―第68試合 妖魅都市〈新宿〉 6―

第534話「蹴破る天井」



「快川和尚が―――敵なのか!?」


 僕は御子内さんの言っていることの意味を、そう理解した。

 でも、そんな馬鹿なという想いもある。

 あの人は新宿で天海僧人の〈亦説法〉を聞き取った僕に対して「〈社務所〉と連絡を取りたい」と接触してきて……

 もうそろそろ半日が経とうとしていたけれど、あれは昨日の夕方のことだったはずだ。

 それから、歌舞伎町のバーで仏凶徒だというママも交えて〈社務所〉の話と仏凶徒の陰謀を聞いて、たゆうさんに連絡を取ったのだ。

 だから、よく考えれば僕が全面的に彼を信じるための材料というものは極端に少ない。

 彼の言が真実だという保証もなければ、彼が味方に付いているという確証もなかった。

 なにしろ出会って数時間程度だったけれど、少なくとも彼には多少偏屈だが理にかなった僧侶のお爺さんというイメージを持っていた。

 だけれど、快川和尚には僕らを欺く理由がないのではないだろうか。

 彼の言う「〈八倵衆〉の同僚たちの行き過ぎた真似を止めたい」という考えは十分に理解できた。

 歌舞伎町のニューハーフの仏凶徒ママの言い分ももっともだったし。


(でも、どうしてだろう。全部、腑に落ちる)


 今まで感じてきたこの件に関する疑問がすべて繋がって氷解していく。

 おそらく天海と一休の二人の〈八倵衆〉の狙いと、快川和尚と孔雀の目論見は方向性こそ似ているが非なるものなのだ。

 いや、もっと正確には、天海・一休組、快川和尚、孔雀の三つのソロバン勘定が存在し、僕らはそれぞれによって振り回されていたから、まったくもってちぐはぐな印象だけを受けてしまうということだろう。

 目指しているものが違うから、天海と一休を止めようとする快川和尚、二人に便乗した孔雀の存在が浮いて見えるという訳だ。

 しかし、そうなると、快川和尚をたゆうさんに紹介した僕の責任は重い。

 なにしろ、たゆうさんは僕が繋ぎをつけた結果、御子内さんを地底の邪神のもとに送り、彼女が必死の冒険の果てに上智大学ここに辿り着いたのだから。

 それが誰かの陰謀の結果だとすると、引き金を引いたのは僕ということになる。

 快川和尚が何を企んでいようと、僕が加担したのが故意ではないといっても慰めにはならない。

 僕は敵に手を貸してしまったのだ。


「……結局、僕は肝心なところで足を引っ張ってしまうのか」


 真面目にそろそろ潮時なのかもしれない。

 御子内さんたちがこれから敵に回すのは、今までに見てきた妖魅―――妖怪、怪物、殺人鬼なんか比べ物にならないほどの強大な連中―――神だ。

 あの団地の顔のついたロープの連なりや、風でできた妖々とした子供がただの眷属でしかない相手ばかりなのだ。

 これまでのようにプロレスリングの〈護摩台〉に登って正面から戦ってくれることなんてないだろう。

 実際、巫女レスラーの異名をもつ御子内さんでさえ〈護摩台〉での戦いは減りつつある。

 戦いの次元は変わりつつあるのだ。

 そして、彼女たちを支えていたつもりである僕の役割も……


「でりゃあああ!!」


 孔雀の放った〈孔雀明王光印〉をレイさんが〈神腕〉で弾いている間に、御子内さんがコンクリート片を投げる。

 イチローのバックホームの返球をレーザービームというけれど、これもまた光線のようだった。

 御子内さん本来の肩の良さに加えて、〈気〉が強化した投擲はただの投げ石にあらず。

 かつて武田軍においてある意味最も恐れられたのが石投げの部隊であったという故事を引くまでもなく、人間という生物は投擲のための背筋が異常に鍛えられており、そこを活かせばこれぐらいのことは容易いらしい。

