第511話「親友二人」
新宿門から入り、中の池に向かう途中のイギリス式庭園のあたりに異常なまでに灯りが爛々と輝いている場所があった。
他はもう閉館時刻を過ぎているため、最小限度の灯りしか照っていないのに、そこだけは全開だった。
何も知らなかったとしても、少し様子を見に行きたくなるほどだ。
もっとも、僕たちはそれが誘いであり、罠であるともわかっていた。
ただし、ここは御子内さんの言うとおりに罠だと承知で行かなければならないところであった。
なんといっても友達が囚われているのだから。
僕にとっても大切な友達が。
「行こうか」
「うん」
わざわざ音子さんの名前で〈護摩台〉を用意した意味はわからないが、明らかに誘いなのは誰でも解る。
〈八碔衆〉の隠れ家から目を逸らすための策略だろうということも。
ただ、音子さんを救うことは敵の企てを潰すことにも直結する。
だから僕らは迷わず謎の〈護摩台〉へと向かった。
途中、御子内さんが身震いする。
敵が待っているということを感じとったのだ。
百戦錬磨、常在戦場の退魔巫女の勘は、すでに予知の域に達しているかのようだ。
「誰かいるよ」
「……」
御子内さんは無言。
ああ、彼女はわかっているのだ。
待ち構える敵の名を。
〈護摩台〉のマットではなく、コーナーポストに揺らぎもなくバランスも崩さず立ち尽くす、美影身を。
新宿の夜のネオンには月さえも掻き消されるというのに、その影は刃のような劔そのものだった。
冴え冴えとした月光が人の姿を選んだのならばきっとああいうものになるだろう。
時間と場所さえ構わなければずっと見とれていたい美しさがあった。
それだけでもう覚悟が決まる。
月が敵に廻ったのだと。
しかも、いつもと違うのは、トレードマークといっていい覆面を外しているのだ。
僕の知る少女の中でも最上級の美貌を誇る彼女が最初から素顔を晒すことなんてなかった。
プライベートならばともかく、〈護摩台〉の上での音子さんは覆面を外すことはない。
その彼女の眼光が……僕らを鋭く射ぬいてくる。
「操られたか、親友?」
「シィ. 状況は最悪だから把握して。でも、手加減はしてあげない」
「吼えるね、音子。でも、ボクだってそうさ。キミ相手に
「さすがアルっち。悪いけどあたしも本気でいく。……大威徳明王の力を使う。いいね?」
「ふん、ようやく使えるようになったのかい。随分と出し惜しみが長かったじゃないか」
そう嘯くと、御子内さんは親友を見据え、ゆっくりと〈護摩台〉にあがる。
本気でやるつもりなのがわかった。
口元に浮かぶ笑みはかつて〈うわん〉のでる廃屋や地下のボクシング場で何度も見たものだった。
単なる敵や味方ではなく、支え合いつつ競い合い、強さを実感させてくれる好敵手を迎え入れるときの笑いだ。
多くの人は不謹慎と罵るかもしれないが、間違えなく御子内さんは喜んでいるのである。
ある意味では最強の敵である友達と戦う舞台が整えられたことを何よりも僥倖と考えてるのかもしれない。
いや、僕だってもしかしたら神宮女音子と御子内或子の正面からの激突を望んでいたのかもしれない。
妹の魂を救うために初めて退魔巫女に出会ってから一年と半年。
僕にとって一番と二番に親しいといえる二人。
そして潜在的な力ではどちらも未知の領域に踏み込んでいる二人が闘おうというのだ。
この戦いをプロレスで例えるのならば、燃える闘魂と東洋の巨人の試合かもしれない。
それだけのビッグマッチなのだから。
カアアアアアアン!
音子さんもコーナーポストから飛び降りる。
敵を倒すために。
親友でもある御子内さんと雌雄を決するために。
それがどのような意味があろうとも、挑まれた勝負には勝たねばならない。
御子内或子と神宮女音子は真っ正面から向かい合った……
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