第510話「〈社務所〉総出の大人狩り」
とはいえ、退魔巫女である彼女はだいたいのことはすでに呑み込んでいるので、僕は補足をするだけという立場ではあったが。
「……選挙にかぶせた呪殺なんてそんなに効果があるのかい?」
「わからない。けれど、快川和尚さんの言葉を信じれば、〈八倵衆〉の〈亦説法〉によって呪詛を植え付けられたものが投票用紙に憎い対象の名前を書いて投票すれば、潜在的な霊力によって相手を呪い殺せるらしいよ。実際に、彼が仏凶徒を裏切って、なおかつさっきのバーのママみたいな関係者まで影ながら協力をするんだからまず間違いないと思う」
「でも、ボクの経験では人を呪い殺すなんて並大抵の呪詛じゃないよ。〈八倵衆〉がなにをしたって、そこまで大々的な結果は生じないんじゃないかな」
「そこがこの呪法の特殊なところらしいよ。なんでも、もともと選挙っていうのは、良い施政者を選ぶものではなくて権力を濫用するものを追放するための制度だったそうだ。今でも、有効投票数という仕組みには名残りがあるらしい。で、今回のものは日本国民がやたらと過熱している都知事選という局所的だけど動員も凄い選挙に呪詛を相乗りする形で行うんだそうだ」
「……確かにテレビの報道とかは過熱気味だね。これだけ熱くなっていると、呪詛のための同調圧力も高くなりそうだ」
呪いに同調圧力なんてものが関係あるのだろうか。
「あるさ。幕末にええじゃないかという踊りが熱狂的に流行ったのもある意味では民衆の集合的無意識の結果なんだ。あれが、倒幕の時流というものを作り上げた。例え、特定の呪法儀式によるものでなくても、民衆が一つの方向に考え方を同調させれば結果として呪力の流れの様なものが生じる。大地の生命ともいえる龍脈と似ているけれど、そういう民の間の意識の流れが力を増幅するというのはよくあることさ。フランス革命でも東西ドイツの統一でも結局はそれが強い力を示したといえるからね」
なるほど、奥多摩の龍脈を利用しようとした〈八倵衆〉だ。
今回も根っこのところでは似たような作戦ということか。
大きなエネルギーの流れを使って、本来は不可能なレベルの工作に勤しむということである。
「でも、本当に快川和尚の言ったようになるの? 呪詛が発動するのはわかるけれど、そこまで酷い阿鼻叫喚の騒ぎになるとはも思えないんだけど」
「普通ならね。……でも、京一も聞いただろ。ここ数日音子が追っていたというアルラウネのことがあるのさ」
「アルラウネ―――引き抜いたら周囲の生物を全滅させる叫びを発する妖植物だね」
「空港の検疫所から行方不明になったそれを仏凶徒が持っていて、現場を押さえた音子が攫われたというだけで、もともとアルラウネを日本に持ち込もうとしたのは奴らだと推測できる。しかも、それをわざわざ今の時期に東京まで運んできたんだから、つまりはアルラウネが要だったんだろうさ」
「……使用方法はわからないけれどね。ただ、快川僧人のいうことが確かなら、明日は正式な投票に入り混じって憎い相手の名前を書く都民が出まくって、その相手がばたばたと死んでいくという地獄絵図が広がるかもしれないということか」
「―――まったくどうなるかわからないよ」
ただ、それで〈八倵衆〉が何をしたがっているのかという最大の謎がある。
単なる大量殺戮が望みというわけではないはずだ。
今の安定している政権の転覆でもないだろうし、都知事候補を全員抹殺するということでもない。
そのあたりは五里霧中といってもいい。
もっとも考えることは大量にあるが、とにかくわずかな手掛かりをもとに僕らは敵を―――〈八倵衆〉を見つけ出さなければならない。
それで天海僧人とかいう呪詛の元締めを斃して、術を止めなければ。
「で、京一。ボクら以外の連中は?」
僕は覚えている限りの情報を告げた。
御子内さんが来るまでの短い時間にたゆうさんたちが教えてくれたものばかりだ。
本来ならば僕のようなバイトには伝えてくれないはずだが、多分、御子内さんが困らないようにあえて流してくれたものだろう。
「現在、退魔巫女としては藍色さんが杉並から中野を潰している。レイさんが港区から千代田に行っている。皐月さんは別件で動けない。霧隠たち、忍びと禰宜さんたちは自分の担当を虱潰しに動いているみたいだね。現役から退いた君たちの先輩なんかもわりと動員されているらしい」
