第499話「歌舞伎町のママ」
僕が連れていかれたのは、歌舞伎町の一角にあるスナックだった。
とてもじゃないが、高校生が立ち入っていい場所ではなく、恐る恐るお邪魔させてもらった。
だが、中の雰囲気はむしろ以前のガールズバーなんかよりはよっぽど大人っぽくて高級そうだった。
色っぽい女性がいない訳ではないが、そういうところよりは大人同士の会話を楽しむための場所という様子だった。
虚無僧が僕を連れて行ったのは、そんな社交場のような場所である。
慣れた様子で店内に入っていくと、カウンターの奥にいた和服の女性が声をかけてきた。
「あら、快川和尚。珍しい格好をしているわね」
「……仕事じゃ。お主とちごうてやることをやっておるのよ」
「酷いこと言わないで。ここでお酒を呑ますのもあたしのお役目よ」
このスナックのママらしき人と虚無僧―――快川僧人は知り合いであるらしい。
仏凶徒と知り合いというだけで、おそらくは同じ穴の狢だろう。
というか、僕たちのテリトリーといっていい新宿の一角に仏凶徒がいるというのが驚きだった。
「この小僧にアルコールの入ってないものと適当に飯をくわせてやれ」
「―――あら、あなた、まだ未成年なの?」
「はい。あ、おかまいなく」
「そうもいかないわ。……で、和尚とどんな関係?」
こちらが応えにくい質問を振られたが、すぐに快川和尚が差し出されたハイボールを呑みながら言った。
「〈社務所〉の禰宜―――じゃないか、アルバイトだそうだ」
「えっ」
ママは驚いた顔をした。
それはそうだろう。
快川のことを和尚といい、何らかの役目を持つということは、この女性も仏凶徒であろうから、敵対する〈社務所〉の人間を警戒せずにはいられない。
やはりママの眼に鋭い光が宿った。
「物騒なことを考えるな。この小僧は、今はわワシのつれじゃ。聞かねばならんこともあるし、呼び出してもらわねばならん相手もいる。お主は黙って知らんふりをしていればよい」
「そうはいかないわ。あたしは、和尚みたいに〈八倵衆〉ではないけれど、それなりの役目をいただいてここに店を構えているのよ。お山のためにならないことは見逃せないわ」
「……いいから黙って聞いていろ。お主とて、夜叉王と天王、それに迦楼羅王がこの新宿に入ったという話は聞いておるだろう。あやつらが下手なことをするのは、いかに同門としても見逃せんのだ」
すると、ママは肩をすくめた。
快川和尚の話が的を射ていたものらしい。
僕にわかることは、快川和尚が名前を挙げた三人の八天竜王が何かを企んでいるということだけだ。
しかも、関東に入ることを禁じられているはずの仏凶徒―――その中でも最凶最悪とまで言われている〈八倵衆〉の八天竜王なのだから、ことは重大だ。
僕が快川和尚の申し出に乗ったのはそれもある。
かつて奥多摩で〈八倵衆〉がしようとしていたことは見過ごしていいことではない。
ただ、どうも思惑が読めない。
僕の方には仏凶徒に関しての情報がほとんどないのだから仕方ないけれど。
組織としてどうなっているかとか、成り立ちとか、どんな構成員がいるのか、とかそういうことがまったくわからないままだ。
特に奥多摩でやろうとしていたことの真意なんて実は何もわかっていないのだ。
御子内さんとてんちゃんが捕らえた二人の八天竜王はいまだにほとんど口を割らないらしいし。
拷問とかやっても苦行と変わらない扱いでほとんど効果がないのでは仕方ないと御子内さんが言っていた。
「……〈社務所〉って、あんたみたいな若い子を使うの? あの巫女たち以外に」
僕の前にポテトと唐揚げが出された。
ここの軽食らしい。
ついでにオレンジジュースも。
「ありがとうございます。―――たまに使うみたいですよ。〈護摩台〉設置がメインで、戦いなんかはしませんけれど」
「あーあ、あのおかしなプロレス風の結界ね。あれ、初めて見たときは何かと思ったけれど、今じゃあちょっと見直しているわ。まさか、そういう鍛え方をするとは考えてなかったから。まあ、上方の連中はバカにするだけでまともに取り合わなかったけれどさ」
「―――そうなんですか」
ママは懐からタバコをとりだして火をつけると、
「あんただって最初はバカにしてたでしょ。あんなふざけたもので、おかしな戦いをさせられている巫女の連中を見たとき。頭イカレてんのかと思うはずよ。フォールとか、ギブアップとか、あの変な20カウントとか。実は物凄い霊的絡繰りなのはわかっていたけど、どう言いつくろったってミスマッチよ」
「……まあ否定はしません」
「ただ、あんなのを真面目に〈社務所〉が採用してからというもの、一人一人の媛巫女がとんでもなく強くなっていったのよ。あたし、一応、昔は国際式を齧っていたからわりと目が肥えているからわかるけどね」
……国際式?
