第540話「新宿の夜明けの宴にて」
いくら新宿の週末とはいっても、二十四時間開いていて、高校生の巫女装束の女の子たちが集団で入れる場所は数少ない。
歌舞伎町は騒がしくて嫌だ、ということで四谷の黄色のファミレスに入ると僕らはコーヒーなど、思い思いに好きなものを飲み始めた。
皐月さんが預かってきたアメックスのカードのおかげでいくら飲み食いしても文句は言われないのだが、とりあえず一休みというところだった。
ドリンクバーで一杯というのがいかにも女子高生ちっくなのだが、僕の同伴者たちは年齢と本職がアレなので途轍もなく異世界感が強い。
しかも、全員がイロモノめいた改造巫女装束の癖にコスプレっぽさは欠片もない馴染みようだからなんともいえない雰囲気になるのだ。
まだコスプレイヤーのオフ会の帰りです、とでも言えれば良かったのだが、命がけの死闘明けということもあり、みんな殺気や闘気が抑えきれないからか妙に殺伐としていたので無理であろう。
警察が通報されてやってこないのが不思議なぐらいだ。
でも、僕たちの通された六人掛けの丸いソファーテーブルには、そんなにはいないとはいえぽつぽつと存在する他の客が一切寄りつこうとしないのだから大概である。
ちなみに右から、レイさん、藍色さん、皐月さん、音子さん、御子内さんの順に並んでいるのだが、なんとなく意味深な並びだ。
常識のある順番とかかもしれない。
もしくは人格がまとも、とか。
「―――ああ、そういうのはねえんだ」
「そうなの?」
比較的まともなレイさんが僕の疑問に答えてくれた。
他の人たちのようにくたびれて動きたくもないかもしれないのに、やはり姐御肌で気配りのある人だ。
「妖魅に関わる事件は、警察もだいたいわかっているからさ、オレらだとわかる通報はだいたい揉み消しちまうんだよ。特に警視庁の管轄ではな。神奈川県警はちっと怪しいけど。あそこ、わりと不始末多いからさ」
〈社務所〉の禰宜と言える人たちは警視庁や警察庁にも入り込んでいるらしくて、色々と便宜を図ってくれる。
治安活動の一環だということならわからなくもない。
レイさんはコーヒーをブラックで呑んでいたが、そのうちにお腹が鳴りだしたのか、食べ物を立て続けに注文しだした。
さっきまでまったりとしていたのに、一人が動き出すとつられたように残りの巫女たちも注文を開始する。
「チーズハンバーグのディシュをライス大盛りのセットでお願いします。あと、ブロンコハンバーグも追加で。麻婆ハンバーグも頼みます」
「クリーム系のパスタを全種」
「あー、ピザがいいなあ、ピザ」
「……うちは君が食べたいなあ。ねえ、ウェイトレスさん」
やかましくて聞いていられない。
まさに女三人寄れば姦しい、だ。
注文を受ける方の大学生っぽいウェイトレスが混乱し始めている。
「うるせえぞ、てめえら。そんなんじゃ、注文がまとめられねえだろうが」
意外と委員長気質のレイさんがみんなを叱咤する。
とりあえずしゅんとするのは真面目な常識人タイプの藍色さんだけで、あとの三人は不満げに口をとがらせる。
おまえが仕切るなとか、あたしは好きなものを食べるとか、怒るレイちゃんも素敵とか、口々に文句を言い出した。
それに対してレイさんは、まずは皐月さんを殴って鉄拳制裁で黙らせると、特にわがままで自分勝手の度合いが強い二人を無視してウェイトレスに、
「このページのステーキとハンバーグとパスタ、とりあえず全部一つずつ持ってきてくれ。金はあるし、こいつらは全部喰っちまうから残すことはしない。ほら、皐月、カード見せろ」
「ら、ラジャー……これでーす」
〈神腕〉にどつかれて震えながら、カードを示す皐月さん。
性根は曲がっているけれど、根性はある人だ。
「ボクはピザといったのだが」
「うるせえ、肉喰っとけ、肉。てめえは肉が主食だろうが」
「どれほど好物でもそんなに食えない時もある。それが今だ」
「どんなときでも肉喰ってれば幸せだと修行場でほざいてたのは誰だ、おい」
「あのときはあの時だ」
「この口から出まかせ野郎め」
しかし、ステーキとハンバーグが喰えるならいいかと、納得して矛を収めるのも早かった。
さすがお肉大好き少女だ。
―――敬虔な巫女のはずなんだけどね。
「……ですが、その孔雀という〈八倵衆〉を取り逃がしたのは失敗でしたね」
四つ目のハンバーグを付け合わせのポテトと一緒に飲みほした藍色さんがふと呟いた。
彼女の性格からいって皮肉とか当てこすりの類いではない。
普通にミーティングでの反省点を挙げたに過ぎない。
だが、実際に取り逃がした三人は憎々し気に口に突っ込んでいた食材を噛みちぎった。
