第512話「炸裂、或子VS音子!!」
カアアアアアン
経緯に不明瞭な点があるとしても、この〈護摩台〉が本物であることに疑いの余地はないようだ。
いつものように両者に戦闘の意図が生まれたときに、いつもの
この普通に考えてみればバカみたいな仕掛けの異質すぎる正体がわかってしまうと、これまでのように生温かい目で見ることはできない。
だが、この〈護摩台〉の上で命どころか魂まで賭けて戦っていた女の子たちのことを思うと、僕は複雑な気持ちになる。
四本のコーナーポストとそれぞれを四方で繋ぐロープ、板の上に白いマットが敷かれたジャングルの正体が実はこの世ならざる神々の力を盗み取って作られた結界だというのだ。
もしかしたら、この奇妙なスタイルは邪神たちの目を盗むためのカモフラージュだったのかもしれない。
しかし、この邪神の力を借りた結界の中で、鍛え上げた巫女たちを妖怪妖魅と素手で戦わせて磨き上げる、ある意味では非道な呪法の結果として、御子内さんたちは史上でも稀に見る
僕の推測ではおよそ十数年前、この一見バカなシステムが考案され、不知火こぶしさんたとの世代がこれで闘い始めた。
当然、人と妖魅が素手で戦えるはずはないのだから、〈護摩台〉の力があっても当時の媛巫女たちは負けて傷ついて最悪は亡くなった。
ただ、御所守たゆうさんはこの呪法に希望を見出していた。
だから、十数年も続け、ついに御子内さんたちの世代が―――黄金時代がやってきたのだという。
ただし、それには無残なまでの後継者不足という状態があったことも理由になるらしい。
なぜなら、御子内さんたちの少し上の先輩達はもうほとんど現役ではなく、彼女たちがハードワークをこなすことが求められていたからだ。
僕の知る限りでも、御子内さん、レイさん、音子さんあたりはもう百戦以上はやっているはずだ。
関東の他の地方の巫女たちでも、数年で軽く三十から四十は戦っているらしい。
ある意味でとてつもなく酷使されているのには理由があった。
それは2011年に起きた東日本大震災のせいであったという。
今から五年前の日本にとって未曽有の大災害であった地震は、死者・行方不明者が18,449人、建築物の全壊・半壊は合わせて400,827戸と公式に確認されている。
震災発生直後のピーク時において、避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上だった。
その影響は関東にも達していたが、実際のところ、そういった表の被害だけでなく裏の世界―――アンダーグラウンドを通り越した闇の世界―――妖魅・魑魅魍魎の跋扈する世界でのものはさらに酷かったという。
当時の政権が政治能力において経験値が足りず混乱していたのもそれに拍車をかけた。
震災によって起きた負の想念が妖魅たちを活性化させ、本来は害もない死霊や小妖怪等が暴れはじめたのだ。
中には津波によって亡くなった遺体を餌にして人間の味を覚えた魔物たちによる襲撃事件、ここぞとばかりに人の拉致を始める〈天狗〉や〈山彦〉、火事場泥棒をしていた人間が憑りつかれた怪異、ありとあらゆる霊的被害が広がった。
これらは〈霊害〉と呼ばれた。
それに対応できたのは〈社務所〉だけという状況だったのである。
西の一大退魔勢力である仏凶徒が介入を避けたからだ。
逆の立場となる関西大震災のときに、〈社務所〉が西を覆い尽くした〈霊害〉には協定を重んじて手を出さなかった。
長らく対立関係にあった二つの組織が激突して無駄な血が流れることを、お上が懸念したからだという。
仏凶徒抜きで、〈社務所〉が東日本大震災の〈霊害〉に当たった結果、ほとんどの現役の媛巫女、引退して予備役的な立場にいたものたちまでが重傷を負い、霊的能力を喪い、死んでいった。
壊滅的ともいえるダメージを受けたのである。
以前、出会った
彼女の同期でまだ現場にいるのは、もうこぶしさんだけなのだそうだから、どれほどの激戦だったかは想像もできない。
その時期、修行場に入門した女の子たち以外は―――ほとんど再起不能といってもいいそうだ。
