをかける。
〈ラーン・テゴス〉の歩行を成し遂げていた残り二本の触手のうちの一本がなくなることで、軸を失った態勢から再び起き上がることはできなくなった。
ちょうどいい位置に降りてきた顔面らしき部分―――正確にいえば踵が抉った眉間だ―――に中段突き、中段突き、中段突きと三連続で拳をぶち込み、慌ててガードに入った触手を払いのけての肘打ちが決まる。
御子内さんの必殺技の一つ、猛虎硬爬山であった。
ただでさえ強い一撃である彼女の正拳には、溢れ出んほどの〈気〉がこめられ、おそらくは一tクラスの衝撃が邪神の一部に集中する。
もし骨というものがあったのならば、邪神はそれで斃されていたかもしれない。
ニールキックからの猛虎硬爬山など、普通の敵ならばお陀仏になるレベルのコンボだ。
しかも、御子内さんはさらに追撃を仕掛けた。
顔面に双掌打で触れる。
打撃ではない。
勢いというものがまるでないからだ。
だが、この体勢から繰り出される技は―――ただのパンチなど比較にならない。
「はああああああ!!」
迸る清浄な〈気〉の奔流。
御子内さんの全身から螺旋のように〈気〉が放たれて、いかれた神の肉体を貫く。
「やったか!?」
御子内さんは残心の姿勢のまま動かない。
理由は一つだ。
つまり、それは―――
「まだだ!! 触手が動いている!!」
僕の声に応えて、御子内さんがそれを叩き落してもまだ蠢いている。
ゴオオオオオオ!!
再び邪神が吠える。
決着などまだまだ先のことだ。
この神は―――強い!!
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