第571話「思いもよらぬ援軍」
わらわらと広間に侵入してくる黒い毛と白いトゲの波は、御子内さんが手にしているやたらと長い
玉串と違い、棒の部分がなんとなく武術で使う杖のように堅そうな武器であった。
御子内さんが武器を使っているところは、狙撃対決のときの梓弓以来なのでとても珍しいことだ。
しかし、あの長さのものなど荷物には入っていなかったはずなのに、いったいどこに隠し持っていたのだろう。
扱い方や捌き方がかなり堂に入っているので、初めて扱うものというわけではなさそうだった。
彼女の身長とほとんど同じぐらいの長さの武器を自在に操って伸縮自在の触手の様なものを打擲し、巻き取り、引き千切って一本たりとも外には出すまいと奮戦していた。
(でも、確かにあの
しかも、あの
「ああ、〈引き寄せ〉の術でどこかから取り寄せたのか。さすがだね」
強いとはいえ素手にばかりこだわらないところが、ただの武辺者ではない彼女たちの凄いところだ。
必要とあればどんなものでも躊躇いなく選べる。
矜持の意味をはき違えたりはしない。
「……さてと、そろそろ時間だのお。おぬしら、今から人払いをさせてもらうので邪魔をするでないぞ!!」
玄関扉を後ろ手に閉めた鉄心さんが大声で叫んだ。
漁師用の道具で突き刺そうとしてくる男性たちを張り手で吹き飛ばしながら、徐々に玄関前の庭の中央に進んでいく。
モーゼのように人の海を割っていく。
自由意思はなさそうな島民たちですら、どことなく怯んでしまっているところが普通ではない。
もっとも、パワーだけでみるととんでもなさそうな女の子だが、レイさんの〈神腕〉に比べるとまだ普通の人間の所業という感じなのであったが。
レイさんの場合は殴られたら本当にボールのように回転しながら吹っ飛んで行ってしまうからである。
不動明王の化身という事実はそれほどまでに人間離れしているのだ。
とは言っても豈馬鉄心さんがさほどに劣っている訳ではない。
妖魅に操られていると思われる島民があまりの迫力に怯んでしまっていることからもわかる。
彼女の発する強者のオーラはそれだけ桁外れなのだ。
ただ、エラブ島の島民がほとんど集まってしまっているこの状況下でいったいなにをしようとしてるのか。
鉄心さんは玄関から正門までの空間を確保しようとしているようにみえた。
なんのために?
トゥルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥ
変な音が聞こえてきた。
最初は鳥の鳴き声かと思ったけれど、それにしては遠くから聞こえてくるような気がした。
どんどん大きくなっていく。
いや、違う。
近づいてきているのだ。
だから大きくなっているように聞こえるんだ。
ブルゥゥゥゥゥゥトゥタタタタタタタタタ……
こんなのは鳥の声じゃない。
セスナ機のプロペラの音のようだ。
しかもかなりの速さだ。
でも、雲一つなくて月明かりだけでそれなりに見渡せるとはいえ、こんな夜中、しかも伊豆諸島の島をセスナ機が飛ぶものだろうか。
見上げても何も見えない。
ただ、音だけはさらに近づいてくる。
かなり近い。
タタタタタタタタタタタ……
本当にすぐ傍で聞こえる。
僕は頭上を見た。
〈冥王の神託館〉の後方から覆いかぶさるようにして、夜空を鉄の巨体が飛んでいた。
両方の翼の端に三枚羽のローターを装備したVTOL機。
ローターをエンジンごと上に向けることでヘリコプターのような垂直離発着が可能でありながら、通常の飛行時にはプロペラ機のようにローターを使用すること高速での移動ができる。
低燃費ゆえに航続距離も長く、ただのヘリよりも多くの物資を貨物可能なティルトローター機であった。
夜間でありながら、巨大なライトで地上を照らしつつ、すぐ頭上を舞っていた。
「オスプレイ!?」
それは確かに色々と悪い評判ばかり建てられていて、今でも反対運動が繰り返されているアメリカの開発した垂直離着陸機であった。
「まだ、自衛隊には配備されていないのに……」
となると米軍の機体ということだが、尾翼にはどんなマークも描きこまれていなかった。
つまり所属不明だ。
あえて所属を隠しているということだった。
誰がこんなものを。
ただ、それよりも驚きだったのは、その胴体下面につけられた計二個のカーゴフックに吊るされて運搬されている貨物であった。
風圧に煽られ、かなり派手に揺れているもののなんとかバランスよく吊り下げられたそれは四角い舞台の形をしていた。
スクエアの土台の角に四本のポストが建てられ、ポスト同士を四本のロープが結んで中を囲った独特の形態。
僕にとっては見慣れた代物だった。
なんといってもある時期はアルバイトで毎週一回は組み立てていたメインなのだから。
今では普通のもので良ければ二時間もあれば完成させられる。
それだけ親しみのあるプロレスリングそっくりの〈社務所〉の切り札。
―――〈護摩台〉であった。
それをオスプレイがここまでぶら下げてきた!?
