第573話「三外神」



 これまで僕がどれだけの異質な戦いを観てきたのか、はっきりと数までは覚えていないけれど、少なくはないのは事実だ。

 まず最初に観たのは、巫女の姿をした美少女が巷では八尺様のモデルになった妖怪〈高女〉とリングの上でプロレスを用いて退魔業をするという奇奇怪怪な戦いだった。

 まったくもって奇天烈な戦いはそれからもずっと続いていき、僕は様々な妖怪・妖魅と巫女レスラーたちが戦うのを目撃した。

〈ぬりかべ〉、〈天狗〉、〈うわん〉、〈口裂け女〉、〈付喪神〉、〈化け猫〉〈殭尸〉、〈手長〉〈足長〉、化けダヌキ、〈蟹法師〉、〈山姥〉、〈のた坊主〉、化けウサギの〈犰〉、不死身の連続殺人鬼〈J〉……

 もうそれはそれは妖々たるラインナップだ。

 迎え撃つのは巫女の姿をしているけどどう考えてもレスラーみたいな女の子で、加えて特技はなんちゃって中国拳法とか、ルチャ・リブレとか、ボクシングとか、コマンドサンボとか、手で真空状態を作ったり、木の枝の上に立ったりする超人揃いで、たまに柳生新陰流を使う忍びとかが絡んで来てめっちゃカオスだったりもする。

 おかげでたいていのことには驚かなくなったし、ツッコミも上手くなった。

 とはいえ、だ。

 今回ばかりはもう二の句が継げないとはこのことかもしれない。

 なんといっても、この夏の月夜の下で、南海の孤島といっていい場所で繰り広げられることになったのは……


 巫女レスラーと人知を超えた邪神の一騎打ちだったのだから。



          ◇◆◇



「……あの邪神、意外と簡単に〈護摩台〉に登ったな」

「もともとあの場所の結界は、外から来た神々のための魔術を応用して練り上げたものらしいですので、居心地がいいのかもしれませんよ」

「まあ、三メートルぐらいの怪物ならばあの中でも支障なく戦えるだろうが、自分の二倍はある手足もまともについていないナマコみたいなのとレスリングをする気なのか、あいつは」

「〈護摩台〉に上がってしまえば、いかに邪神といえども妖力が減殺されるのは確かみたいですから、きっとなんとかなるに違いありません」

「私の感覚でいうと、神と名のつく存在と真っ向勝負するのも尋常ではないのだが、〈社務所〉の巫女たちのやり方はいつもまともではないな」

「いい加減に慣れました。それに……」

「それに? なんだ」


 僕は断言する。


「あのり方で御子内さんが負けるはずがない。あれこそが彼女の必勝の方程式なんです」


 そう。

 いつもいつもお金と時間と労力をかけて〈護摩台〉を設置しているのは、あの舞台うえでの戦いならば彼女たちは無敵になれるからである。

〈社務所〉がこれまでやってきた一見おかしい、とてもまともではない巫女の育成の結果が遂に実を結ぶのかどうか、それがこの戦いにかかっている。

 聞いた話ではまだ御子内さんも仲間の〈五娘明王〉たちも真の邪神と戦ったことはないという。

 眷属や分身までならさておき、本物とはまだ誰もぶつかっていない。

 彼女たちがずっと戦ってきたのは、目の前の〈ラーン・テゴス〉のような次元違いの怪物たちを倒すために他ならない。

 だから、この御子内さんと〈ラーン・テゴス〉の一本勝負にある意味ではすべてがかかっているのだ。

 人類の命運、〈社務所〉の戦いが正しいものであったかどうか、僕たちの未来、それらのすべてが凝縮されている。

 

 カアアアアアアン


 いつものように鐘が鳴った。

 結界が一人と一柱を捕らえたはずだ。

 そして激突する。


「……では、わしも一仕事するとするかのお」


 いつの間にか隣にきていた鉄心さんが拳をボキボキと鳴らした。

 こちらも戦闘意欲旺盛のようだ。

 ただ、〈ラーン・テゴス〉の相手は御子内さんがやるのだから、鉄心さんはどうするつもりなのだろうか。


「おい、豈馬。私も行くが邪魔をするなヨ」


 なんと彼女の陰にはもう一人の巫女が隠れていた。

 御子内さんよりも小さく、下手をすれば中学生ぐらいにみえる褐色のクレオパトラカットの女性だった。

 神撫音ララ。

 僕たちより二つか三つ上の世代の媛巫女である。

〈社務所・外宮〉という部署の責任者にして、いつもなにやら暗躍していた。

 その彼女までが何かと戦うのだという。


「なんだ、先輩。今回は高みの見物ではないのか」

「誰が戦わん、といったネ。邪神やつらは外来種である以上、もともとの管轄は私らにある。いかに貴様たちが出張ってこようと私の仕事なんダヨ」

「ふむ、先輩の言う通りではあるな。とはいえ、〈護摩台〉は一基しかないうえ、屋敷の中にはまだ〈グラーキ〉と〈イゴールナク〉の分身がおる。眷属・分身の類いではあったとしても邪神二柱の相手は先輩だけでは重かろう。わしも助太刀するが、いかがかな?」

「誰が連れていかんといったのかネ? 最初から貴様は戦力に入っておるに決まっているだろうが。まったく、十三期は生意気なフリムンばかりダヨ」

「さすが先輩は後輩づかいが荒いのお」


 他の同期と違って、鉄心さんはララさんへの悪感情がないらしい。

 いい距離間の上下関係が感じられた。


「……では、京さんとロバート殿。わしらはこの〈冥王の神託館〉の中に残存しているだろう邪神の滓を片づけてくる。今、きちんとやらなければエラブ島はいつまでも奴らの毒牙にかかったままの悪夢の地と化すだろうからな」

「御子内の方は頼んだぞヨ、〈一指〉の少年」


 そう言って二人はさっきの風圧で破れた窓から屋敷の中に入っていった。

 玄関からいかないのでまるで押し込み強盗のようだ。

 ただ、この二人とて遊びに行くわけではない。

 むしろ〈護摩台〉の力を借りないで邪神の化身と戦うのだから、危険は増しているだろう。

 だが、どんなに変人でも彼女たちはやはり御子内さんの仲間なのだった。


「ご武運を」

「グッドラック」


 僕とロバートさんの見送りを受けて、二人の凸凹巫女は悪夢を胎蔵する屋敷へと戻っていく。

 そこにはきっと地獄の様な戦いが待っているというのに。

 見送る僕らにはただ彼女らの勝利を信じるしか道はなかった。





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