第524話「〈八倵衆〉迦楼羅王の孔雀踏海」



〈護摩台〉を使わない戦いにはいつものゴングはならない。

 だから、戦いの開始の合図は対峙する二人の息があった瞬間にお互いの感じのままということになる。

 レイさんはいつもの様に上半身は不動のまま、無形の位といってもいい無造作だが、これこそが彼女の真骨頂というスタイルだ。

 手を組んだ姿勢やポケットに手を突っ込んだ姿勢が居合いの型という武道家もいるらしいので、これがレイさんの基本なのだ。

 たまに空手でいう前羽の構えなどをとることもあるが、それは敵の攻撃を受ける闘いを基調とした場合の選択のときだ。

 彼女は破壊力最高の〈神腕〉を最も効率よく振るうことこそが最良の戦法ということもあり、下手な外連は見せない。

 たまに使うとしたら、なんちゃって劈掛掌を使う場合だが、あれは御子内さん対策のためなので普段からはあまり使わないそうだ。

 正面からゴリゴリと敵を砕くことこそ王者の戦法といって憚らないレイさんであった。


「明王殿の〈神腕〉。天慶3年に戦死した相馬小次郎の首とともに、俵藤太によって朝廷に献上されたが起源だという、〈社務所〉の法具ですか。その破壊力は関西にまで届いていますよ」

「そうかよ。だったら、まともにその綺麗なお顔で受けてみるがいいや」

「拙僧はこの神韻縹渺たる顔を気に入っておりますので、ご遠慮させてもらいます。女性にょしょうに嫌われてしまうので」

「オレはてめえみたいな生っちろいのはゴメンだね。だから、嫌がっても殴るのはやめないぜ」


 互いに軽口をたたき合いながら、二人は接近する。

 共に親しみなどは欠片もない、殺し合い上等の殺気ばかりを放ちながら。

 実は今、かなりとんでもないことを聞いたような気がしたけれど、一々真偽を確かめている暇はない。

 正直、この二人の激突においてはとんでもない情報量がすでに大量にばら撒かれていて、僕程度では把握することもできないレベルであったからだ。

 御子内さんたちのようにコンビネーションではなく、一発一発が必倒・必殺の彼女だからこそだろう。

 初対面の頃にはなかった余裕からくる落ち着きか。

 がつがつしたところがなくなり、周囲に気を配れるようになったところがでかいと思われる。

 あの廃寺での敗戦が憑きものを落とし、最近の彼女は仲間たちのリーダーシップを積極的にとるようになっているのが成長の証しだった。

 というか、他の女の子たちが奔放ででたらめすぎるせいで、どうも生真面目な彼女が割を食っているといってもいいのだけど。

 退魔巫女たちは揃いも揃って全国模試上位の常連ばかりなんだけれど、頭のネジが外れまくっている人たちばかりなので大変なのだ。

 御子内さんはいうまでもなく、音子さん、てんちゃん、皐月さん、比較的マシな藍色さん……酷いメンツである。


「シュウウウウ」


 風切り音が美しい口元から鳴り響く。

 なんとレイさんの〈神腕〉を知っていながら正面からやり合う気なのだ、あの孔雀という美青年は。

〈八倵衆〉の八天竜王がコードネームのように持っている過去の怪僧・奇僧の名を受け継ぐ、仏破襲名という儀式を経ていないらしいことに特殊性が窺えるといっても、無謀ではないだろうか。

 僕はレイさんの破壊力を知っている。

〈五娘明王〉の不動明王の力に覚醒したと聞いているから、おそらく潜在的な力は僕の知っているときなんか比べ物にならないぐらいにアップしているはずだ。

 おそらく他の〈五娘明王〉ですら正面からはやり合わないだろう。

 猛スピードで突っ込んでくるダンプカーの方がまだマシなぐらいの恐ろしい怪力だからだ。 

 じゃあ、孔雀踏海はどうするつもりなのだ。


「ふんが!!」


 フェイントも何もしないただのビンタだった。

 まずは挨拶代わりということだろう。

 それで即死しかねないのが〈神腕〉なのだけれど。

 対する孔雀踏海は、両手で何かを包むような格好をとる。

 手と手の間で煌めくものがあった。

 光?