何かで聞いたな。
確か、キックボクシングの世界統一方式をそういう風にいうって……
つまり、このママはキックボクサーなのか。
ん……
「その変なのは陰間じゃ。騙されるなよ、小僧」
「放っておいてくれない。枯れた爺さんの癖に」
「若いころのお主は颯爽とした儒僧だったというのに、ムエタイなぞにかぶれてタイ国にまでいくからそうなるのじゃ」
「ほおっておいて。タイで仏法について学んできたのよ」
「で、男をとってきたのか。しょうがない奴じゃ」
―――オカマさんだったのか、このママ。
色っぽい女の人だと思っていたのに驚いたな。
でも、まあ、僕に害がないのならオカマでもゲイでも関係ないけれどね。
「で、話を戻すけれど。あの〈護摩台〉ってなかなか異常な結界なのはわかるでしょ」
「はい。それはそう思います」
「〈社務所〉ではきっと教えないと思うわ。あそこの呪法の究極みたいなものだからね。……いい、あんた、なかなかいい瞳をしているから特別に教えてあげるわ」
「なにをですか」
〈護摩台〉の秘密というものについて、部外者―――下手をすると敵対陣営から教えられるというのも皮肉なものだ。
ただ、僕は前からかなり気になっていた話題なので思いっきり食いついてしまった。
「あの〈護摩台〉を作る資材そのものはたいして秘密はないの。―――それはわかっているんでしょ」
「ええ、まあ」
「問題はあの形を作ることによって、張られる結界なのよ。あの結界を構成するのは、実は仏の力でも八百万の神の力でもないの。まして、耶蘇の唯一神でもない」
「じゃあ、なんなのですか」
ママは一度目を閉じて、
「
道教って、中国の神様か。
いや、そんな感じは微塵もしなかったけれど。まさか。
「しかも、ただの道教―――じゃない。もともと後漢の時代に日本に渡って、帝の家系が隠匿していた呪法よ。道教だから、もとは人間であったものが仙人になり神格化しているの」
「それは……」
「夏王朝時代に、甲骨文字で書かれたという山と海の神々のための〈螺湮城本伝〉。それを著述して神となった人物の力を利用した、ある意味では温故知新といってもいい超・妖術的結界陣。それが〈社務所〉の〈護摩台〉なのよ」
僕は息を詰まらせた。
それはとんでもないことだからだ。
つまり、御子内さんたちは謎の神の力を使っているといっても過言ではなく、そのことについて彼女たちは本当にわかっているのかも怪しいということだった。
オカマのママはまだ話を続ける。
「―――本来は紀元前3000年ごろに書かれたという〈螺湮城本伝〉。おそらく、今では原本はないでしょうが、写本だけはこの日ノ本の国にもあるわ。やんごとなきお方が所有しているものだけだろうけどね。魔導書といっていい書物の力を借りているのが、〈護摩台〉。そして、その魔導書のタイトルでね螺湮城ってのはね……」
一度息を吸い、
「今は、ルルイエ―――と呼ばれているわ」
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