 地上五十メートル以上は上空にいた孔雀に見事に命中する。

 胴体に当たったが、それは孔雀の掌で防がれていた。

 あいつも〈気〉が使えるのはわかっているので、掌を〈気〉で覆って防禦していたのだろう。

 ただ、威力をすべて殺せた訳ではなさそうだ。

 苦悶の表情を浮かべている。

 あの勢いのコンクリートの塊を受ければ無事ではすむまい。

 孔雀は躱して避けるべきだったのに〈光印〉を撃った直後ということもあり、回避行動が取れなかったのである。


「おい、或子。ナイスだ」

「任せておくんだね。ボクはこう見えてもエースで四番だ」

「意味は知ってんのか」

「白ひげ海賊団の序列のことだろう」

「おまえは一度一般常識から勉強し直した方がいいな」


 軽口を叩きあっているが、これはもう完璧な作戦だった。

 孔雀のさっきまでの優位は飛び道具たるビームである〈光印〉のおかげといえたが、それを完全に弾き返せるレイさんと原始的だが効果抜群の投擲が可能な御子内さんのペアの前では無効化される。

 それどころか、もう攻め手としては完全に封じられたといえるだろう。

〈光印〉にも射程距離はあるだろうから、五十メートル前後をキープしているのはそのせいのはずだ。

 それは同時に御子内さんの射程距離でもある。


「キミはもう何もできないぞ、孔雀踏海」

「その勝ち誇った顔をすぐに泣き顔にかえてやりたいところですよ。生憎、こちらの札はもうすべて切ってしまいましたからね。これ以上は無駄ということですか」

「まあ、そうなるだろ。てめえが降りてきてオレらとやろうというのなら、タイマンはってやってもいいぜ。オレらはそのあたりのルールは破らねえからな」

「ボクらのどちらかに勝てたのなら、見逃してあげるよ。まあ、ボクは例外として、レイがまともにやって他人に負けるなんて考えられないけれどね」


 地上から睨みつける巫女二人。

 共に空中からの敵との戦いは苦手なんてものじゃないはずなのに、一歩も引かない。

 それは誰かのために戦っているからか。

 隣に信頼できる戦友がいるからか。

 高みから独り睥睨するだけの孔雀とは立ち位置そのものがまったく違う二人なのだった。


「……やめておきますか。どうもあの一休僧人まで敗北を喫したようですし、ここまでということでしょうね」


 僕の中での孔雀はもう無敵の鬼人という立場ではない。

 三人の退魔巫女が揃ったときになにもできなかった時点で、天井が知れたといってもいいからだ。

 正直、〈八倵衆〉はどいつもこいつも強くて、単騎での戦いでは御子内さんたちを上回れるレベルであり、彼女たちにはない強力無比な術が使えるのだが、ギリギリのラインで勝ち切るだけの修羅場を潜っていないようだった。

 孔雀はかなりの化け物であっても、圧倒的な力で関西の妖魅を掃討することはしていても、実力伯仲の敵との戦いの経験が少ないのだろう。

 敵を舐めてかかる傾向がある。

 それが孔雀の天井だ。

 戦い続けることで自分の力を青天井に引き上げていく御子内さんたちとは比べ物にならない。


「ああ、キミたちのつまらない謀略はすべて潰える」

「……言いきれますか?」

「うん。快川のところにはもう、たゆう養祖母ちゃまが向かっている。あの女性ひとは無敵だからね」


 たゆうさんが行ってくれたのか。

 快川の謀略に気が付いたということか。

 いや、あの神秘的な老女のことだ最初からわかって口車に乗ったふりをしていたのかもしれない。

 ただ、これで僕も安心できる。

 御所守たゆうさんに任せればなんとかなるだろう。

 それは僕から見た御子内さんにも匹敵する信頼感であった。



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