第562話「幼馴染と邪神」



 エラブ島に行くには、まず途中の島で一旦下船しなければならない。

 それから、二日に一本の航路の船に乗っていくことになる。

 もっとも島民たちはほとんど自前の船を有しているので、その航路を使うのは主に観光客―――よそ者となる。

 僕たちの乗った客船は時間通りに朝の八時には島につき、それからちょっと移動して、別の場所からもう少しこじんまりとした船に乗り換える。

 微妙な時間帯だったからか食事を摂ることもできず、僕らは十人乗りぐらいのモーターボートに乗ることになる。

 幸いなことに僕も御子内さんも鉄心さんも船酔いはしない性質だったので、今のところのんびりとした船旅という感じだ。

 心配していた台風は来る気配もなく、これで取り残されることはないだろう。


「嵐の山荘か台風の無人島にはならんようだのお」


 鉄心さんが物騒なことを言う。

 そんな誰もいなくなってしまうような発言はやめてほしい。

 ただでさえ僕らは遊びに行くわけではないのだから。


がこないからといって安心はできないよ」

「或子の言うことももっともか。確かにわしらの敵は凪の海に嵐を呼ぶ奴らだからな」

「そういうことさ」


 最近慣れてきてしまったが、彼女たちの超常現象に対する達観ぶりは凄まじいものがあるよね。

 まともに生きていると到底たどり着けないレベルだ。

 普通の人間なら、「あー、天気予報をみる限り台風はこないな、やったー」となるところで、御子内さんたちは「天気予報などあてにならない。なぜなら、この世にはいつでも嵐をおこせる怪物がいるのだから台風が来てもおかしくない」となる。

 どんな異常現象が起きても全く動じないワイヤーのごときぶっとい神経は生来のものなのだろう。


「いや、キミもそんなに人のことは言えた義理ではないぞ」

「今流行りの、おまゆうというギャル語だな」

「むむむ、さすがはアニマ。ギャルに造詣が深いとは……。ボクはどうしてもあの辺の文化風俗にはなじめなくてね。今度、こつを教えてくれないか」

「はっはっは。或子はお堅いからなあ。いいか、ギャルというのはだなあ……」


 モーターボートにまでいく歩き道中は、鉄心さんによるギャルについてのうんちくが披露されて、それを御子内さんがうんうんと興味深そうに耳を傾けているというのんびりとしたものであった。

 ただ、その途中は、僕が何度もツッコミたくなってしまい耐えがたい時間でもあった。


「いいか、或子。ギャルとなったら自分を呼称する場合に“あーし”としなければならないんだ」

「“あーし”? なんだい、その妙な語感は?」

「おそらく、吉原の花魁などのいわゆる廓言葉からきているのだろうな。あそこは一種独特の世界を作り上げて、客を幻惑させるのが目的であるから、あっちなどと呼称したりしたのだ。つまり、ギャルというのは花魁の末裔なのだ」

「ほおほお。ボクはほら巫女だからあまりエッチな話はいけないと思うからしないので、その手の話について拒否反応があるわけではない。というものがそのような伝統的なものというのなら、あえて挑戦するのもやぶさかではないところだ」

「しかも、というものは、『~だし』という語尾を使い、これは郭言葉との共通性が感じられる。或子よ、ギャルになるということは江戸時代の風俗に関して造詣が深いということと同意なのだ」

「うーむ奥が深い。ボクもギャルになるべきなのだろうか」

「いや、或子。世の中にはギャルよりも殿方にインパクトを与えるものとしてなるものがあるという。これもまた避けて通れないのがJKたるものの道よ」

「処女ビッチ!! なんだ、その面妖な言葉は!?」

「いいか。処女ビッチとは、穢れなき乙女であるにもかかわらず実は売春婦や淫乱にも等しい性なる生き物なのだ。この処女ビッチにかかれば、童貞などものの数分も潔癖を維持できぬという。ある意味では最強の生き物なのだ」

「……ぬぬぬ、恐るべきは処女ビッチ」

「だろう。……しかしな、実のところ、わしらの仲間内でもこの処女ビッチたらんとする悪魔の化身がおってな……」

「なんと!! ボクたちの仲間にそんなふしだらな奴が……!!」


 正直、こんな会話がいつまでも続いているとなるとさすがの僕でも頭痛で死にたくなってくる。

 ここまできてようやく、僕は御子内さんと鉄心さんがの仲がよすぎるということの意味がわかってきた。

 二人とも天然なのだ。

 しかも、悪性の。


「おお、あれがエラブ島にいくという船か。うーん、腕が鳴るのお」

「何を言っているんだい、〈ラーン・テゴス〉を討つのはボクの仕事だからね」


 ……仲のいい幼馴染の他愛のない会話が続くが、僕としてはそんな楽観的にはいられなかった。

 なぜなら、〈ラーン・テゴス〉という敵がまさに邪神そのものであり、これまでの敵とは違う存在であるということをよく理解していたからであった……

 

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