第563話「邪神の眠る島」



 ことの発端は、皐月さんからもたらされた情報だったそうだ。

 それには、


『〈ラーン・テゴス〉見つけたかもしれない』


 と、だけあった。

 僕と一緒に映画を観終わったところだった御子内さんは、道に出てタクシーを停めるとすぐに明治神宮へと向かった。

 あの神宮の森の一角に〈社務所〉の施設があるからだ。

 おそらく、御所守たゆうさんもいるだろうとあたりをつけての行動だったはず。

 もっともたゆうさんは留守で、退魔巫女の束ねをしている不知火こぶしさんだけしかいなかった。

 それでも御子内さんは構わなかったろう。

 問題は皐月さんからきた情報の真偽だから。

 そこで判明したのは、正確な位置情報とまでいかないが、かなり高確率でその邪神ラーン・テゴスが潜んでいる場所があるということだった。

 彼女がどうやってその情報を仕入れたのかちょっと教えてもらえなかったが、何かの退魔業のついでだったみたいだ。

 皐月さんも微妙にバトルジャンキーの気質があるので、彼女もその〈ラーン・テゴス〉とやり合いたかった様子だったが、今回ばかりは御子内さんに譲るという。

 何故かと言うと、答えは簡単だ。

 御子内さんは新宿の地下に巣くっている別の邪神と契約をしてしまったからだ。

 

「〈八倵衆〉の居場所を教えるのと引き換えに一月以内に〈ラーン・テゴス〉を斃す」


 と。

 緊急事態であったから仕方のないこととはいえ、曲がりなりにも神と呼ばれる存在との直接契約である。

 不履行でもしようものならばどんな呪いが降りかかるかわからない。

 文言上、御子内さん一人で斃さねばならないともとれることとさすがに〈社務所〉の最高戦力を何人も送り出せないことから、他の〈五娘明王〉の助けも借りられず、彼女だけがここにやってきたという訳だ。

 もっとも、不測事態に備えて、バックアップ的な役割として豈間鉄心さんがついてきてくれたのである。

 つい先日退院したばかりの女の子に無理をさせたくないと思っていたけど、実際に会ってみた鉄心さんはもうどこが何カ月も入院していたのかと言うほど元気いっぱいの人だった。

 病院の個室で筋トレをしながらアイドルの番組を観ている姿は、かなり豪快の一言であった。

 アイドルといってもイケメン男性ではなくて、女性グループアイドルなのだ。

 しかも、いかにも派手なアイドルではなくて清楚系をテーマとしているグループなので違和感がある。


「……わしが入院している間に三期生のオーディションが始まってしまったではないか。うーむ、わしもななみんやまいやんのような色気のあるアイドルになれたはずなのに。―――惜しい」

「惜しくないよ」

「一応、書類審査には通ったのだぞ。フォトショップが頑張ったからな。……おや、或子ではないか。おお、皆も一緒か」


 新宿での事変の後、僕らが会いに行ったときの彼女はもう元気いっぱいであった。

 リハビリも終わっており、あとは退院するだけという状況であった。

 御子内さんの邪神討伐が決まったのはそれからで、退院したばかりの鉄心さんがサポート役としてつくことになったのである。

 孤島に潜む邪神を斃すという復帰直後の巫女に与えられるにはしてはハードな戦いだと思ったけれど、作戦概要を聞くと確かに鉄心さんが向いていると思った。

 むしろ、なんか僕の方がいらない気がするぐらいだ。

 ただそれでも船のチケットの手配からバイト代を出してもらってはいかざるを得ないだろう。

〈ラーン・テゴス〉と戦うことになる御子内さんも心配だし。

 出発直前に、わざわざ見送りに来てくれたレイさんや藍色さんのためにも彼女を無事に連れて帰らなければいけないと決意したのが半日前のことだ。

 

「……君らが〈社務所〉の巫女か?」

「うん、そうだよ。よろしく」


 モーターボートの前に三人の男性が立っていた。

 一人は格好からしてモーターボートの運転手だろうけど、残りの二人は背広とシャツの姿の六十歳以上の老人だった。

 背広の方は高価なのがすぐにわかるから、普通のサラリーマンではなさそうだ。

 雰囲気からして弁護士あたりだろうと思っていたが、実際に―――田口勉さんは弁護士だった。

 隣の石埼さんは不動産会社兼管理会社の従業員であり、田口弁護士と先行して昨日のうちに来ていたらしい。

 エラブ島への便が二日に一遍だということを知っていて、あえて情報収集のために役場を尋ねたりしていたらしい。

〈社務所〉が総力をあげて集めた情報以上のものを彼らが手に入れられたかはわからないけれど、きっと僕らを出し抜こうとしていたのだろう。

 田口弁護士は、これから向かう〈ラーン・テゴス〉が匿われているエラブ島の館の主人からかなりの高額の顧問料を受け取っているらしく、〈社務所〉とも関係があるというがどちらかというと、よりなのである。

