第548話「蝋人形の館」



〈ミ=ゴ〉は冥王星傍のユゴスという惑星から種族だと言われている。

 古来からこの地球アースと呼ばれている惑星において、先住生物を駆逐しながら人間の思考では思いもよらない様々なことを行ってきた。

 人間が現在のように科学技術を進化させ、彼らの足元程度には及ぶようになってからは潜み隠れるようになっていた。

 人里離れた山中などに隠れていても、無視の様な羽根を持って空を飛ぶことができる彼らからしてみればたいした不便ではなかったらしい。

 彼らは特殊な溶液を身体に塗ることで宇宙空間でさえも飛行することができる、ある意味では人知を超えた種族である。

 肉体的な頑強さだけでなく、人の心を読み取り、謎の怪光線を出す銃を開発し、頭から取り出した脳みそだけで保存して生かしておくということも可能な科学技術こそが〈ミ=ゴ〉の恐ろしさでもあった。

 だが、〈ミ=ゴ〉が本当に恐ろしいのはその姿にあった。

 甲殻類にも、サザエにも似た頭部を持ち、先の尖った肉質の輪かもしくは濃いねばねばするものによって覆われた結び目が関節の代わりをして、色が次々と変化するのが不気味なもっていた。

 鉤爪のついた多数の脚がエビのような胴体についていて、背中らしい場所についてぼろきれは一対の蝙蝠のような翼などは怪物以外のなにものでもないだろう。

 化け物でしかない姿をしているのに高い科学技術と文明を持つ怪物は、まるで過去の空想特撮ドラマのように

 彼らに比べれば、まだ妖怪も幽霊も現実味があるはずだ。

 少なくとも、〈ミ=ゴ〉のことを知ったときの久遠久にとっては、そうとしか思えなかった。


「……この建物は私立の自然科学博物館だということだ。NPO法人が経営しているっぽいな」

「なーるへそ。何を収集しているかわからないけれど、この手の文化事業をしておくと補助金を出す自治体もあるからそれを狙ってのものっすかね。なるほど、〈ミ=ゴ〉の隠れ蓑になりやすそうだなあ」

「どういうことだ?」

「〈ミ=ゴ〉って見事に怪物だから―――あ、駄洒落じゃないすよ―――人間の協力者がいないとこんな大都会じゃさすがに隠れていられない。だから、自分たちが潜みやすい大きめの建物に協力者の助けを借りて閉じこもっているのさ」

「……ここがそれだと?」

「でないと、辻褄が合わない」


 鍵のついた扉があったとしても、皐月には無駄なことだった。

 簡単な前蹴りだけでたやすく開いてしまう。


「警察の前でそんなことをするなよ……」


 呆れつつも久遠は皐月の後に続く。

 すでに夜も更けていた。

 いかに上野の一角とはいっても夜になれば人は減る。

 誰かに見られる可能性は低い。


「―――この自然科学博物館についてわかったわ。地域の子供たちを相手に天体観測のやり方や、宇宙の素晴らしさを説くためのものみたい。館長は間宮原幸三まみやはらこうぞう。けっこう頭が禿げ上がってらっしゃるから、あの被害者でしょうね。〈社務所〉の禰宜からも、自宅では一昨日から行方不明だという報告があがってきたわ」

「BINGOって訳だーね」


 手にしたタブレットからどんな情報が上がってきているのか、ヴァネッサ・レベッカは冷静に状況を把握していく。


「専門は民俗学の研究。弁護士とこのあたりの地主を兼ねていたみたいだから、相当なエリートね。ただ奇矯な性格の持ち主らしく、仕事は長続きしないで結婚もすぐに終わって、現在は一人暮らし。この博物館と自宅を往復するだけの暮らしだったみたい。そんなだから、ここのお客さんである子供たちの評判も悪く、博物館はいつも赤字だったらしいわ」

「わかるわー。ここ、お子さんたちが喜んでくる場所じゃねえもん」

「……ただ、去年やった催しだけは大盛況だったみたいね。区から表彰されているの」

「えー、こんなしけた博物館で大盛況? ありえなくない? 演目はなに? あー、わかった、女体の神秘2015だね!! 御開帳、開けてみたら、観音様がビッグバン!!」


 相棒の戯言を聞き流して、ヴァネッサ・レベッカのタブレットが見せたのは当時のポスターの画像だった。


「……『忘れられた神々の人形展』。蝋人形をいくつも集めてそれの展示をしたみたいです」

「蝋人形? 別にたいしたものじゃないだろう」

「久遠サンはマダム・タッソーの蝋人形館とかご存知ですか? 腕のいい職人が作る蝋人形の迫真の出来といったらそれはもう凄いものなんですよ」

「だが、所詮は蝋人形。作り物だろう」

「―――作り物じゃなかったら」


 ヴァネッサ・レベッカは言った。


「1920年代。アメリカでは多くの蝋人形による催しが開かれました。写実主義が跋扈する彫刻界の中での現代でいうアートの感覚で作家たちが蝋人形という形態に挑戦を続けていたからです。そして中には本物と見紛うレベルのものたちもいました。……それはとある古い町での展示会での出来事です」

「……」

「マダム・タッソーの蝋人形館を解雇されたジョージ・ロジャーズという人物が運営するロジャーズ博物館は不気味で下劣な人形ばかりを集めるところでたちまち評判になったことがありました。その中には今は知られていない怪物や神様を模したものをどうやってかはしりませんが、ひっきりなしに収拾しては展示するという場所だったようです。ただ、その博物館も数年で閉館しました。理由はジョージ・ロジャーズ―――匿名希望みたいな名前ですね―――が行方不明になったからです」


 久遠はヴァネッサ・レベッカの言っていることがわからなかった。

 ただ、聞き流していいことではないということだけは理解した。


「それがどうつながるんだ?」

「これからの話はわたしの推理ですけれどよろしいですね。間宮原がどういう人物かは知りませんが、彼は忘れられたといわれる神様の蝋人形を集めて展示会を行いました。。間宮原がそのことに気づいていたかどうかはともかく。そして、その本物を目的に〈ミ=ゴ〉たちがやってきた」

「〈ミ=ゴ〉が邪神を目的にってことは……もしかして、ネシー」

「ええ。あなた方、〈社務所〉が長年首級を狙っている奴ですよ」


 お気楽極楽で太平楽な皐月の顔がしかめられる。


「〈ミ=ゴ〉と一緒にユゴスから来たっていうアイツ? もしかして」

「きっとね。そのあたりは貴女たちの方が詳しいでしょう。FBIの追跡対象にしては大きすぎるわ」

「まあねー。あいつを倒せばうちらの仕事がだいぶ楽になるってもっぱらの評判だからね」


 そこまで話すと、ようやく刹彌皐月の顔がシリアスに翳った。


「なるほど、〈ミ=ゴ〉の側の思惑は知らないけれど〈ラーン・テゴス〉が関わるとあっちゃあ捨てては置けないね。うちらはずっと狙っていたんだから」


 ユゴスから来たという邪神〈ラーン・テゴス〉。

 それは皐月たち日本の退魔師たちが何百年も狙っていた仇敵であった……

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