だから、三年後にその子たちが見習いから昇格した時期は、ほとんど先輩のいない状況で大車輪のように働かされたらしい。
その世代が―――ちょうど御子内さんたちなのである。
あの運命ともいえる2011年にちょうど13歳、中学生になった少女たちが、それからは本当の意味で関東一帯を護っていたのだ。
才能の塊のようなてんちゃんを飛び級させたのも、僕みたいなのをバイトとして雇っていたのも、忍びとはいえまだ同い年の霧隠が禰宜として採用されていたのもわかるような気がする。
どれだけの人手不足だったのか、と。
(専属の設営アシスタントが欲しかったんだよ。ああ、助かったあ。京一なら、手際もいいし、働き者だし、きっといい設営アシスタントになってくれるね)
あの時の御子内さんの気持ちが痛いほど突き刺さるようになってきた。
僕なんかでも彼女の助けになれたのだ。
だから、これからだって僕は御子内或子を助ける。
「頑張れ、御子内さん!!」
思わず声を出したら、何だか知らないけれど音子さんの気迫が上がった。
やばい、音子さんだって友達なのに応援しないというのはきっと怒られる。
でも、「操られているのか」「うん」とか言っている以上、今の音子さんは〈八倵衆〉の手先か傀儡になっているのだからしょうがないところなんだけど、やっぱり彼女的には腹も立つだろうな。
全部が丸く収まったあとで随分と絞られることだろう。
「……アルっちはずるい。あたしだって京いっちゃんの応援が欲しい」
「まて、京一はボクの相棒だ。音子になんかくれてやらん。どうしても欲しいというのならば、ボクに勝ってから言うんだな」
「じゃあ勝つ」
そういうと、音子さんはいきなり後ろに飛び退るとロープの反動を利用して宙に舞った。
なんの変哲もないフライングクロスチョップも音子さんの身軽さとバネでなされると、恐るべき飛び道具になる。
しかも、飛んだ瞬間に、キュッと方向転換が入った。
どうやったのかのはわからない。
だが、彼女はわずかにまっすぐから外れて衝突のタイミングをずらしたのである。
サッカーのゴールキーパーは遠くから打たれたシュートに挑む際、弾道を予測してキャッチングかパンチングを選択する。
そこを判断というのだが、サッカーにはブレ球というボールが無回転になって揺れる、野球でいうナックルのようなシュートがある。
これは文字通りブレているせいで弾道予測を完全に狂わせるのだ。
ゆえに判断の高いキーパーほどブレているとわかったら、体全体で防ぐことで衝突する位置をカバーする。
そうしないとすり抜けられるおそれがでてしまうのだ。
音子さんのフライングクロスチョップもそうだった。
御子内さんは正面から受けるつもりだったのに、衝突ポイントががれたせいでガードを抜かれてしまう。
「ちぃっ!?」
チョップを見事に受けて怯んだところを、縦回転からの踵落とし。
一時期流行ったテコンドーでいうところのネリチャギよりも、フライングニールキックの縦回転版という蹴りだった。
音子さんの戦いは久しぶりに見るけれど、キレの鋭さと流水のような素早さは比較にならないほど上がっている。
今度は両手をクロスして脳天を守った御子内さんの足を、なんと手で払った。
回転している身体を左手一本で支えるというリスクを冒しての足払いだ。
予測していなかった御子内さんは後方に倒れる。
それに躰をぴったりとつけたまま、膝を腹に添える音子さん。
嫌な予感がした。
あれは偶然のものではない。
きっと音子さんの技だ。
しかも、コンボで用意している以上、下手をしたら致死性の。
だが、御子内或子とて最強の一角。
勘が働いたのか、自分の腹に添えられた膝に抱え上げた膝をぶつけた。
そのため、二人は絡まったまま普通にマットに倒れこんだ。
「―――しくじった」
「やっぱり音子は油断ならない。ボクが道場に入門したときからそうだった」
「あれは時効。水に流そう」
「やかましいわ、この猫かぶり!!」
やっぱりというべきか、この二人には強い昔からの因縁があるんだろうなと思う、戦いの開幕であった。
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