第504話「二つの大呪法」
つまり―――御子内さんたち〈社務所〉は、もしかしたら自分たちの敵となるものたちの呪法を利用しているということなのだろうか。
少なくともママの言い分に従えばそういうことになる。
〈社務所〉が〈護摩台〉に使用している力の源は〈螺湮城本伝〉という魔導書のような経典にあり、この本はとある神のために書かれたものだというのだから。
螺湮城―――またの名を〈ルルイエ〉。
それは、フングルイ ムグルウナフ クトゥルフ ルルイエ ウガ=ナグル フタグン―――ルルイエの館にて死せるクトゥルー夢を見るまま待ちいたり―――かつて地上を席巻した神のための滅びた都のことである。
御子内さんたちがずっと首級をあげようと狙っている、この日本を襲うという邪神たちの一柱と関係があるということなのだ。
「……〈社務所〉というのはね。明治の大帝の命に従って、星辰の揃うとき、この島国に顕現するという旧き神々を落とすために幕府の星見寮を接収して、さらに廃仏毀釈を用いて仏法の神髄を狩り集め、禁裏のもつ道教の呪法を寄せ集めた連中なのさ。正直、西洋の黒魔術、朝鮮半島の呪詛術なども使えるとみたら吸収し、最後は今のような組織になったのね」
「―――薄々と勘付いてましたけど、それはすべて……」
「神物帰遷の時代に人間が抗うためさ。やり方に納得できない部分は多々あるけれど、〈社務所〉の連中の主義・思想についてはあたしは特に文句はない。仏凶徒としては、真逆の意見になるけれどね」
「……西に残った連中にとってはそうもいかんのだがな。明治の大帝は仏敵以外のなにものでもなく、〈社務所〉はその手下だ。討ち滅ぼすべきというのが主流派だ」
ママも快川和尚もいうことは変わらない。
この人たちもなんだかんだ言って、邪悪な妖魅から人々を守ってきたのだろう。
一遍僧人から感じた狂気の様なものがまり感じられなかった。
「だったら、別に二つの勢力が争う必要はないんじゃあ……」
「もともと、我ら〈八倵衆〉は後水尾上皇さまが徳川とは別の退魔組織として立ち上げたものであり、坂東のものとは相いれん敵同士よ。他にも因縁は山のようにあるしのお。水と油みたいなものじゃ。加えて、戦時にわしらが軍部と執り行った〈
「和尚、それ以上は……」
「黙れ。この小僧には〈社務所〉と繋いでもらわねばならぬ。出し惜しみはなしじゃ。……いいか小僧、わしら〈八倵衆〉が今回絶対に止めねばならぬ暴挙に出た訳は単純だ。うぬら〈社務所〉が現在執り行っている二つの儀式―――〈螺湮城本伝〉を元にした〈護摩台〉によるものと、「太平清領書」の記述で〈
どちらも初耳だった。
末端である僕が知る由もない、〈社務所〉の秘中の秘なのだろう。
それを聞いていいものかと一瞬だけ躊躇ったが、今の僕はそこで引くことはできない。
〈社務所・外宮〉の神撫音ララさんの指示通りに裏切者の道を選んだ僕だけは知っておく必要がある。
「それはなんですか」
「〈護摩台〉という結界の話は承知したな」
「はい」
「だが、おそるべきは〈神釼・
「逆の位置?」
「釼とはつるぎのことじゃ。ゆえに神釼とは神の剣ということになる。つまり「大元帥明王法」を外敵の呪殺にではなく、自らの陣営に逆さに用い、蠱毒のごとく剛き武者を育てるための修法なのだ。―――〈護摩台〉という四角く純粋なる異界の神の力を用いた結界を使い、その中で選び抜かれた巫女を鍛え抜き、神を討つための決戦兵器を作り上げる。あのけったいな舞台の真の意味はそこぞ。あの中で競い合わされた巫女たちはやがて獣も人も羅漢も仏も神すらも斃す真の明王となる。―――〈五娘明王〉という〈社務所〉の切り札にな」
―――僕はようやく謎の一つが解明されたと理解した。
プロレスリングのおかしな結界の正体とそれが用意された理由を。
「でも、なんで女の……巫女が選ばれたんですか。女の子たちを戦わせるなんて義侠的に納得できません」
それに対して快川和尚は、
「大元帥明王法を正位置で用いるのならば、当然、男が対象となろう。〈社務所〉も昭和まで男の神主を用いていた。じゃが、呪法には定まったルールがある。呪法を逆にするのならば、すべては反転せねばならん。ゆえに、男を女に、神主を巫女に置き換えた。それまでは男の補佐と考えられていた巫女を表に出したのだ。このとき、わしがうぬに紹介を求めている御所守たゆうという怪物が完全な実権を握ったのだ。やんごとなきお方の指示ともいわれておる。それから三十年近くかけてさらに練りこまれた〈神釼・
要するに、〈五娘明王〉―――おそらくレイさんや音子さんといった退魔巫女たちが、本当に五大明王の力を実践できるようになってしまったから、ある意味で教条的な反応をした仏凶徒たちが動き出した、ということか。
彼らからすれば、ただでさえ神道を基礎とするものたちが仏法を利用しているというのに、それが巫女……女の子であるという結果は冒涜以外のなにものでもなかったのだろう。
だから、四月の静岡での豈馬鉄心さん襲撃事件を引き起こし、奥多摩の安宅船侵攻を行ったのか。
確かに去年の終わりごろから、御子内さんのみならず僕の知る退魔巫女たちは手が付けられないほど強くなりつつあった。
最初は〈護摩台〉なしでは苦戦を強いられていた妖怪相手でもほとんど互角以上に渡り合えて、負けることは一度もなかった。
つまり、あの頃にはみんなはもう〈五娘明王〉という力に目覚めかけていたのだ。
だからこその強さだった。
(でも、それだとおかしなことがある)
〈五娘明王〉についてはそれとなく理解していたが、神撫音ララさんはただ一つだけどうしても教えてくれないことがあった。
それは御子内或子のことだ。
僕の御子内さんについては誰も何も教えてくれない。
本人からはわりとサクサク聞けるのだが、彼女自身が知らないことも多すぎた。
果たして、彼女はどういう役割を持っているのか。
おそらく〈五娘明王〉という立場にはないだろう。
そこが僕には疑問だった。
ただし、たゆうさんやこぶしさんの反応からすると、御子内さんにはきっと重要な役割がある。
いったい、それは……
「結論として、ワシら〈八倵衆〉のほとんどが賛成した帝都壊滅のため策が献上されたのじゃ。〈八倵衆〉の五人が手を上げれば合議体である以上、逆らえはせん。もっとも、そのとき、わしは関西におらなかったからそもそも軍議に参加すらさせてもらえなかったのじゃが……」
帝都壊滅。
いくらなんでもと思ったが、その後快川和尚の口から語られたこの作戦の工程は僕にとっても実現可能な案だと思われるものだったのである……
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