第532話「看破」



 三人の退魔巫女の並び踏みによって、頭上にいる孔雀が追い込まれた形になる。

 不動明王の化身であるレイさんだけを抑えることもできなかったというのに、彼女に匹敵する二人が加わったとなれば、すでに勝ち目は欠片もない。

 僕の知る限りでも、御子内さんと音子さん、レイさんが揃っているとなって、まともにやりあえる妖魅も魔人もまずいない。

 実力が未知数の〈社務所〉の重鎮であるたゆうさんぐらいのものだろうか。

 多分、柳生美厳さんあたりでも無理だろう。

 しかし、それなのに孔雀は宙に浮いたままだ。

 さっきまでの孔雀の光輪のような羽根はもう消えていたが、さっきの〈孔雀明王飛翔呪〉とやらの力でまだ飛んでいる。

 だが、一向に降りてくる様子はない。

 冴え冴えとした美貌でじっと下を見ているだけだ。

 突然の御子内さんと音子さんの乱入が、あの黒点を破壊したので、あそこから出てこようとした異世界のは追い返され、大学内に渦巻いていた風も完全に止んでいた。

 二柱の明王の邂逅があのよくわからない空間の異常を産みだしていたことは確かだが、何故、あんな風になったかについてはわからない。

 しかし、何の思惑もなくあんな風になるってことはないだろう。


「……足止めが役に立たないとは」


 孔雀は憎々しげに言った。

 月の様な怜悧な眼差しで三人を見下していた。

 足止めとは、御子内さんに音子さんをぶつけたことか。それともどこかで戦闘を始めているという藍色さんのことか。

 とにかく、〈八倵衆〉としては天海の呪法を成就させることを目論んでいるのだから、これほど近くまで最強の敵を近寄らせてはいけないはずだ。

 勝利条件としては今日の朝の投票日まで天海を死守することだった。

 ただ、僕にはわからないことがある。

 天海という〈八倵衆〉をこんな〈社務所〉のテリトリーに潜ませておくことにどれだけの意味があるのだろうか。

 もっと遠くに、場合によっては東京から脱出させていてもいいはずだ。

 それだけで僕たちはもうどうしょうもなくなる。

 投票日の大呪殺を、指をくわえて見ているしかなくなるはずなのに。

 いったいこのちぐはぐな陰謀の真意はどこあるのか。


「……キミが孔雀踏海か」


 怒りを内に秘めた御子内さんが問う。

 彼女にとっては幼なじみである豈馬鉄心さんの仇である。

 眼にはチェストの意志が爛々と輝いていた。

 春以来ずっと狙っていた、本来の敵である邪神を除けば、御子内さんの仇敵といってもいい相手だからだ。


「来ましたね、〈星天大聖〉と大威徳明王」

「ボクのその異名を知るとはなかなかの事情通じゃないか。なるほど、さっきちらりと見えた孔雀明王の幻影は本物みたいだね」

「シィ. あいつも明王憑き」

「ふーん、なるほど。それぐらいでなければアニマをあんな目にあわせることはできないか」


 やってきてものの数分で御子内さんたちは状況を完全に把握したようだ。

 敵がどんな相手でも瞬時に戦力を見破れなければならない彼女たちらしい果断さであった。


「……おい、てめえら。あいつはオレの獲物だぞ。横取りすんじゃねえよ」

「残念だが時間切れだ。アニマの仇はボクがとると決めているので、レイは邪魔だからすっこんでいろ」

「なんだと、てめえ。いつまでもこのレイ様がチビすけの後背を舐めていると思うんじゃねえぞ。いい加減にしねえと潰すぞ」

「ああん。キミ、もう随分とボクに負けているよね。今更、下剋上かい?」

「下剋上……下の奴が上を打ち負かして取って変わる行為…… するとミョイちゃんはあたしわり下だから妥当だね」

「―――おい、音子。てめえもビンタされてえみたいだな……」

「なんだい、なんだい、挑戦者決定戦なら後にしてくれないかい」

「てめえが言うな!!」


 レイさんが後ろから手を出そうとすると、同時に御子内さんの拳と音子さんの蹴りがカウンターででる。

 どちらも鋭すぎて冗談の範囲を超えていたが、蚊でも掃う様に叩き落された。

 挨拶代わりでは終わらない攻防であった。  

 なんだか知らないけれど仲間割れを始めたよ、あの人たち。

 いつも思うんだけれど、仲が良すぎてじゃれているというレベルではすまないど突き合いをするんで気が気じゃない。

 せめて、今回の事件が片付いてからしてほしいんだけれど。

 

