第550話「巫女と〈ミ=ゴ〉」



 かつて北米で戦ったときは、雪原での戦いであった。

 足を乗せればずんと沈み込むような柔らかい雪上での戦いは、通常であれば地に足をつけて進む方の不利となる。

 各国の軍隊でも雪上行軍には専用のスキーなどを利用しなければならず、ただの靴しか履いてなければ体重移動すらままならない。

〈ミ=ゴ〉と遭遇時の刹彌皐月は、冬山登山支度こそしていたが、靴などの装備はごく普通の品物でしかなかった。

 しかし、皐月は〈社務所〉の巫女であり、肉体の重さを軽減させる〈軽気功〉の使い手であり、強く踏みしめられない場所でも自在に動くことができたのだ。

 甲殻類の身体に接ながった羽根によって地上スレスレを浮遊することができる〈ミ=ゴ〉であったとしても、ほとんど堅い大地に立っていると同様にやりあうことができた。

 むしろ、あの時の戦いに限れば、〈ミ=ゴ〉の側の方が劣勢であっただろう。

 宇宙空間すら飛翔できる超・生物にとっても、怪物・妖魅との戦いに特化した人類の決戦存在である皐月との戦いは想定外であったのだろう。

 必殺の〈ミ=ゴの怪光線〉は躱され、飛翔能力を持って回り込もうとしても殺気を先読みされて反撃を受ける。

 伸ばした鋭い鋏の刃は、皐月に掠ることもなく挙句の果てには羽根を二枚も捥ぎ取られるという惨状だった。

 結果として、宇宙から来た怪物はその場を逃げ出すしかなかったほどである。

 追撃しようとしたヴァネッサ・レベッカのライフルの弾丸は全身を包む不可視の壁によって弾き返され、その〈ミ=ゴ〉はなんとか逃げ出すことができた。

 まさに命からがら。

 今、この上野の地にいる〈ミ=ゴ〉は別の個体ではあったが、同胞と同じものを感じ取っていた。

 が潜んでいた三階は、倉庫に使われているとはいってもそれほど広い場所ではない。

 所せましとビニールと毛布を被せられた蝋人形が置いてある状態で、怪光線が輝くたびに皐月ではない物が爆発四散する。

 命中したものを木っ端微塵に破壊する怪光線の原理は不明でも、当たらなければどうということもない。

 飛んだり跳ねたりを繰り返しながら、〈ミ=ゴ〉から伸びる殺気と言うオーラを視切れる彼女にとって、いかに宇宙生物であったとしても強敵足りえない。

 ゆえに皐月がずっと念頭に置いているのは、いかにこの化け物を逃がさないか、それだけである。


『§○×◇ヰ◆∀◇!!!』


 これほどの科学力があっても人語は話せない怪物が哭いた。

 怪光線を掻い潜って懐に潜り込んで来た皐月の抜き手が頭部と胴体の接合部に刺さったからだ。

 手応えはあった。

 何か堅いものを指先が潰した感触があったのだ。

 さらに皐月は中指に〈気〉をこめて奥を貫こうとする。

 暗殺拳でもある皐月流独特の技〈穿指せんし〉である。

 これで普通の人間の筋肉程度ならば豆腐のように穴が開けられる。

〈ミ=ゴ〉の分厚い外皮であれば弾かれていたかもしれないが、生物でいう関節に当たる接続部をピンポイントで貫かれればダメージは入る。

 緑色の血液を流し、怪物は後ろに倒れる。

 床に激突する寸前、羽根をはばたかせ、〈ミ=ゴ〉は後ろへと水平に滑っていった。

 地球上のどの虫でもできないホバー走行のようであった。


「うわ、キモ!!」


〈ミ=ゴ〉が向かうのは出入り口だ。

 反対側にある窓からは無理と判断して、出入り口の逃走を選んだのだ。

 だが、そのルートの先には、


「|Sorry. This place is off-limits《ごめんなさい、ここからさきはつうこうどめなのよ》」

 

 両手に異形のグローブをつけたFBI捜査官の少女がいた。

 彼女が両手を突きだして、背中から飛んできた〈ミ=ゴ〉にタッチするだけで、250万ボルト以上の電圧と20アンペア以上の電流が流れる。

 その威力はスタンガンを越え、まさに手で持てる電気椅子のように怪物の中に電気という嵐を流しこむ。

 

《GGGGGGGYYY!!!》


 絶叫の方が生物らしかった。

 全身が黒焦げになるほどではなかったとしても、血を流す生き物である以上、内臓を掻きまわすような電気の痛みは共通だ。

 直接触れた羽根の一部が焼けるぐらいなのだから、殺傷力と言う面でも抜きんでていたであろう。

 ただし、それでも〈ミ=ゴ〉は死ななかった。

 宇宙空間すら制覇する怪物の面目躍如である。

 怪光線を放つ銃は電撃のショックで落下していたが、には鋭い刃のついた鋏がある。

 振り向くこともせずに矢鱈滅多に前肢を動かしてヴァネッサ・レベッカを屠ろうとする。

 だが、それもつかの間。

 そこにはもう一人の人物がいた。


「くそ!!!」


 グロック17を構えた久遠はその銃口を〈ミ=ゴ〉の頭に突きつけて、躊躇いなく引き金を引いた。

 見た目に反してクソ度胸があると先輩刑事に褒められることがある彼の思い切りの良さであった。

〈ミ=ゴ〉の脳みそにあたる緑色の粘塊が吹き飛ぶ。

 いかに怪物と言えど幽霊とは違う。

 動きの中枢を司る脳幹を破壊されればそれで終わる。

 そして、〈ミ=ゴ〉も例外ではなかった。

 壊れた操り人形のようにばったりと倒れる怪物にはもう抵抗する余力さえも残ってはいなかった。

 床に飛び散った不気味な緑の液体を避けながら、皐月がちょんちょんと胴体を突く。

 

「うわー、もうすぐ消滅するよ、これ。きたねえザーメンみたい」

「やめて」

「でも、さすがアストラル界とほぼ融合しているだけあるね。生命活動が停止すると同時に肉体を構成する幽体が解け崩れて消えていく。なるほど、邪神関係が地球の妖魅とは違うというのがよくわかるわー」

「サツキ。とりあえず、その銃みたいなのは領置しておいて。たぶん、消えはしないから」「ロジャー」


 金髪の少女は久遠に向き直り、


「どうですか、巡査長サン。とりあえず犯人は倒しましたよ。もう、しばらくはああいう事件は起きないでしょう」

「しばらくはってことは……?」

「〈ミ=ゴ〉というのは種族です。第二第三の〈ミ=ゴ〉がまた事件を起こすこともあるでしょう。ただ、もうしばらくしたら〈ミ=ゴ〉が暴れる理由はなくなると思いますけどね」

「それはどういうことかな?」

「……この種族が探しているものは、そこのサツキたちが探しているものと同じだからです。彼女たちがその競争に勝てば、もう〈ミ=ゴ〉は諦めてこの弧状列島から出ていくでしょうね」


 ヴァネッサ・レベッカは断定する。

 久遠は肩をすくめた。


「わかった。でもまあ、捜査に協力をしてやったんだ。少しぐらいは解説をしてもらってもいいんだろ」

「ええ、喜んで」


 物騒な武器Eグローブをつけていたとしても、美少女の笑顔はやはり花のようだと久遠はらしくない感想を抱くのであった……


 

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