第529話「孔雀明王舞闘術」
不動明王対孔雀明王。
二柱の明王の化身が真っ向から対峙していた。
他の〈八倵衆〉と同じ魔人でありながら、過去の偉大な僧侶の名前を襲名していないということの意味がはっきりとわかった。
正直、孔雀明王にあやかった著名な僧がいないということもあるのだろうが、あいつはその存在だけで次元が違うのだろう。
僕の知る限り、明王とは大日如来の命を受け、仏教に未だ帰依しない民衆を帰依させようとする役割を担った仏尊を指すが、その憤怒に満ちた恐ろしい形相は人々の仏性を開発し悪を討つ力を持った明王ならではのものである。
〈社務所〉が〈
だが、もともと〈大元帥明王法〉は仏法に属するものだ。
〈社務所〉はどんな術式でも貪欲に取り込むポリシーを持つとはいえ、やはり仏教徒が本気にで取り組めば同様の儀式をすることは可能である。
となれば、邪道とはいえ仏法に帰依する仏凶徒であるところの〈八倵衆〉が執らないはずがない。
おそらく、〈五娘明王〉という〈社務所〉の秘儀を知って仏凶徒側でも〈大元帥明王法〉を執り行った結果として産まれたのが、あの孔雀踏海―――孔雀明王の化身なのだろう。
ただ、僕の乏しい知識では、孔雀明王というものがどういう神性をもつ明王なのかがわからない。
感覚的なところでは、レイさんの不動明王の方が強そうだ。
しかし、もうすぐ二年になろうかというこれまで御子内さんたちの戦いを応援してきた経験が否定する。
あれは規格外だ、と。
格好も偏袒右肩という原始仏教の僧侶のものであり、印象だけでいうとインドあたりで修行していた僧のように見えた。
少なくとも、一遍僧人や快川和尚とはまるで違う、修行僧という風情だ。
なのに青春の輝きがそのまま人の顔になったような美貌といい、肌の白さといい、厳格な修行に耐えられそうではない。
いや、耐えられたとしたら、それはどんな過酷な試練とて眉一筋動かさずにクリアすることのできることの証拠かもしれない。
孔雀踏海。
明らかに人とは異質なる俤を抱いた青年。
「おもしれえ、同じ明王同士の鎬の削り合いって訳かよ……」
「同じではありません。真言密教において、孔雀明王を本尊とする孔雀経法による祈願は鎮護国家の大法と位置付けられています。つまりは〈大元帥明王法〉―――密教での大元明王法は実のところ、拙僧の守護神である孔雀明王によるものを基礎としているのです。もともとは孔雀明王の力を借りて鎮護国家をする呪法を、五大明王を統括する大元帥明王を本尊として修めるものに変えたものなのです。そして、それをさらに劣化コピーしたものが〈社務所〉の編み出した〈
虫も殺さないよう顔で孔雀踏海は言う。
「……オレたちをばったもん呼ばわりかよ」
「ええ、そうです。実際……」
孔雀が掌をふわりと広げると、閃光が瞬き、レイさんが辛うじて弾き飛ばせるレベルの速度の光線が飛んだ。
予想していたとはいえ、拳銃弾ほどの速さで到達するものを弾くのは至難の業のはずだ。
「貴女方は、この〈光印〉を出すこともできない」
……普通の人間はビームをだせないよ。
まともな常識の持ち主ならそんなツッコミを入れたくなるところだけど、僕は退魔巫女たちとの付き合いで、この世の中にはどんなに奇天烈なことでも存在することを悟っていた。
ただ、霧隠の話ではそんな人間離れした攻撃をしたということはなかった。
豈馬鉄心さんを力だけで圧倒できたから必要なかったのか、それとも、最初から切り札を見せることで盤面を優位に働かせようというのか。
数年で百何回も妖魅と戦ってきて経験値の塊といっていい、レイさんたちに匹敵するような老獪さを孔雀は感じさせる。
〈五娘明王〉と同じ、明王
深い叡智さえも漂っているのだから。
だからといって……
「オレが付き合う義理はねえな!」
漲っていた全身の力を抜き、しなやかな腰を支点にして、上半身を上下左右に振りこみ、両腕を風車のように振り回す。
劈掛掌の打撃だった。
直線ではなく、円を描きつつ、敵の側面や後ろに回りこみ、反撃の隙を与えぬぐらいに連続して掌を撃つ。
求心力と遠心力の二つの力を用い、鞭の様に鋭く重い掌に〈神腕〉の神通力をこめた、放長撃遠(遠い間合いでの戦闘)得意とする中国拳法だった。
御子内さんのなんちゃって八極拳対策だったというが、レイさんにとっては使いやすい技であっただろう。
普段の彼女はまさに剛のものだが、この劈掛掌によって柔も混ざり合い、まさに変幻自在となる。
さらに〈神腕〉があるのだから無敵のファイターとなるのは当然であった。
しかし、孔雀踏海はその名の通りに美しい羽根を持つ鳥の化身であり、仏の乗り物に選ばれるだけあって神速といっていい動きを持っていた。
消えた、と思ったら、現われる。
レイさんの後ろに。
あまりにも早すぎて眼が追い付かない。
あんな速さに対応できる人なんていないほどだ。
もし、この後の孔雀の鋼の如き抜き手を避けられるとしたら、第七感に等しい動物的な勘しかなかった。
ヒトの眼では決して捉えきれぬ。
「おっと!!」
だが、孔雀の抜き手をレイさんは間一髪でだが躱していた。
まるでレイさんにとっては瞬間移動する敵との戦いが初めてではないかのように。
冷徹な美貌の眉間が少しだけ寄った。
お返しとばかりに〈神腕〉を上から切り下ろす劈掌が、それを避けられたらすぐに下から打ち上げる掛掌を行う。
両方を避けることはできず、孔雀は掛掌を受けることになってしまう。
〈神腕〉の神通力が爆発する。
孔雀は受けた腕ごと上空に吹き飛ばされる。
受けた瞬間に上空に撥ねあがるように舞っていたからかダメージそのものは深くはないようだったが、それでも恐ろしいことに廃棄僧侶はニメートル以上も地面から飛ばされていく。
空中にいる敵は身動きが取れないのは自明の理だ。
レイさんはトドメとばかりにもう一度手を回転させた。
掌打が当たる寸前、なんと孔雀は宙でさらにもう一回空に躍り上がった。
落下を前提にしていたので、レイさんの攻撃は見事にスカッてしまう。
その顔目掛けて蹴ってくる孔雀から辛うじて身をよじって躱すと、レイさんはするりと後退した。
今の孔雀の体技を警戒したのだ。
まさかマリオでもあるまいし、二段ジャンプできる人間がいるとは思わなかった。
あれが神の力というものなのか。
……いや、きっと何か絡繰りがある。
如何に明王の力があるといってもニンゲンには限界というものがある。
それを何よりわかっているはずのレイさんが不敵に笑っているのだから、きっとそうだ。
「いいじゃねえか、クソ坊主。ダルシムかよ、てめえ」
また、古いことをいって。
意外とレイさんゲーマーだよね。
「じゃあ、こっちも面白いもんみせてやるよ」
ここでレイさんの奥の手が出るのか……
「〈
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