「オン マユ キラテイ ソワカ」


 僕がそれを認識する前に、その光は一条の虹となってレイさん目掛けて伸びていった。

 もし、俗な表現が許されるのならば、その虹はまさしく……


!?」


 自分の目を疑うとはまさにこのことだ。

 孔雀の両掌から伸びていったのは、まさにビームだったのだ。

 レイさんにとって幸運だったのは、光そのものであるように見えて光速というほど早くはなく、おそらく銃弾程度のだったという点である。

 一発二発程度の拳銃弾を躱すことは彼女たちにとっては不可能ではない。

 そして、〈神腕〉の持つ神通力は孔雀のビームすらかろうじて

 突進の勢いが殺され、ビンタを当てることは叶わなくなっていたが。

 再度のビームを警戒してか、レイさんは非常に珍しいことに劈掛掌の構えをとった。

 ある意味では終生のライバルと見定めた御子内さんと同等の敵だと考えを改めたのかも知れない。

 でも、僕でもそうする。

 あのビームは得体が知れない。

 人間は神ではないからビームなんて出さない。

 ということは何かの術なのだ。

 五メートル以上の距離が射程とすると、かなり危険なものである。


「京一くん、直線状に立つな。あと、できたら身を隠しておいてくれ。おまえを助けている余裕はないみてえだ」


 レイさんの手から白い煙が立ち上っていた。

 あのビームに焼かれたのかもしれない。

 ほとんど傷もつけられないという〈神腕〉に焦げ目をつけたというだけでどれだけ恐ろしい術なのかわかった。


「ほお。驚きました。拙僧の〈孔雀明王光印〉を受けきるとは。さすがは〈五娘明王〉」


 だが、あちらは涼しい顔だ。

 むしろ今の一撃でレイさんを仕留めきれると踏んでいたようでもある。

 舐めすぎだ、とは思わない。

 あのビーム(〈孔雀明王光印〉というらしい)は本来かなりの初見殺しの術だ。

 命中したら、いきなり勝敗は決していたに違いない。

 レイさんの経験値と反射神経、〈神腕〉の力があってこその僥倖であったといえよう。


「仏凶徒はビームをぶっ放すって冗談の類いだとおもっていたぜぇ……」


 まあ、レイさんでなくても普通はそうだろうね。

〈気〉を武具に乗せて攻撃するというのは〈社務所〉の巫女でなくてもできる、裏の世界では比較的ポピュラーな技術みたいだけれど、〈気〉そのものを撃つというのは妖魅の秘儀ぐらいしかない。

 まして、特撮ヒーローでもないのにビームやレーザーなんて……人の領域のものではないだろう。

 呪力とか神通力によるものではもなさそうだし。

 本当にこの孔雀と言う廃棄僧侶は何者なのだろうか。

 ただ、僕にもレイさんに向けてのアドバイスがある。

 あいつにやられた豈馬鉄心さんの戦いを目撃した霧隠に散々教えて貰っていたものがある。


「レイさん、そいつ、素手でも強い!! あと独鈷杵どっこしょに仕込みナイフがついているから気をつけて!!」

「―――ふん、そういう手合いかよ」


 得体の知れない奴ばらではあるが、孔雀踏海は決して人を越えた相手ではない。

 いつか宇宙を跋扈する悪しき神々と戦うというのがレイさんたちの本分だというのならば、そいつは超えねばならない障害の一つでしかないのだ。


 ……ただし、孔雀の菩薩の様な笑みに秘められた恐怖について、この時の僕はまったくきがついていなかったのである。


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