最初の予定では確かにヘリコプターで資材をここまで運ぶということは決まっていた。
僕らが手ぶらに等しい荷物でここまできたのはそれが理由だ。
そして、僕が〈護摩台〉を設置している間は鉄心さんが護衛に入ってくれるということになっていた。
だけど、まさか〈護摩台〉をまるごと、しかもオスプレイで運ぶなんて聞いていない!
誰が、どんな力技で、こんなことをしたんだ。
口調からすると鉄心さんは知っていたようだが……
〔いいかい、これから落とすヨ!〕
外部スピーカーらしきものから女性の声が聞こえた。
凄く聞き覚えがある。
〔豈馬、君は〈護摩台〉の投下場所を確保しつつ下がりたまえ!〕
「相変わらず無茶を言うな、先輩よ!」
〔その程度のことができないようなしごきはしていないノネ!!〕
あの独特のイントネーションの語尾。
しかも鉄心さんが先輩と呼ぶ相手。
つまり、あのオスプレイに乗っているのは……
「神撫音ララさんかよ!!」
外来種の妖魅を担当する〈社務所・外宮〉の月巫女。
僕にとっては苦手中の苦手。
なんといっても去年のクリスマスに拉致られて監禁されて無理難題を仕掛けられた相手なのだから。
好きになれと言う方が難しい。
しかし、そんな彼女が騎兵隊よろしく助けに来てくれたというのか。
地上約ニメートルの高さまでうまく〈護摩台〉を降ろしたというだけでオスプレイのパイロットの技術の高さがわかる。
安定したバランスをとるのは難しい機体だからだ。
そして、いいところまで来たら、カーゴフックが外れた。
少し高かったが、プロレスリングに似た〈護摩台〉が〈冥王の神託館〉の前庭に落下してうまく収まった。
塀の上の僕が風圧で吹き飛びそうになる。
ちなみに島民たちはなんだかんだいって遠巻きに見ていた。
意識がないのに度肝を抜かれているのだろうか。
それとも鉄心さんが人払いの術を掛けたのか。
どちらにしても〈護摩台〉がここに設置されたのは確かだ。
いつのまにかマットの中央にララさんが立っていた。
飛び降りたのか、元からそこにいて運ばれてきたのか不明だが、間違いなくあの性格の悪い巫女さんだった。
「さあ来い、御子内!! お待ちかねの舞台を運んで来てやったヨ!!」
その誘いを合図にしていたかのように、玄関をぶち破って御子内さんが表に飛び出してきた。
手の中に数本の黒い毛を握りしめて、強引に引っ張りだしていく。
「キミに頼んだ覚えはないね!!」
「―――減らず口を叩くな小娘!!」
「まあ、とにかく礼は言っておくよ。ボクは礼儀正しいんだ!!」
そういって、御子内さんは黒い毛をさらに激しく引っ張った。
マットに転がりあがって踏ん張ると力の限りに。
「出て来い、邪神〈ラーン・テゴス〉!! いつまでもこんな毛の後ろに隠れている気なら、むしるだけむしってハゲにしてやるぞ!!」
世の中の髪の薄い人が怒髪天を衝きそうなことを叫ぶと、〈冥王の神託館〉の開け放たれた玄関の内部から何か黒いものが這い出そうとしていのが見えた。
あれが、あれが、〈ラーン・テゴス〉。
御子内さんたち〈社務所〉の狙っている邪神。
人類すべての―――敵。
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