第557話「神宮女の一族」



 スーパーあずさのミトルたちの席の後方から、彼女たちをじっと観察しているものがいた。

 斜め後ろのすぐ隣から雑誌を読むふりをしながら、ミトルとその隣の老人から目を離さない。

 これが御子内或子か刹彌皐月であったのならば、当然気が付いたであろう視線にまったく無頓着なのが、彼女の序列が上がらなかった理由である。

 妖魅退治に関わっている緊張状態テンションの時ならばともかく、普段の彼女はちょっと格闘技の強い少女の範疇をでないのだ。

 よくも悪くもごく普通の退魔巫女。

 それが那慈邑ミトルであった。


「……あれ、またこの人」


 親友のTwitterに目を通していたとき、見覚えのある少年が映った写真があった。

 顔を消し忘れていたのか、それとも顔出しを許可している相手なのか、その少年は普通に神社のベンチで鳩に餌を撒いている写真をアップされていた。

 コメントとして、『可愛い』とだけある。

 写メ全体の雰囲気としては、たくさんいる鳩についてのことのようだが、よくよく眺めてみると構図といい光線の配置といい、完璧に少年が主役だった。

 となると、コメントもたった一人の登場人物についてのものだと推測するべきだ。

 それを前提としてみると、わりといい顔をした少年だと思える。

 美少年ではないし、どこにでもいそうな平凡さなのだが、斜めから見た横顔はとても精悍だ。

 スポーツ選手でもないし、知的教養に溢れている顔でもない。

 どこか安心できる微笑みを浮かべた優しそうなタイプだった。

 音子のTwitterのフォロワーの何人が彼の良さに気が付くかはわからない。

 ただ、もし近くにいたのなら陽だまりの中にいるような心地よさを分けてくれるような相手かもしれない。

 RTもいいねも一万近いが、この少年について注目しているリプを送っているものはほとんどいないのが不思議なぐらいだ。


(そういえば、てっちゃんのお見舞いのときの写真にも、都知事選のときの事件の集合写真にもいた男の子だっけ)


 たまたま撮れたものではなく、狙ってのものだというのは明白だ。

 すると、LINEグループのTLに『こら、音子。あの写真は何だ。ボクの助手兼相棒を勝手に使うのなら事務所を通せ』と苦情が入っていた。

 或子だけでなくレイまでが『京一くんの写真はなんのつもりだ。……データを送れ』などと書き込んでいるのがよくわからなかった。

 立場的には御子内或子の助手という禰宜みたいな扱いのはずなのに、同期皆がいい印象を抱いているようなのだ。


(私が山梨にいる間になにがあったのかしら)


 少なくとも修業時代は男っ気のないいかにもな巫女生活だったはずなのに、どうみても一人の少年を対象に熱心な恋のさや当てをしているように思える。

 しかも、或子・音子・レイといったら結婚どころか彼氏もできなさそうな自己中心的で癖の強い三人だ。

 あり得ない、以外の感想が出ない。

 特に自分のTwitterに他人―――しかも男の子を乗せるなんてらしくない真似をしている音子が気になる。


「……おとちゃん、男の子に興味あったんだあ。神宮女って厳しそうだからそういうの興味ないってフリをしていただけなのかな」


 あまりにも気になってしまい、ぽつりと独り言をつぶやいてしまう。

 そして、それを隣の席の老人は聞き逃さなかった。


「今、神宮女といったか」

「……なんですか?」


 さっきまで露骨に無視していたくせにあちらから話しかけてきたことで、ミトルはなんだか気分が悪くなった。

 ミトルは基本的に礼儀正しい大人しいタイプだが、あまり素直な性格の持ち主ではない面倒くさい女だ。

 いったん拒絶されてすぐに仲良くなるなんてことはできない。


「神宮女といったのか、と聞いている」


 しかも、態度がよろしくない。

 ミトルは視線を合わさず、スマホの画面を見たまま、


「いいましたけど、それがどうかしました? 私、忙しいんで」


 言い方がきつくなっているのは自分でも感じている。

 ただ、相手方の最初の態度が悪かったんだから仕方ないと心に棚を作り上げた。

 誰もが聖人君主ではないのである。


「あんた、那慈邑の関係者でしかもワシの孫娘のを見ているということは、〈社務所〉の媛巫女―――だな」

「……ワシの孫娘ですか? もしかして」


 テレビで見たことのある音子の父親神宮女震也ではない。

 が、顔付きはよくよく見れば男性にしては珍しい左右対称で親友の美貌と似通っている。

 そうなると噂でしか聞いたことはないが、


「おとちゃんのお祖父さま?」

 

 さすがにそうなると無視してもいられない。

 音子のTwitterの画面を横目で見られたのだから言い訳もきかないだろう。

 最初の態度の悪さの理由はわからないが、少なくとも親友の祖父となれば多少の愛想は発揮しないと。

 もともと政治家の家に生まれたからかそのあたりの切り替えには如才ないミトルである。


「……那慈邑の孫が音子と同じ媛巫女になったとはきいていたが……あいつめ、ワシがそんなに妬ましいか」

「あいつ……。もしかして私のお祖父さまの源竜郎のことでしょうか」

「そうだ。あんたのジジイとワシは政治の世界では同期でな。同じ頃に、木曜クラブに入ってある方の秘書になった。だから、よく知っている」

「秘書時代のお祖父さま……」


 家族には過去の話をしたがらない祖父であるから、まだ駆け出しの頃のことなど聞いたこともない。

 とはいえ、目の前の老人がわざわざ作り話をするとは考えにくい。

 であるのならば、きっとこの老人なりの主観はあるだろうが事実を語っているのは間違いないところだろう。


「好敵手という訳ではないな。あいつが一方的にワシに絡んで来ただけだからな。ワシは―――あんたの境遇ならばわかるだろう。大臣などになる気は端からなかった。だが、力が欲しいあいつにとってワシは目の上のたん瘤ではあったのよ」

「……」


 まさか、自分の祖父が。

 とは思わない。

 今の源竜郎をみていれば権勢欲が誰よりも強いことはわかる。

 孫娘を命がけの戦いに赴く〈社務所〉の退魔巫女にしようとコネを総動員してねじ込むほどなのだから。

 神宮女の人間だとすると、この老人も〈社務所〉の関係者ではあるのだろう。

 であるのならば、確かに政界の闇での事件を一手に片づけて政治家たちの憶えのいい人材のはずだから、源竜郎の嫉妬の対象になっていてもおかしいことではない。


「……少し、教えてほしいことがあるのですが」


 おそらくこの老人も神物帰遷のことについて知っている。

 機密ではないものであっても、一つ聞き出してみたいことがあった。

 だから、ミトルが話しかけようとしたとき―――

 

 二人の様子を観察していたものが動き出した。


 

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