第541話「御所守たゆうは語る」



「……それで、その〈八碔衆〉という連中の狙いはなんだったのかね。こちらとしてはそれを知りたい。いや、まずは実際にそのような呪殺が可能なのかということだ」


 忙しいスケジュールを押してやってきた背広の老人が御所守たゆうに問いかけた。

 長々と雑談をしている暇はない。

 彼は先週末の選挙において起きてしまったパラダイムに対応しなければならない忙しい立場なのだ。

 ただ、それでも直接〈社務所〉の本陣にまでやってきたのは並行して起きていた事件の血生臭さを恐れたからだ。

 都知事選の候補者すべてが呪殺される寸前であったと……

 そんなことが実際に起きていたら国内どころか国際社会からどんな目で日本が見られるかわかったものではない。

 同時に呪殺の対象が自分たちに振り返る可能性は排除できないのだ。

 彼もまた選挙で選ばれる政治家であった。


「〈大明王元帥法〉はご存知ですね」

「ああ、聞いている。ルーズヴェルトを呪い殺したという。嘘かホントかはわからんが」

「本当ですよ。ただ、そんな真似ができるのは修行を積んだ高僧か、呪法のあるじ様ぐらいです。ほとんどいないというのが正解です」

「だが、その〈八碔衆〉という者どもは」

「ですから、計画通りにいっても成功したかどうかはわからないということです。期限前投票というものが選挙にはございますね。少なくない数の。……それで誰かが呪殺されていると聞きましたか?」


 老政治家は首を振った。

 少なくともそんな報告は受けていない。

 ニュース番組でもよく見掛ける記者会見のときの仕草であった。


「そういうことです。大山鳴動して鼠がでたかどうか。彼らは個々に自分たちの思惑があり、団結しておらず、個々に穴が有りすぎたのです。わたくしどもには僥倖でしたが」


 たゆうとしては、余計な不安を抱き続けて欲しくないこともあり、さりげなく結果としては無害であったかのように会話を誘導している。

 事実、快川による新宿焼き討ちはありえた危機ではあったのだから、誠実な対応とはいえまい。

 しかし、この国の政府の中枢にいる人物に意味なく恐怖を与えても良いことは欠片もなかった。

 その意味では誠実そのものといえなくもない。

 たゆうはこれからしばらくの間、〈社務所〉が政治の軛に縛られず自由な行動が確保できるかどうかを重視しているだけで、この老政治家をたばかる思惑はないのだから。


「では、こんな騒ぎを起こした理由は?」


 という単語を使ったことで、政治家の中で事件が矮小化されたとたゆうは判断した。

 狙い通りというべきか。


「尋問の効かない相手なのでまだ推測の域を超えていませんが、おそらくは東京都の行政管轄にあるとある施設の掌握にあったのではないか、と」

「とある施設? 何かね、それは?」


 たゆうは手元に差し出されたタブレットの一点を指さした。

 神秘的な少女のような老巫女と最新機器の組み合わせに少し政治家は陶酔しかけた。

 差し出したの不知火こぶし、たゆうの実質的な右腕である。


「海の上? ……あ、そこは」


 彼もよく知る施設であった。


「確かに建設は第三セクター任せだったが、完成してからは東京都が権限を握っているな。だが、要するに〈八碔衆〉というのは武闘派の仏教徒なのだろう。そんな場所に執着してどうするのだ」

「東京都の政治的空白と混乱に乗じて彼らはここに居を構えるつもりだったようです」

「……なんのためだね」

「勿論、神物帰遷に対するためでしょう。志は違えど、彼らも私どもも思いは同じのはずです」


 政治家はすでに三年ほど政府の中枢にいる。

 一度もその地位から外されたことがない。

 故に国家にとって最大の秘事についても知らされていた。

 神物帰遷。

 ―――旧き神々の帰還についても。


「やはり、ありうるのかね? その……邪神がこの日本に映画の怪獣のように暴れまわるということが」

「映画のようにとは限りませんが。あなたも日ノ本の国会議員ならば妖魅のなんたるかは何度も体験しているでしょう。それの延長線上ですよ」

「確かにそうだが」

「あなたの政党にいる豈馬や神宮女がなんのために国会議事堂にいるのかおわかりならば、我々が伊達や酔狂で暗躍している訳ではないことも理解しているはずです」


 そう言われると黙るしかない。

 名前の上がった国会議員は盟友という訳ではないが、参議院と衆議院の連続当選記録を持つにも関わらず、要職にもつかず派閥の長にもならない変わり種だった。

 何も知らぬものには役立たずとまで呼ばれることはあるが、その役割が政界の深い闇を祓うためだと知る議員たちは決して蔑ろにはしない名である。

 その孫や娘が退魔の巫女をしていることも当然既知の情報であった。


「神宮女にはうちの首相が世話になっている。彼が居なければ政権がまずいことになっていた。〈社務所〉には足を向けて寝られんよ」


 神宮女音子の父親である神宮女震也はもともと宗家の嫡男ということもあり、かつては退魔宮司であった男だった。

 国会議事堂と議員会館、首相官邸における霊的障害の排除を一手に引き受けている。

 また、参議院にいる豈馬鉄心の祖父であり、たゆうの弟でもある銀士は霞ヶ関の霊的結界の責任者でもある。

 国会図書館地下の魔女と組んで、国体を闇の世界から護っている強者であった。

 唯物論に生きる者達ですら、この二人には手を出さないという掟があるくらいである。


「わかった。その施設に関してはこっちも注視しておこう。明後日の内閣改造のときに、神宮女が関係省庁に入れるようにごり押ししてもおく。どうかな?」

「よいお考えで」


 たゆうとしては満足いく話だった。

 神宮女震也が政府に入っているというのは、今の時期では良い案だからだ。

 八月三日には内閣改造がある。

 それを利用できるのは運がいいといえよう。

 これからはもっと政治の力を使わねばならなくなる。

 政教分離など、危機が迫りつつある時代には言っていられない。


「わたくしの勘ですが、こそすべての鍵が集う場所になるかもしれませぬ。関西には星見の座主という預言者がおります。もし、あの〈八碔衆〉どもが彼の預言に従っていたとしたら、それは当たっている可能性は高いのですが」


 そして、たゆうは賭けをしたことを思い出す。

 あの場所に、かの少年を送り込むという賭けを。

 取り引きを申し出てきたのは、はっきり言って敵の方からではあるが、その思惑にあえて乗ってみたのはかの少年の強運を信じてみたくなったからでもある。

 

(もしかしたら、あの運がいいだけのただの善良な少年こそが本物の鍵となるのかもしれませんね)


 もっともそれは、彼に恋するものたちにとっては過酷な結末を迎えるかもしれないということを、御所守たゆうは慚愧の念とともに思い浮かべるのであった。

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