「……まあ、とにかく時間がねえ。音子はさっさと天海を探しに行け。聞くところによるとてめえが一番適任だ」

「シィ. あの色男の相手は譲ってあげる」

「イケメンに興味がねえのは昔からだな、てめえは」

「だってあたしが一番綺麗だし」


 そういうと、音子さんは後ろも見ずに走り出した。

 孔雀には〈光印〉があるから危ない、と叫ぼうとしたけれど、よく考えれば御子内さんとレイさんが揃っている状態であんな隙の大きい技を撃たせる訳がない。

 そして、友達のピンチをみすみす見過ごす二人でもない。

 並び立つ双璧の眼光に、さすがの孔雀も身動きが取れそうもなかった。

 抜け目のないことに、いつのまにか二人の掌には拳大のコンクリートの欠片が握りしめられていたからだ。

〈光印〉の最中にあれで狙撃されたら一たまりもあるまい。


「やい、孔雀明王。そろそろ降りきやがれ」

「そうだ。か弱い女を相手に高みから攻撃とはとんと意気地のない男だね。あれだ、さっき音子を盾にしたのもそうだけれど〈八倵衆〉というのは卑劣な真似しかできない連中なのかい」


 口々に文句を言う。

 孔雀からすれば、音子さんに先行された以上、天海が危機に陥っているのはどうしょうもないという状態だからもう逃げ出すこともありのはずだ。

 だから、逃げないように挑発しているのだろうが、なんというか、いつも戦う前に口撃するのが好きな人たちだよね。

 さっきと違って孔雀の方には余裕がまったくない状態なので、やたらと効いているだろうけどさ。


「神宮女の巫女までも……」

「ああ、もうあいつは自由だからな。人質をとって縛るつもりならばもう少し長く見張りをつけておくべきだったな」

「拙僧としたことがしくじりましたよ。不動明王の相手に気をとられすぎました」

「オレ相手に片手間で勝てる訳はねーな」


 もう孔雀は完全に摘んでいる。

 ここから逆転の目はあるのだろうか。

 あのふてぶてしい態度からするとまだ奥の手がありそうな予感はするんだけれど……


「だが、貴女たちはまだ拙僧たちに勝ったわけではありません。こちらにはまだ切り札が残っているのですよ」


 孔雀は気を取り直したのか、余裕の表情を浮かべた。

 まだ無理をしている感じではない。

 本当の余裕が残っているのだろう。

 そして言っていることに無理はない。

 実際にまだ天海という〈八倵衆〉は残っているし、藍色さんがやり合っているという一休も健在だ。

 完全に白旗を上げていい盤面ではない。

 しかし―――


「何を言っているんだい? キミらの負けはもうすでに決まっている。今日の朝日が昇るのを待つまでもない」

「……なんだと?」

「たった四人で乗り込んできて、〈社務所ボクら〉をここまで掻きまわした手際は見事だけれど、やることが大雑把すぎるね。そんなでは、ボクらは騙せても、たゆうのお養祖母ちゃまは誤魔化せない」


 御子内さんは大して盛り上がっていない胸を張った。

 ん、ちょっと待って?

 四人だって?

 孔雀と一休、天海―――数え間違い?

 頭上の孔雀目掛けて人差し指を突きつけて、


「帝都の行政の致命的な停滞を誘って、どんな企みをするかはともかく、キミたちの好きにはさせない!!」


 御子内さんは猛々しく言い放つ。




「キミと快川の陰謀のすべてはボクらが絶対に阻止するのさ!!」




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