 こちらとしても本当の話をするわけにはいかないので、幾分誤魔化し気味な部分、立ち位置的には味方とはいえない相手になってしまった。

 石埼さんに限れば、〈社務所〉のことをまったく知らないらしく完全にこちらを敵視している。

 まあ、御子内さんも鉄心さんも初対面ではどうしても警戒される格好の持ち主だし、二人とも女の子としては態度がLすぎるのも気に障るのだろう。

 たゆうさんとか以外にはほとんどタメ口の御子内さんと、戦国大名のような鉄心さん。

 確かにお年寄りには嫌われるかもしれない。

 とはいえ、エラブ島に行くのは五人一緒なので軽い呉越同舟だった。


「……巫女さんなんか乗せるのは初めてだよ」


 ボートの運転手さんは、エラブ島の島民ではなく準公務員扱いであっちとの連絡係を勤めているそうだ。

 頼めば二日に一遍の定められた回数以外にも向かってくれるが、その際は燃料代を二倍支払わなければならないとのことだった。

 まあ、妥当なお値段だろうとは思う。

 

「運転手さんは、普段は何をされているんですか」

「あー、ただの民宿の主人だよ。エラブにいく観光のお客さんがまずうちに泊まったりするから、営業も兼ねてんだ」

「エラブ島って観光客多いんですか。あまり情報なかったんですけど」

「うーん、もともと無人島みたいなところだからなあ。浜は綺麗だけど、あそこが一番という訳じゃねえな。うちの島でもいいスポットは山ほどあるし。あそこで一番なのはタコの料理だけどそれだけで大金遣う客はあまりいないだろうし。人の少ない変わった場所を探しているタイプ用かな」


 つまりはあまり観光客はいかないということか。


「じゃあ、僕らが行こうとしているお屋敷ってのはなんなんですか?」

「あー、あれはな。戦後、ちょっとしてからの朝鮮戦争の特需でもうけた成金がな、ホテルを建てたんだ。あんときはまだ材料を運ぶ船もチャーターしやすかったしな。それでもホテルを建てるまでは良かったんだが、結局は赤字続きで〆ざるを得なくなった。今のオーナーはそのあとで買い取った何人目かのお金持ちさ。ただ、ホテルの経営じゃなくて趣味の品の博物館―――倉庫という形で使っているのさ」

「随分と豪勢な倉庫ですねえ」

「まあ、それほど貴重なものはないらしいぜ。防犯設備をつけても警察もこないような島だからしょうがないけどさ」

「ふーん。キミはだいぶ詳しいね。ちなみに聞くけど、エラブ島の島民とは親しいのかい?」


 すると、運転手さんは腕を組んで、


「俺は産まれたときからこの島だが、あそこの連中とはあまり親しくはねえな。同年代もいないからさ。過疎の島って感じだぜ。まあ、どういう訳か金がある連中だから、よくやっているけれどさ」

「今のオーナーは島にいるんですか?」

「ああ。オラボナって外国人だよ。確か、マレーシアの人だって話だな。帰化するかどうかって話だけれど、俺も一度しか会ったことがねえ」

「へえ。どんな人なんだい?」

「背の低い、ハゲな人だな。眼がやたらとちいせえ。日本語がすげえうまいから、あんまり気にならないけどさ」

「もしかして、肌が浅黒くないかい?」

「あー、言われてみればな。悪口をいいたかねえが、猿みたいとも思ったな」

「なるほどね」


 巫女二人は妙に納得した顔をしていた。

 僕たちは少しだけ田口弁護士たちから離れると、


「……オラボナって名前は聞いたことがある。ロンドンのジェームズ博物館に勤めていた男と同じ名前だ。どういうルートを辿ったのかは知らないが、ついに〈ラーン・テゴス〉を見つけ出したらしい」

「そのようだな。通りで田口殿がわしらに非協力的な訳だ。もともと所有者自身がわしらとは違う宗派のようだからのお」

「あと、この調子からすると島自体がボクらの敵になる可能性があるよ。油断はしないように」

「うん、了解」


 ……こうして、僕らはエラブ島に上陸したのだった。



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