第525話「違和感」
「……おい、音子。まだ、生きているかい」
上から
あまり
「シィ. でも、あたしは敗者なので馴れ馴れしくすんな」
自分もそうだが、女子力とか気遣いとかそういうものを求めても無駄っぽい友達しかいない。
まったくもって不徳の致すところである。
「うるさい。負けたんだから勝ったもののいうことを聞け」
「これが最後のあたしだと思わないことだ。あたしは必ずまた、戻ってくる。人の心に闇がある限り、あたしは蘇るのだ」
「沢田研二版の天草四郎か、おのれは」
「ゴジラも足してみた」
差し出された手を不承不承握りしめて立ち上がる。
「屈辱」
「何て顔をしているんだ。さっさと切り替えろ」
「……さらなる屈辱なう」
「ところで音子。気が付いているか」
「シィ. あたしを見張っていた気配が消えた。多分、死霊を操っているみたいな感じ。仏凶徒があんな使い魔モドキを用いるなんて知らなかった」
「そうだ。……それはボクもおかしいと思う」
あまり座学の成績がいい訳でもない或子でさえもわかっていたことだ。
古今東西の魔術師・呪術師、陰陽師の類いならばともかく仏教に頑なにこだわる仏凶徒が何かを術的に使役することなどありうるのか、ということである。
最初はわからなかったが、戦っているうちに、音子が何者かによって見張られていることがわかった。
気当てに反応があったからだ。
かといって、人質を取られている以上、見張り役をどうにかすることもできず、二人は戦いを続行せざるを得なかったのだが。
「京いっちゃんがなんとかしてくれたのかな」
「いや、いくら京一でもちょっと早すぎる気がする。あれからまだ二十分も経っていないぞ」
「……藍ちゃんやミョイちゃんが間に合ったとか」
「その方がまだ確率的に高いかな」
しかし、或子は怪訝な顔をしていった。
「少し疑問だったんだが、キミが追っていて拉致されたのは〈八倵衆〉の天海と一休の二人で間違いないのか」
「シィ. アルラウネの回収をしていたら、あいつらの最初のアジトにぶつかった」
「そうか。でもね、ボクは実のところこの仏凶徒の陰謀についてどこか腑に落ちない部分があるんだよ。あいつらは奥多摩のときみたいに最悪な事件を企んでいる連中ではある。でも、今回の件はいまいち理解できない」
「……どういうこと?」
「普通にしていたら聞き取れない呪詛を都知事選候補者の演説に紛れ込ませて、それを聞いた人間に憎んでいる相手の名前を投票させて呪い殺す、というのが肝の呪法なんだ。キミは知っているかい」
音子は頷いた。
そんなにはっきりとではないが、天海らの会話から想像ができていた。
細かい事情まではわからないとしても、だ。
「……ノ. あたしが聞いたのは、都知事の候補者全てを抹殺して、東京の政治的機能をズタズタにするという内容だった」
「なんだって?」
「アルっちのいうほどおかしな内容じゃない。仏凶徒は都知事選事態を混乱させて、何かを狙っているのは確かだけど無差別呪殺するなんてことはいっていなかった」
とんでもない齟齬があった。
確かに音子のいう説の方が現実味がある。
都知事選にのっかった大規模無差別呪殺よりは、知事候補者すべての抹殺の方が理にかなってもいる。
「―――候補者全部がいなくなったら、どうなる?」
「また選挙じゃね?」
「いや、知事の代わりに誰かが都政を仕切ることになるのか、それとも別の動きがあるのか。そこまでボクはこの政治問題に詳しい訳じゃないからわからない」
前提が崩れると、すべてがおかしくなる。
〈社務所〉の巫女VS関西の〈八倵衆〉というおおよその構図には変わりはない。
ただし、細かい部分が異常に変更される。
「人質の禰宜たちをあいつらが殺さなかったのは……そこまで酷い殺人機械みたいな連中じゃないってことかい?」
「ノ. あたしは〈奇喜木樹〉という植物店の店主が無残に殺された現場を見ている。あれを見る限り、〈八倵衆〉は目的のためならば手段を選ばないよ」
掌を独鈷杵で刺し貫かれた無残な遺体のことを思い出す。
あれは間違いなく〈八倵衆〉の仕業だ。
〈社務所〉のその後の調査でもあの独鈷杵が〈八倵衆〉のものであるということは裏付けされているのだから。
(待って。ちょっと、ちょっと待って。アルラウネを外国から空港に持ち込んだのは誰かまだわからないけれど、流れ着いた〈奇喜木樹〉から奪ったのは〈八倵衆〉であるのは確実だ。あたしの調査の手応えはそう言っている。そして、あの下落合の幽霊屋敷ではアルラウネの死の声を〈大威徳音奏念術〉で打ち消したから、あの場にアルラウネがあったのも間違いない。でも―――あいつらは独鈷杵を使っていない)
植物店の店主殺害の下手人特定のための証拠である独鈷杵を、天海も一休も見せていない。
一休に至っては武具と呼べるものはしゃれこうべのついた錫杖のみだ。
独鈷杵を一つしか携帯していなかったという可能性もあるが、だったらそれを犯行現場に目立つ形で置いていくのは不自然だ。
仏凶徒にとって金剛杵の類いは護身用であり、普通は肌身離さず身に着けているものだからである。
そこから考えられるのは、一本ぐらい捨てても問題ないぐらいに独鈷杵を所持していることしかない。
〈社務所〉の巫女と違って〈
「アルラウネを奪ったのは、天海と一休ではないということ」
「その二人以外にもう一人〈八倵衆〉が上京しているはずだ。そいつが怪しい」
「……なるほど」
では、そいつがあたしを見張っていたさっきの気配を操っていたのか。
使い魔や管狐の類いではなく、霊を
いや、もしかしたらあの幽霊屋敷の母子の悪霊もそいつの仕業か。
「孔雀……といったかな」
「もしかしてアニマルの仇かな」
「そうさ」
「だったら、監視が解かれた今なら逆襲のチャンスじゃない」
「ああ」
それでも御子内或子はやや考え事を止めようとはしなかった。
普段ならば升麻京一に丸投げしているところなのに。
「……あまりにもバタバタしていておかしいことになっていたけれど、今回の事件はやっぱりどこかおかしい」
ただ、隣には神宮女音子がいる。
何より信頼できる親友が。
だから、御子内或子には今は怖いものがない。
「では、いこうか。陽気な明日を迎えにね」
「シィ」
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