第513話「飛ばない猛獣も猛獣には変わりない」
「
「何が?」
「ボクらは妖怪・妖魅を斃すための巫女で、あいつらは討ち滅ぼさなければならない敵だけれど、それだけじゃあただの戦闘マシーンだ。でも、ボクらは花も実もある乙女だからね。それ以外にも戦うべき強敵がいて、ようやく人間になれる。つまりは、
うん、戦闘マシーンではないけれど充分にバトルクレイジーではあると思うよ。
あと、乙女はそんなに好戦的ではないのが普通だからね。
「シィ. 結局は血塗られた定め」
音子さんまでその気になっちゃっている。
やはり親友で似たもの同士ということか。
というか、僕の友達ってこんな人ばっかりだ。
「ちぃ!!」
次に動いたのは御子内さんだった。
覆いかぶさるように音子さんの肩を掴みに行き、がっぷり四つに組みあった。
基本的に小柄な御子内さんは敵と正面から組み合うということはあまりしない。
ほとんどの場合、圧倒的に体格のいい敵との戦いが基本だからだ。
力負けすることはあまりないとしても、やはり体格の差は顕著に現れるといってもいい。
音子さんはすらりとしていて手足が長いが、体格的にはほぼ同等。
むしろ火事場のクソ力という意味では勝っている(普通こういうことをいうと怒られるのだが、力関係に対してはわりと喜ぶのが僕の相棒である。匙加減を間違えるとやかましいので気をつけなければならないが)。
腕を掴んでアームホイップで投げ捨てる。
大きく弧を描いて投げられたのはおそらくわざとだ。
その証拠に音子さんは膝から上手に着地した。
同時に投げ技の直後でバランスを逸している御子内さんをタックルで捉える。
あまりに低く、そして無拍子のように一瞬のタックル技術はオリンピック金メダリスト吉田沙保里を彷彿とさせる。
這うように迫る疾風に腰を抱え込まれ、タックルを切ることもできずに倒れこむ。
そのまま寝技に持ち込まれた。
妖怪や妖魅相手だとあまり意味がないが、タイマンでの人間相手ならば寝技というのは効果的だ。
経験者によるグラウンドの技術は、手をばたつかせれば回避できるというレベルの生易しい物ではない。
そもそも寝ころんだままでの攻撃などほとんど力をこめられないのだから、刃物でも手にしていない限り攻撃者にダメージを与えられない。
なにより、寝ころんだ相手を詰め将棋のごとくがちがちにはめ込んでいく手順はまさに寝技師というに相応しい戦闘法なのである。
的確な訓練を受けていない者では決して逃げられない。
もっとも御子内さんも只人ではなかった
寝技での攻防ならば決して引けは取らなかった。
音子さんの狙いが右足だと見当をつけると、足を抜いて、手を差し込んで自由にはさせない。
アマレスの試合とは違って、ストップしてくれるレフェリーはいないのだから、完全に捕まったら終わりなので必死さは比べ物にならないのだ。
手を身体と身体の隙間に差し込んだ音子さんの肩を足で押し込むと、そのまま十字に手を広げて反動でひっくり返る。
アマレスのものではなく柔道の回避のようだ。
そういえば、御子内さんはプロレス技となんちゃって八極拳、人の限界を超えた超秘技の数々以外にも、柔道に関してやたらと詳しいところがある。
今にして思えば、独特の捌き技、手解きの仕方、そこには柔道における組み手争いの空気が流れているようにも思えた。
きっと彼女のルーツの一つには間違いなく柔道があるのだろう。
しかも、彼女に柔道を教えた人物は……きっと達人だ。
宙を舞うことをレゾンデートルとしているルチャ・リブレの音子さんがあえてマットに横たわって仕掛けてくる寝技からの関節技をなんとか凌ぎ続けているのだ。
待てがある柔道の試合と違って気の休まる一瞬とてないはずなのに、御子内さんはぎりぎりの防戦を行っていた。
僕に知識があれば指示ぐらいは出せるかもしれないが、自分の判断と経験だけで彼女は一方的に攻められても防ぎ続ける。
間違いなく指導した人物がいて、その人物はとてつもない達人だと思う。
無知な僕にすら御子内さんの読みが手にとるようにわかるのだから。
くんずほぐれつの二人の巫女は、白衣が道着のようになって掴みやすいのだが、それもよく理解しているようだ。
どこで握力をこめるかも十分に把握している。
まさに息を呑むような静かな寝技の戦い。
華麗なイメージが強い音子さんと一撃必殺の派手な印象の御子内さん。
この二人がこんなにも地味だけど真剣で下手をしたらすぐにでも終わってしまうようなすり減るような神経戦を繰り広げるなんて想像もできなかった。
ただ、僕はこの戦いの後ろに小さな猛獣の子供たちがじゃれあうような風景が見えた。
猛獣たちはすぐに、まだ幼いランドセルを背負っていたばかりの女の子たちに替わり、小さな御子内さんたちが訓練をする光景になった。
五年前、こういう風に二人は育ったんだ。
どこにあるともしれない、〈社務所〉の道場という訓練施設で。
まだ今のような覆面を被った奇抜なスタイルではない音子さんが、あとから少し遅れて入門してきた御子内さんと出会った頃のままに。
一瞬、僕の視界が揺れたと思ったとき、そのまま僕は別の景色を見ることになった。
それは御子内或子と神宮女音子の出会いのシーンだった……
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