「柳生に連絡はとったのかい?」
「……〈八倵衆〉は西日本の忍び衆と関係が深いらしくて表立った介入はできないって。ただし、多摩近辺については協力してくれるらしい。武蔵野柳生だしね」
「あとは〈社務所・外宮〉か。そっちは聞いているかい?」
「ララさんたちはまったく音信不通。事情は伝わっているはずだけど、外来種絡みじゃないからどうでるのか読めないね」
これは嘘だった。
僕のところにはララさんから連絡が来ていた。
ただ一言、「構うな」とだけ添えられて。
つまり〈社務所・外宮〉は独自に何かしら動くが連携はとらないということだろう。
きっとたゆうさんあたりには伝わっているだろうが、あそこの独断専行はもういつものことだと諦めるほかない。
「了解。他の県を守る連中は動かせないから、実質的な戦力はだいぶ少ないな。かといって、〈八倵衆〉に一般人が相手になる訳ないし、ボクらしか討ち手はいないというわけか。ホントに厄介だよ」
「たゆうさんやこぶしさんを働かせる訳にはいかないしね」
あの二人は扇の要だ。
少なくとも、僕が知る限り〈社務所〉を指揮しているのは彼女たちだからである。
その双方の闘う姿を一度でも見たことがあるというだけで僕はかなり運がいい。
「そういうこと。だから、ボクのサポートはいつもの通りにキミだけだよ」
「任せておいて」
でなければ僕の存在価値はない。
現在、〈社務所〉は完全に三人の仏凶徒にひっかきまわされている段階だから、余剰な人員は使えないのだ。
僕がこの強くて優しい女の子を支えないと。
新宿五丁目東を右折し、二丁目に入る。
かつて〈砂男〉と戦った公園が近くにある。
バルト9を尻目に御苑入口へと向かった。
預言からして新宿御苑に敵がいるとは思えないけれど、そこにいけばヒントがありそうな気がすると御子内さんが言うのだ。
野生の生物よりも鼻が利く彼女の意見を無視するわけにはいかない。
走って入り口に辿り着いた。
コンピューター制御の入口は開いていた。
おそらく〈社務所〉で操作したのだろう、都の管理している施設がこんな不用心なはずはない。
やはり新宿区内の監視カメラを完全に把握して、仏凶徒探しが行われているようだ。
そのあたり抜け目のない組織である。
ルルルル
僕のスマホが鳴った。
発信者は禰宜の中でもシステム管理などを中心にやっている人だった。
これまでも何度となく会話して知り合いになっている。
「どうしました?」
〔升麻くん。君らの位置はこっちで把握している。それを承知しておいてくれ〕
「わかってます。GPSですか」
〔加えてカメラでも、だ。ところで、君に連絡したのは理由がある〕
わざわざ直接通話してくるって何かあったのかな。
〔この監視は30分前から御所守様の指示で始めたものだが、実はおれたちではどうにもならないものを発見してしまった。それを君と御子内さまに伝えるぞ〕
「どうにもならないもの?」
〈八倵衆〉を見つけたという報告にしては迂遠な言い回しだな。
それにわざわざ僕に連絡するというのも。
〔御苑のもう少し先に、君らの専門があるぞ〕
「僕らの専門?」
〔ああ、〈護摩台〉だ。さっきまでは灯りもついていなかったのに、いきなり明るくなって姿を現した感じだ〕
「なんで……。〈護摩台〉って媛巫女の要請がなければ設置されないものですよね」
〔気になって調べていたので報告が少し遅れた。……時間指定で、〈護摩台〉設置の要請がきていたみたいだ。だが、おかしいぞ〕
「どこがですか」
〔要請したのは神宮女音子様だ。……しかも、要請のあった時間は彼女が行方不明になったあと、今日の夕方のことなんだ〕
音子さんが〈護摩台〉を作るように要請していた。
しかも、新宿御苑に、拉致されたあとで。
僕にはすぐその意味がわかった。
「御子内さん、罠がある!!」
彼女は僕にぴったりと寄り添って会話を立ち聞きしていたので、内容は把握していたようだった。
だから、僕の考えもお見通しだろう。
だけど、御子内或子は親指をたてて言い放った。
「罠があったら噛み破ればいい。それだけのことだよ」
いつものことだが、この見事な女の子の言い分は僕の胸をすっとさせてくれるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます