第528話「舌戦」



「京一くん、絶対にオレとの対角線上に入るなよ。こいつの飛び道具は厄介だ」


 レイさんが屈伸して腰を落とした劈掛掌の構えのまま、僕に背中で呼び掛ける。

 あんなとんでもないビームを、飛び道具で済ましてしまう彼女はなかなか凄い。

 しかも、それを受けて弾き飛ばすという荒業までみせてしまうのだから。

 純粋な戦闘力を火力だけで数値化するのならば最強の巫女レスラーはこのレイさんであることに疑いの余地はない。

 あの〈神腕〉が秘めた神通力はそこまでのものなのだから。

 だが、その彼女にしてもややたじろいでいることは確かだった。

 人間が手からビームを放つなんて普通ではありえないことである。

 しかし、あの孔雀踏海という僧侶はそんなありえないことをやってのけたのだ。

 今までも妖怪〈オサカベ〉が〈妖気〉を飛ばしたり、水流をレーザーのごとく放ったりする外来種はいたけれど、こういう攻撃は見たことがない。


「〈孔雀明王光印〉とかいったな……てめえ、まさか」

「貴女の推測は当たっていると思いますよ、不動明王」

「ち、反則チートじみたことしやがる」

「それは貴女方とて同じこと。人の身でありながら、まして仏教徒でもないというのに五大明王の力を覚醒させるなど、あってはならないことです。仏法の守護者である明王の力とは我らにこそ相応しいのではないでしょうか」

「吐かせ。仏教が人を殺すかよ」


 レイさんが不思議なことを言った。

 あの孔雀踏海のことをチートと評したのだ。

 チートとはもともと「ズルをする」あるいは「人を騙す」というの英単語だが、最近の日本では主にコンピュータゲームを優位に進めるため、制作者の意図しない不正行為についてだと認識されている。

 まあ、どのみち正道ではない卑怯な行為であることに変わりはない。

 おそらくレイさんが使ったのは後者の意味だろう。

 御子内さんたちはわりと世事に疎いが、ゲームだろうとなんだろうと偏見なく何でも受け入れるのでよくみんなで集まって遊んでいる。

 そのときにでも覚えた単語だと思う。

 ただ、孔雀踏海がチートとはどういう意味なのか。

 あのビームのことか。

 男とは思えぬ美貌のことか。

 それとも、妖魅の血を引いていると指摘されたことについてなのか。

 そのどれであっても納得することができそうな奴であった。


「ですが、貴女の〈神腕〉、そいつにさえ触れなければどうということはなさそうだということがわかりました」

「言ってくれるぜ。言うは易し、行うは難しだ」

「さあ、どうでしょう。身に過ぎた力だけでは拙僧には勝てませんよ。貴女程度の小娘ではとてもとても……」


 孔雀踏海は首を滑らかに振った。

 眼は笑っておらず、口元の笑みも形だけのものだった。

 これ見よがしな挑発だったが、普通はこんなものに煽られるものはいない。

 特にある意味では煽り上手な御子内さんという戦闘センスの塊と競い合ってきた親友たちにとっては。


「そうだな。力だけじゃあ、勝てないよな。若いってことは経験も足りないし、知恵も足りないし、戦術だって幼稚でどうしようもないことばかりだ。背も足りないし、力も足りないし、やたら細っこいし、その癖でかい口ばかり叩く、全能感あふれまくったバカばかりだ」


 レイさんが若さを口汚なく罵った。

 だが、口調はまったく逆だった。

 懐かしさと共感だけに満ちていた。


「ただよお、そんなバカでないとできないことってのがあるんだぜ。悟りきった顔したてめえみたいな奴には一生辿り着けない領域がな」

「ほお、奇異なことをおっしゃりますね。この拙僧では辿り着けない領域ですか」

「ああ。西の果てまでいって自分とはまったく関係のないありがたいお経を取りに行くなんて、てめえにはできねえだろ。しかも、口だけはご立派な人間どもを護りながらよ」

「面白いことを言いますね、貴女は」

「オレは知ってんだぜ、孔雀明王」


 今度はレイさんが挑発する番だった。


「……澄ましちゃいるが、豈馬のゴリ女がてめえになんの傷跡も残していねえはずがないだろ。あいつはてめえの背骨に恐怖の一つぐらいは叩き込んだはずだぜ」

「まったくの見当違いですね。あの巫女は何一つとしてできませんでした。拙僧はそれぐらい強いのです」

「それこそ、どうだか、だ」


 そして、宣言する。


「オレたちはバカに感化されて、。あのしょんべんたれの惨めな骨と皮ばかりのチビ女に負けて、。だから、てめえらの敗因はただ一つだ」


 レイさんは〈神腕〉を高く掲げ、


「豈馬とてんの二人を傷つけた、ということだ。―――あいつがツレの仇というやつを絶対に忘れないのなら、オレたちだって忘れることはないということさ」


 東京を護るという大義よりも、彼女たちは友達の仇討ちという私怨を選ぶ。

 その個人的な想いの先にこそ、何よりも大切なものがあることをわかっているからだ。

 友も守れずして、何が平和だ、何が正義だ、何が善だ。


 やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!!

 我らこそ、人類の刀、最強の矛なり!!

 邪なるものども、民草に害をなさんとするのならば、まずは見事この首とって手柄にせよ!!

 ノウマク サンマンダ バザラダン カン!!


 不動明王の〈神腕〉レイが憤怒の炎を撒き散らす。

 だが、その様子を一切怯えもせず孔雀は見詰めていた。

 いや、あいつは面白そうに観察を続けていたのだ。

 そして、その理由はすぐにわかった。


「オン マユ キラテイ ソワカ」


 静かに唱えた真言によって、奴の後ろには、華やかな孔雀の羽根の上に乗った、一面四臂の明王の姿が浮かび上がる。

 四つの手には、倶縁果、吉祥果、蓮華、孔雀の尾を持った華々しい女性の如き明王像。

 悪魔の象徴である毒蛇を喰らう美しき姿から「人々の災厄や苦痛を取り除く功徳」があるとされた仏法の守護者の一柱。


 ―――孔雀明王。


 名の通り、孔雀踏海はその明王の化身だったのである……




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