第518話「神の剣の刺さる城」



 少しだけじっくりと思い返してみた。

 まず、例の“深き森に囲まれた神の剣の刺さる城”という邪神の預言は正確だと仮定する。

 でないと話は始まらない。

 あと、快川和尚たちのいうことも真実であるという条件も付ける。

 そして、僕と御子内さんは甲州街道を上っていったら、途中の新宿御苑で音子さんによる妨害を受けた。

〈護摩台〉の設置もこみだとすると、確実に御苑で僕らを引き留める算段だったのだろう。

 これで最強のカードである御子内或子を切らざるを得なくなる。

 あちらとしてはそれでもいいという判断なのだろう。

 手ゴマとした〈五娘明王〉の一人と御子内さんをぶつけ合わせれば、たいした労もなく〈社務所〉の戦力を削れるからだ。

 逆に考えると、僕たちの辿ったルートは正しかったともいえる。

 でないとああまでピンポイントで撃退インターセプトする準備はできない。

〈八倵衆〉の強さを考えると、確かにあいつらに直接対峙できるのは〈五娘明王〉か御子内さんしかいない。

 ただの人間や半端な妖魅では、どれほど数を揃えても及ばないだろう。

 てんちゃんはおらず、音子さんは敵に回り、皐月さんは動けない。

 完璧を期すとまではいかなくても、こちらの手の内のカードは少なくなる一方だ。

 

 僕はことのあらましをメールで伝えると御苑から出た。

 この新宿御苑に敵はいない。

 ざっとみたがから。

 となると、この近くに城を意味する何かがあるはずだ。 

 また、スマホが鳴った。


「どうしました?」

〔升麻くんか? 君に伝えることができた〕

「ヒントになりそうなものならなんでもかまいません! 僕はさっき伝えたように〈八倵衆〉のアジトを探し出して、音子さんの人質を助け出したいんです」

〔そのヒントになるわけではないが、重要な情報だぞ。〕


 なんでもいいから教えてほしい。


〔猫耳さまが〈八倵衆〉と戦闘に入った。そこから東に行った上智大学の傍だ〕

「藍色さんが?」


 彼女の実家は中野にある。

 新宿だってほとんど庭のはずだ。

 だったら、僕たちの手助けに来てくれていてもわからなくはない。

 その途中で、〈八倵衆〉と接敵したということか。


(ん?)


 僕は新宿の地図を出した。

 御苑と上智大学の位置をそれぞれ確認する。

 本当にすぐ傍だ。

 もし、僕らが何事もなく探索を続けていればきっと辿り着いただろう場所で藍色さんは戦っている。

 僕の知識が正しければ藍色さんは〈五娘明王〉の一柱だから、〈八倵衆〉が迎撃に出るのが当然だ。

 万が一にでもアジトに乗りこまれるのは避けたいはずだから。

 でもこちらは敵の居場所なんかまだわかっていない。

 となると、その〈八倵衆〉はまんまと誘き出されてしまったことになる。

 

(……やっぱりこっちのアプローチは正しかったわけだ)


 御子内さんが邪神と取引をしてまで得た情報だ。

 真実でないと困るけれど。

 ただ、読み解くことができなかっただけだ。

 しかし、それもここまでヒントが出そろえばわからないはずがない。


“―――神の剣の刺さる城”


 何度か乗ったことのある新宿駅発のバスのことを思い出した。

 ここは新宿で、バスは当然左を走る。

 左を走り続けていけば見えてくるものがあるのだ。

 降魔の利剣として使うのに相応しいものが。

 そして、それは神の城と形容することのできる建物の脇に神々しく突き刺さっている。


 四ツ谷駅を越えた先にあるカトリック麹町教会ことであった。


 あれならば“深き森に囲まれた神の剣の刺さる城”という文言にも合致する。

 さらにいえば藍色さんが迎撃されている場所のすぐ隣だ。

 キリスト教関連施設にまさか仏法第一の仏凶徒が隠れているとは〈社務所〉も思わなかっただろう。

 そこをつかれたんだろうね。

 前に聞いた話では、どういう訳か〈社務所〉はこの国のキリスト教とは協力関係に無いらしい。

 西洋魔術もとりいれたりするが、どちらかというとそれは魔女術ウィッチクラフトの類いらしく、カバラなどの教義は遠ざける方向だということだ。

 だからこそ、上智大学内の聖イグナチオ教会に隠れた〈八倵衆〉を見つけ出せなかったのかもしれない。

 またも鳴りだしたスマホに対して僕はわかったことを怒鳴るように叫んだ。


「僕です、升麻です!! 〈八倵衆〉は聖イグナチオ教会かその周囲に隠れています!!」

「……なるほど、さすがは京一くんだぜ」


 すぐ後ろで誰かが僕の名前を口にした。

 凛とした声はよく知る女の子のものだった。


「レイさん!!」


 愛用のKAWASAKIにまたがった改造巫女装束が右手でスマホを耳に当てて、反対側の親指をたてて、そこにいた。

 僕に頭だけのヘルメットを放る。

 喧嘩ジョートーって意味合いがなかったっけ、これ。


「予備のヘルメットはそれしかないからな」

「じゃあ、乗るよ」

「京一くんの察しがいいとこ、好きだぜ」

「僕もだよ!!」


 何故か頬を赤らめるレイさんの後部座席に乗り込む。

 四谷まではすぐ傍だけど、少しでも時間が欲しい。

 レイさんの細くてちょっと筋肉質の腰を抱く。

 びくんと震えたのは、年頃の女の子だからしょうがない。

 男なんか乗せたらさすがに緊張するのだろう。

 レイさんも可愛い女の子だからね。


「行って」

「ラジャーさ」


 僕とレイさんを乗せたKAWASAKIが爆音を奏でて走り出す。

 風を感じた途端、少しだけ安堵した。

 この新宿にはもう四人の最強の女の子たちがいる。


 彼女たちが揃っていて打ち砕けない陰謀なんてあるはずがないのだから。

 







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