第561話「飲酒は二十歳を越えてから……のはず」
東京都品川区エラブ島。
無人島ではなく島の東側にある港とその周辺には五百人ほどの住民が住んでいる集落がある。
主な産業はエラブ島周辺に多く生息するエラブダコと呼ばれる水ダコ。
新橋からでる船も二日に一度しか停泊しないという過疎の島であるが、小さいがれっきとした伊豆諸島の島の一つである。
他の島との大きな違いはなく、特にこれという特徴もない。
最初、僕がエラブ島の名前を聞いたとき、すぐには思いつかなかった。
伊豆諸島といえば大島、利島・新島・式根島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島・青ヶ島のことが思い浮かぶ。
鵜渡根島や八丈小島・鳥島というもともと住民がいたけれども、今は無人島になっている島のことはあまりしられていない。
また、地内島・早島・大野原島・藺灘波島・ベヨネース列岩・須美寿島・孀婦岩という誰も住んだことのない島もあるが、エラブ島もその一つだったようだ。
だが、戦後すぐ辺りに移り住む人々が増え、有人の島になったらしい。
ただ、観光スポットというわけではなくあまり一般には知られていない島といえる。
僕がすぐに思い浮かばなかったのはそういう事情からである。
「……フェリーでしか行けない場所というのは難儀じゃのお。おっと」
僕の隣でコーラを一気飲みしていた女性がげっぷを吐いた。
普通に可愛い女の子がやったとすると、百年の恋も覚めてしまうかもしれない光景のはずだが、この女性がやる分にはあまり変ではなかった。
正直、女の子といってもいい年頃なのだが、その見た目も言動も色々と裏切ってくれるタイプである。
「なあ、京さん」
「京さんと呼ばれるのは初めてです。で、なんですか」
「あっちの自動販売機でビールが売っていたのじゃが、一緒に酒盛りでもせんか」
「……鉄心さんって高校生ですよね」
「まあのお。わしもこう見えても嬉し恥ずかし女子高生なのだ。聞けば、京さんもわしと同級だということではないか。では、酒の飲める年頃ではあるな」
「だから、お酒は未成年には……」
「なにを言うておる。わしはおぬしが〈のた坊主〉を打ち負かしたという話を或子から聞いておるぞ。呑める口なのだろ?」
……確かに以前に〈のた坊主〉をとっちめたこともあるけれど、あれは真っ正面からの呑み勝負じゃなくて策略のレベルだからなあ。
その前の御子内さんとかレイさんとか音子さんが場を温めたあとだから、別に僕の手柄という訳ではないし。
ただ、十代の男女が船の中で飲酒というのはどんなものでしょう。
「なに、わしらとて常日頃から品行方正な女子という訳でもない。たまの飲酒ぐらいはお目こぼしされるだろうさ。なにせ、エブラ島まではまだ八時間ほどはある。飲酒でもしなければ退屈で過ごせないだろう」
「……いや、寝てればいいんじゃないかな」
「わしと同衾したいのか? 大胆だな」
「うん、僕の周りって人の話を曲解してしか聞かない人が多いけど、やっぱりそのパターンなのか」
結構、切実に素直な友達が欲しい。
ちなみに鉄心さん、そういう発言は御子内さんが怒り狂う恐れがあるので是非やめてほしい。
あと、僕としてはとても失礼なんだけど、鉄心さんは男らしすぎて女の人として意識できない。
なんといっても、身長180センチ超え、体重は80キロ以上の男らしい体型のマッチョタイプの―――女の子では、さすがに趣味から外れてしまう。
人柄なんかは蘭心竹性で、とても付き合いやすそうなんだけど、なんというか本当に音子らしいすぎるのだ。
僕の知っている中でもレイさんなんかはがらっぱちだけど、普段からとても可愛らしい面を見せてくれるので男子としては憧れる美人だ。
がさつそのものの御子内さんなんか僕の好みそのものなので問題ない。
でも、さすがに鉄心さんは厳しい。
顔は凄く美形なのだ。
というか、端正で凛々しい。
だが、漢らしすぎるのでこちらが気後れしてしまうのだ。
「なに、わしも巫女らしく処女であるから、くんずほぐれつ肉弾戦の経験はないので勝とうと思えば勝てるぞ」
「勝負もする気ないから」
「京さんはノリが悪いのお。まあ、いい。酒宴にはつきあってくれるということならばな」
なし崩しでビールを飲みに行くになってしまった。
これ以上断ると何か別な罪状がつけられそうな微妙な恐怖もあったのだが。
二人で船内の中央にある自販機まで行くと、まだまだ寝付けないらしい他の客たちがかなりの数うろついていた。
僕らを見ると少しだけぎょっとした顔になる。
そりゃそうだろう。
僕はいつものツナギ姿で観光客とはちょっと思えないし、隣の鉄心さんはいつもの巫女姿だ。
つまり、マッチョ体型をした悪く言うのならゴリラみたいなガタイのいい女の子が巫女装束を着て大型船を闊歩している光景はそこまでシュールなのだった。
ただ、今回ばかりは鉄心さんのせいだけというばかりではなかった。
自販機の先にある備え付きのベンチで、見知った顔が僕らと予定を早取りしていたからだ。
ベンチの横には一人で呑んだとは思えないぐらい空き缶が散乱していた。
強いとはいえ随分とペースが早いね。
「―――あれ、京一とアニマじゃないか。キミらも一杯やりにきたのかい?」
「或子。……なんだ、先にやっていたのか」
「寝付けなくてね。キミらだって同類だろ」
「だったら、わしに声を掛けろ。わしが京さんを口説き落としてここに来るのにどれだけ手間をかけたと思っておる」
「鉄心さん、人聞きが悪いよ」
「京一はお堅いからね。女子高生が酒を飲むのにいい顔をしないんだよ。一緒に飲むにはまだ若いのかな」
「当り前だろう。わしらはまだまだ幼いJKだからな。酒の味がわからんのだと思われておるのだ」
「まあ、ボクらはJKだからね」
……なるほど、御子内さんがJKに拘るのは
二人とも女子高生というカテゴリーからはかなり逸脱しているので、逆に気にしすぎているのだろうと思う。
幼馴染だという二人にはきっと深いつながりがあるのだろう。
こうやって一緒にお酒を飲みに同じ行動をする関係なのだから。
御子内さんには親友がたくさんいるけど、幼馴染というのはまたちょっと違うのだとわかる。
「……さて、わしも飲むか」
「そうした方がいい。きっと、あの島では想像を絶する敵が待っているからね」
「〈ラーン・テゴス〉といえば〈
「ボクは逆だ。むしろ、あんなところだからこそもっと重点的に調べるべきだったと考えている。だが、おかげでいいタイミングで出会えた」
「そうじゃなあ。おぬしにとってはそうだろう」
「ああ、そうさ」
御子内さんはぐびぐびと七缶目のビールを飲み干した。
「〈ラーン・テゴス〉が死ねば旧き支配者は復活できなくなる。……まずまっさきに始末しなければならない邪神だからね」
「それだけか?」
「いいや」
彼女は万感の思いを込めて、
「海からくる神はすべて誅する。それが〈星天大聖〉としてのボクの使命だ。それは昔から変わらない」
と、らしくない深刻な顔で言うのであった。
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