―第73試合 〈ラーン・テゴス〉殺し 3―
第574話「邪神〈グラーキ〉」
邪神〈グラーキ〉。
イングランドにあるブリチェスターの北にある
この湖は、数百年前に〈グラーキ〉が潜んだ隕石が飛来して落下したときの衝突で出来たものであり、それ以来かの神は湖底に隕石を柩として眠っていた。
真っ黒な螺旋階段と壁を備えた巨大な城を備えた隕石は、トランペットのような器官の房が不快に痩せた真っ赤な体を覆っている種族が棲んでいて、〈グラーキ〉を崇拝していたのだが地球に辿り着く前に死に絶えてしまっていた。
不運にも自らに使える奉仕種族を失くした〈グラーキ〉は、湖の底から白いトゲのついた無数の触手を伸ばして湖の近くの住んでいた小規模な人間の一族を支配することでかろうじて不便から逃れていたという。
長い間の宇宙の移動によって力の全てを使い果たしていた墜ちた邪神にできることはその程度であったのだ。
だが、二十世紀になり芸術家であるカートライトという男に手を出したことで、〈グラーキ〉の存在はついに当局に露呈することになり、人間たちの執拗な攻撃により、外宇宙からきたさすがの邪神も永年潜んでいた湖から逃げ出すことになった。
かつてユゴス、シャッガイ、トンドといった星々を渡り歩いていた強力な怪物であったとしても、クリスタル・トラップ・ドアの彼方に幽閉されることとなった彼には、この惑星では力を完全に取り戻すことさえできず這う這うの体で追い出されてしまうことしかできなかったのである。
それから数十年をかけて、邪神は海を渡り、極東の島国へと流れつこうと向かっていた。
多くの海峡を渡り、泥の中に潜みながら泳ぎ、幾つもの触手を伸ばして海洋生物を捕食しながら、移動し続けた。
1977年4月25日に、日本の「瑞洋丸」がニュージーランドのクライストチャーチより東へ約50km離れた海域で引き揚げた巨大な腐乱死体などは、〈グラーキ〉によって捕食された首長竜の残骸なのである。
〈グラーキ〉はその体型もあり、自在に海中を泳ぐということができないため、日本に辿り着くまで数十年の時がかかった。
なぜ、邪神が日本を目指したのか。
それに明確な答えを出せるものは―――まだいない。
しかし、世界各地の退魔組織・機関は〈グラーキ〉の存在を把握し、その移動についてのおおよその予想をたてて行動していた。
80年代から90年代にかけては台湾にいたと考えられていたが、現地の道教の道士によって組織された退魔師たちによって撃退されたと報告されている。
人間たちも決して無力ではないのだ。
ただ、〈グラーキ〉邪神を斃しつくすまでのことにはいたらなかっただけである。
それから、大陸の沖合を流れながら、最終的に辿り着いたのがエラブ島近海であったののである。
〈グラーキ〉はあまり人の訪れない孤島であることを活かし、今度こそ完全に力を取り窓すまでの間、ひっそりと機会をうかがうことにした。
あと少しまてば、近くの弧状列島に彼の同類どもが大挙して押しかけてくる。
そうすれば、外宇宙の歪んで崩れた脳髄をもった邪神にとって住みやすい環境が整えられる。
そこまでじっとしていることは、特に不快ではなかった。
もともと時間と空間の概念のずれた異生物だ。
人間の思考の範疇には収まりきらない。
ゆえにたまに海上や沖合で釣りをする人間を手籠めにして遊ぶ程度の戯れを除けば、ひっそりと時間まで深海の底で眠っていればよかった。
だが、そうもいかなかった。
ほんの数か月前のことである。
彼はかすかな妖力を感じ取った。
それは自分と同じぐらいの力を持つ、神格の放つ妖力であった。
同じように妖力が枯渇し、飢えて、ほとんど何もできなくなってはいるようであったが、この世界では不老にして不死の存在の放つ気配であることは間違いない。
しかも、〈グラーキ〉の
何百万年も前に、ユゴスという惑星で出会ったことのある一柱の神。
こんな辺境の惑星の片隅で遭遇することが奇跡と言ってもいいのに、さらにいえば〈グラーキ〉はその神格について果てない憎悪を抱いていた。
安住の地と定めていたユゴスから彼を追い出したクグサクスクルスの臭いを持つその邪神は、神を喰らう化け物を思い出させるものでもあったからだ。
クグサクスクルス―――邪神を食う邪神。
かつて、次元の狭間で誕生し、多くの同胞を産みだした神であると同時に、それを喰い尽くす悍ましい共食い野郎。
何柱もの同胞があの腹に呑み込まれたことか。
そのクグサクスクルスから何故か喰われずにいられた邪神―――〈ラーン・テゴス〉。
数百年前、クグサクスクルスの暴虐に逆らいえた唯一の神である。
無窮にして無敵。
伝説に語られた二つ名は、神々の天敵と言ってもいい狂った悪食の神クグサクスクルスに唯一立ち向かうことができる存在であることに発している。
でありながら、〈グラーキ〉などユゴスにいた生き残りの神格を放置してさっさと別の天体に逃げ出した〈ラーン・テゴス〉の背信は許せるものではなかった。
〈グラーキ〉は悠久の時によって醸造された憎悪を忘れることはできなかったのである。
時間をかけてエラブ島の一角に〈ラーン・テゴス〉の神殿が出来上がりつつあることを突き止めると、彼は動きだした。
神々を裏切って姑息にして小心な裏切りの神を誅殺するために。
そして、その動きにどれだけのニンゲンの生死がかかっていたとしてもちり芥ほどにも気には留めていなかった。
神は過去の怨みに固執して直近の出来事を忘れていたのだ。
彼がイングランドの静かで呪われた湖から排除されたのは何故か、二十年近く君臨していた台湾の寂れた港から追放されたのはどうしてか、神でありながらいつまでも力を取り戻せずに惑星の海を流されていた理由を。
ニンゲンという生き物がただのちり芥ではないという真実を。
海底から白いトゲのついた触角を伸ばしつつ、地上を蹂躙していた〈グラーキ〉がしたたかに打ちのめされることになるとはこの時まだぐずついた脳裏に思い浮かべてさえいなかった……
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