―第69試合 氷と微笑―
第542話「アニマルプラネット」
榊照之の朝はウォーキングで始まる。
朝五時から約5キロを歩く。
60歳で会社を定年になり、さらに5年アルバイトとして勤務して引退してからも体力を持てあましている彼にとっては物足りなくはあった。
健康のためには、何もしないよりはマシだと思っていたので日課からは外さなかった。
もっとも朝方の体のリズムが整わない時間でのウォーキングは体に悪いとの説もあり、必ずしも良いとは限らないのではあったが。
榊はそのまま、見慣れた煙突の見える景色をウオーキングした。
見慣れた景色を歩くだけの状況がよくあることだとしても。
「何だ、あれ」
榊は上を見上げた。
もう誰にも使われていない煙突の先に見たこともない、何かが置かれていたからだ。
違和感の塊のような何かが。
気になった彼はいつもなら決してしないことをした。
柵で仕切られた壁をこえたのである。
分別のない子供ならばさておき、ある程度世の中に馴染んできた大人ならまずしないことを。
その煙突の先にある何かを確認しようとしてのである。
まともな人間なら近寄りもしない柵に手を掛けて、後先を考えずに足を乗せた。
それがあってはならないことへの片道切符だとも知らずに。
そして、数分後、榊は報いを受けることになる。
―――彼が煙突の先に見付けたものは人の死体であり、どのように殺されたのかわからないようなものであったとしても事件性は失われないものであったからだ。
2016年の真夏といっていい季節に、都会の真ん真ん中で凍死して見つかった死体について誰も何も覚えていないというのでなければ。
2016年、上野で起きた事件の問題はそこにあった……。
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