……あのあと、皐月さんの弓によって深手を負ったはずの孔雀は、明王としての孔雀の羽根こそ消えたものの、例の〈飛翔呪〉という術で飛び去って行ったのだ。
勝負ありと油断したのか、第二矢を番えていなかった皐月さんは撃墜の機会を見事に逃してしまい、地上から追うすべのない御子内さんたちは指をくわえて見送るしかなかったのである。
結果として、仏凶徒の陰謀は阻止できた(実は全容がわかっていないので僕にもわからない。ただ、たゆうさんからの伝言では終わったということらしい)が、実行犯のうち最も兇人だけは取り逃がしてしまったということになったのであった。
音子さんは天海を、藍色さんは一休を、それぞれ制圧して捕獲しているし、皐月さんは陰からの行動で人質の解放という仕事をやってのけていたので、実質結果をだしていないのは御子内さんとレイさんということになる。
二人がどれだけの死闘を演じていたかよくわかっている僕としては、結果が出ていないなどと言う気はないけれど、本人たちには内心忸怩たるものがあるのだろう。
栄養補給が多少やけ食い気味なのはその辺に理由がある。
とはいってもみんな夜を徹して闘いまくり、〈八倵衆〉なんて魔人たちを撃退したのだから凄いと思う。
まあ、ここの支払いも凄いことになると思うけど。
テーブルの上はもう十皿以上空になり、みんなの健啖ぶりの凄まじさをまざまざと物語っていた。
「また、来るか、あいつら?」
「どうだろう。あのイケメンの怨みは相当買ったと思うから、あいつ個人はくるかもしれない。でも、こっちにはもう四人の〈八倵衆〉がいるからね。戦力は半減しているし、特に大規模な嫌がらせはしてこないだろう」
そういえば、今回の天海、一休に加えて、文覚、一遍もまだ〈社務所〉の施設で監禁されているのか。
危険人物ということもあるが、無期限に人間を監禁できるあたり、やっぱり〈社務所〉も闇社会の組織ではあるんだよね。
まあ、不用意に解き放つと何をしでかすかわからない連中であるし、殺さないだけまだ人道的といえるかも。
「で、その快川っつうジジイはどうなったんだ?」
「養祖母ちゃまが相手をしたっていうから、まあ捕まえたんだろうと思うよ」
「あー、たゆう様まで手柄をたててんのか。じゃあ、もうオレとてめえだけが何もしてねえ感じじゃねえか」
「失敬な。ボクは音子をぶっ倒したのでそれでチャラだ」
「―――音子なんぞ倒しても得点にゃあ結び付かねえって」
「
こっちも聞き捨てならないとばかりに音子さんが二人の会話に割って入る。
自分が故なく貶められたと判断したからだ。
こうなると長くなる。
御子内さん、レイさん、音子さんたちは同格であるがゆえに一歩ひいて話し合おうとはしない三人だった。
我関せずを決め込んだ藍色さんと皐月さんは黙々とパスタを食べている。
「デザート、頼もうか」
僕ができるだけさりげなくメニューを広げると、御子内さんの視線が落ちる。
あれだけ肉ばかり食べて、逆に甘いものが欲しくなっているだろうと睨んでいたのだが、どうやらその通りのようだ。
ヤンキーな外見の癖にスイーツが好きなレイさんもつられてメニューを見る。
二人の気が逸れたのに気が付いたのか、音子さんが席に着いた。
もともと気まぐれな人なので、仲間割れもすぐに飽きたのだと思われる。
「たまにはパフェもいいな」
「千葉にはパフェなんて売ってないだろう」
「てめえ、都下の癖に舐めんなよ。たいして変わんねえだろうが」
「ボクの高校は都民の日は休みだから、東京なんだよ」
「哀しい根拠を持ちだすな!」
お互いに罵り合いながら、食べたいものを吟味し始めた巫女たちを眺めながら、僕は大きく欠伸をした。
さすがにちょっと眠たい。
御子内さんたちのように体力お化けではないから、もう限界に近かった。
だから、まだ残っていたコーヒーのカップをとると、口に含みながら姿をあらわしたお日様を見る。
夜に慣れた僕には眩しすぎた。
何はともあれ、とにかくこれから誰も死なずに済んだのかと思うと、それだけで頑張った甲斐はあるのかもしれない。
ただ、僕のそんな些細な達成感はすぐに砕かれることになる。
ファミレスの外―――通りを渡って反対側のガードレールの傍に立つ、浅黒い肌を持つ若い男性が手を振っているのを見てしまったからだ。
〈顔のない黒い狗〉。
そういう名前のショップを経営していた謎の男が、明らかに僕を見てにこやかに微笑んでいるのであった……
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