第549話「迎撃対奇襲」



 相談の結果、久遠たちは従業員の通用口から入ることになった。

 間宮原が行方不明となったときが突然だったらしく、ほとんど建物の出入り口や窓には施錠がされておらず、どこからでも入ることは可能だったのだ。

 突入以前に、〈社務所〉の禰宜から手に入れた博物館の図面をよく見てみると、構造上三階建ての建物なのに三階部分は使用されていないことがわかる。

 地下と一階の四分の一は倉庫と博物館員の仕事場に充てられていることから、明白に使い途がわからないのはそこだけとなる。


「一気に上に駆けあがるなら、通用口の隣の階段の方がいいかも」

「おい、正直に言って僕はあんたがどういう人間だか知らないが、〈ミ=ゴ〉なんてものに近づこうとするだけでおかしいんだぞ。もっと慎重に……」

「さっきから感じていたけどさー、お巡りさんって〈ミ=ゴ〉のことしってんだね。うちみたいな巫女のことじゃないよ」


 あまり認めたくないことだったが、渋々警察官は頷いた。

 確かに過去に彼は〈ミ=ゴ〉と遭遇したことがあった。

 だが、あのときの怪物は瀕死であり、久遠が現認したと同時に死んで消えてしまったから、実際に動くところはほとんど知らない。

 ただし、その一瞬でも、あの怪物がとんでもなく恐ろしく、まったく人知の及びそうにないものだということは骨身にしみて理解できていた。

 その怪物にこの皐月という少女は向かおうとしているのだ。

 警察官としては止めなければならない。


(仕方ないか。自分でも訳がわからないが、いざとなったら僕が盾になればいい)


 こんな思いをしたのは初めてであった。

 もともと久遠はお人好しの傾向が強い。

 しかも場の空気に流されやすくもある。

 捜査の現場にいきなり副署長の命令で正体不明の少女二人の世話をさせられて、殺人事件の犯人が空を飛ぶ宇宙から来た怪物で、それを倒すから付き合えという。

 しかし、それを久遠は簡単に受け入れてしまった。

 素地はあった。

 異常すぎる世界を、この世界の一般的な在り様の一つとして受け止めるという素地は。

 ロック風の巫女、金髪美少女のFBI捜査官という登場人物、事件の突飛さ、次々と判明する事実、手渡された拳銃、それらが一つ一つまるで彼が状況を受け入れるために丁寧に用意された小道具であるかのようにすんなりと入ってきてしまったのだ。

 だから、久遠は普段の彼ならば絶対に止めるであろう無謀な住居侵入にまで付き合うことにしてしまったのである。


「―――〈ミ=ゴ〉……知ってる。前に捜査でかかわったことがある」

「やっぱり。最近の警察って凄いと思ってたんだ。昔だったら、うちらと共闘なんかしたら発狂寸前まで行く人ばかりだったし、まず第一に信用させるのにバカみたいに時間がかかったもんらしいのに」

「いや、今でもそうだ。僕だけがちょっと特殊なんだ」

「へえ、まあ頼もしいからいいかー。頼りになる男は好きだよ。女の子とニャンニャンするのはもっと大好きだけどね!!」

「……ニャンニャンはさすがに古いだろう」


 ぶっきらぼうに言い放つ。

 女子高生みたいな相手に頼もしいと真顔で言われるのはさすがに照れてしまう。


「それでは、行くとしますかね。ネシー、バックよろしく。後背位からガンガン突っ込んできてね。牝獣のポーズだ!!」

「Eグローブのスイッチ入れるわよ」

「ふざけてしまい申し訳ありません!!」


 従業員口を開けると同時に、皐月が侵攻を開始する。

 あまりの速度に完全に久遠たちは置いてけぼりになってしまった。


「まさか、自分だけで……!!」

「ごめんなさい。サツキはそんな殊勝な子ではありません……よっと」


 やや遅れて中に侵入した二人の視界にロック風の巫女は影も形もなかった。

 慌てて後を追うにも、やはり警察官二人組は経験から慎重にならざるを得ない。

 久遠とてグロックを撃つのは初めてであり、無理はできなかった。


「まったく刹彌流の使い手ってみんなあんななのかしら」


 生物の殺気・殺意を読み取って、しかもそれを掴んで投げることができる刹彌流柔さつみりゅうやわら

 FBIどころかアメリカの錚々たる科学陣ですら、原理はともかく実践することはできなかった幻の古武術。

 その加護があるからか、一切の奇襲・暗殺、余程の距離がなければ狙撃すらも躱せるという。

 四六時中、連続殺人鬼に命を狙われているヴァネッサ・レベッカの護衛役ガーディアンとして彼女ほどの適任はいないとされている。

 だからこそ、命がけの単騎での突入にもっとも相応しい闘士なのであった。


「無茶をする!!」


 三階まで上がりきると、使用されていないテーブルや廃材などが積み上げてあり、その奥に開け放たれた両開きの扉があった。

 その奥からは紛れもなく戦いの音が響いてくる。

 もう戦いは始まっていたのだ。

 二人は武器を構えつつ室内を見渡した。



            ◇◆◇



 単騎突進したのには理由がある。

 刹彌流がこのような敵の居場所もわからない奇襲作戦には向いているということではない。

 皐月の生物の殺気を視る目が、三階から放出されている禍々しい黒いオーラを見て取っていたのだ。

 つまり、敵は―――〈ミ=ゴ〉はすでに臨戦態勢に入っている!!


(で、うちらを迎え撃とうという算段か。そうは問屋が卸さない。うちの中の厄介な神様がほざいているのさ)


 皐月は一気に階段を駆け上がった。

 敵がいる場所は殺気でわかる。

 最初の予想は完全に正解であった。

 そして、羽根のあるあいつに対して時間をかけてしまうと容易く逃げられてしまう。

 アメリカではまんまと逃げられたが、今度は仕留める。


(それに……〈ラーン・テゴス〉。日本に渡ってきていることは伝わっていたけれど、それの手掛かりになるというのならねー)


 以前から、〈ミ=ゴ〉の日本での活動理由が、同じ惑星からやってきた邪神の探索らしいということはわかっていた。

 もともと北米やアルプスを拠点としていた怪物たちがなぜこの百年近くの間に徐々に日本に姿をあらわし始めたかはまだ不明であるが、〈ミ=ゴ〉に関してだけはそのような理由だと判明していたのである。

 この十年の間に、一度だけ〈ミ=ゴ〉が退治されたこともあったが、そのときは判明しない彼らの秘密を突き止めるチャンスでもある。

 ―――発泡スチロールが擦れ合うような音がした。

 これは一度、耳にしたことがある。


(〈ミ=ゴ〉の怪光線!?)


 鋏状の手にぴったりと収まるようにして作られた銃のような武器から放たれる光線はまっすぐではなく雷のごとく捩子くれて飛んでくる。

 これに触れると致死性の麻痺になるとわかっている皐月は、大きく迂回して躱した。

 刹彌流のおかげでどこを狙っているかはわかるとしても、〈ミ=ゴ〉の怪光線のようにジグザグに揺れてくると最小限の回避では掠るどころか命中してしまうおそれもある。

 部屋の中央に見覚えのある羽根のついた甲殻類がいた。

 世には多くの妖魅はいれど、外宇宙からやってきた怪物どもほど不気味なものはまた滅諦にいない。

 ゆえにその外見だけで邪神の同輩だと推測さえできる。


「愛染明王・刹彌皐月。―――見参かな」


 皐月は腰を落として身構えた。

 


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