―第63試合 妖魅都市〈新宿〉 1―
第492話「龍虎激突!!」
立ち入り禁止になった新宿御苑の中心で、二人の強者が激突していた。
一方は大空を支配するかの如く、宙を舞い、弧を描く、飛び道具の王者。
迎え撃つ片方は、床にぴたと吸いつくかのような歩法を駆使し、一撃一撃が必倒の重さを誇る最強の少女。
どちらも僕の知る限りただの一度の敗北も知らない。
もっとも、僕が知り合いになってから〈社務所〉の媛巫女たちが敗北する姿なんて見たことがないから当然のことのように思っていたけれど、中野区のボクサーだって、静岡の守護神だって、一度は手酷い敗北の味を舐めているはずだ。
彼女たちは、シナリオがあるように絶対に負けることがない訳ではない。
ただ、単にこれまで彼女たちを遥かに上回る存在に出会ってこなかっただけなのかもしれなかった。
とはいえ、こんなことになるとは僕も想像していなかった。
関係者たちが〈護摩台〉と呼ぶ、プロレスリングのような結界の中で、ついにというべきか、ようやくというべきか、互いに雌雄を決し合っているのは、僕が良く知っている二人だった。
神宮女音子と―――御子内或子。
初めて会った退魔巫女と、次に会った退魔巫女。
どちらも常識的に考えれば「非」がどれほどつくかわからないようシチュエーションと、頭のネジを疑いたくなるような格好の美少女だった。
僕の好みそのままの下手なアイドルでは千年かけても辿りつけそうもない美貌の御子内さんと、人間の範疇でいえばここまで整った人はほとんどいないと断言できそうなほどの麗女である音子さん。
有する戦闘能力と比例するかのように綺麗な女の子たちが、本気で殴り合い、蹴りを放ちあっている。
しかも、どちらも相手のことを知り尽くしている親友同士だ。
下手なフェイントなどは簡単に読まれてしまうし、奥の手というものもほとんど悟られている。
御子内さんの特技でいえば発勁や雷神拳があるが、どちらも音子さんには見られているし、彼女が〈闘戦勝仏〉と呼ぶ例の分身してからのトンデモ技はリスクが高すぎて使う訳にはいかない。
なぜなら、例え音子さんを倒したとしても、そのあとに控えている化け物たちとの死闘のためにすべてを使い果たすことはできないからだ。
例え、神でも斃せそうなあの技は、かつて三回ほど見ているが、どの場合も御子内さんはぶっ倒れて動けなくなっていた。
〈赤帽子〉を屠ったときも、〈八倵衆〉の竜王を倒したときも、団地に巣食う神の落胤を討ったときも。
そして、奥多摩の一戦ではすぐに動けなかったために、大切な後輩を喪うという失策を犯している。
だから、あとのことを考えて体力の最後の一滴までも使いきるという選択肢を彼女は選べなくなっていた。
しかし、敵は神宮女音子である。
死力を尽くしたとしても勝てるかどうかは断言できない真の強者だ。
……今の僕は知っている。
〈社務所〉の媛巫女のうち、御子内さんの傍によく集う五人が〈五娘明王〉と称される研ぎ澄まされた五振りの刃だということを。
それぞれの身に、神道の巫女でありながら仏教の五大明王の力を宿し、すぐ近くに迫っている戦いのために鍛え抜かれた戦士たちであるということも。
御子内さんだけは五人とは別の立ち位置らしいのだが、彼女らと並び立っているということだけでおそらく別の思惑のもとに育てられていたということも想像がつく。
でなければ、イタクァといい、この間の邪神の落し仔といい、どんなに強かろうとも一介の巫女の倒せる相手ではない。
明王殿レイ、猫耳藍色、熊埜御堂てん、刹彌皐月―――そして、神宮女音子。
どれもが最強を名乗って遜色ない女の子たちだ。
ただ、その中でも異色の扱いを受けているものが一人いる。
それが音子さんだ。
いつも目と口に穴の開いた覆面を被って、誰よりも麗しい美貌を隠しているが、あの覆面レスラーとしての格好といい、
御子内さんやレイさんと違って、音に聞こえた大物妖魅を退治したとも聞いたことはないし、僕が助手として同行したときも〈殭尸〉や〈鉄鼠〉なんていうテクニカルに接しなければならない敵が多かった。
あっと驚く強さの証明がないのだ。
さらにいうと、彼女はあまり使わないが合気道の達人でもあるらしいけれども、それよりはジャベと呼ばれる関節技やストレッチ技の方を多用して、底らしいものはまず見せたことがない。
本来の実力をほぼ隠しきっているのである。
僕と御子内さんがよくわからない夢の世界らしきものに飛ばされた時に、得体のしれない〈枕返し〉を倒して帰還させてくれたときに何か奥義のようなものを使ったとは聞いていたが、実際にどのようなものかはしらなかった。
ただ、神宮女家の守護神は大威徳明王であり、音子さんがその化身であるということある人から聞いている。
つまり、僕らの知らない深すぎる底を未だに隠し持っている可能性があるということだ。
御子内さんですら警戒するほどの。
「―――音子、様子見が長いじゃないか。ボクもキミもそこまで余裕のある立場じゃないのを忘れたのかい?」
「ノ. アルっちとやりあうのに焦りは禁物。あたしは何年も前からアルっち退治の秘策を練っていたんだから」
「何を言ってるんだい、ボクなんかよりよっぽど天才肌の癖に。ボクはどうやったら強いキミらを出し抜けるかを、いつだって考えていたんだぞ。道場に入るのも遅れた、貧弱な身体のダメな女の子だったからね」
「……そういうとこ、好きだけど嫌い」
音子さんは二度バク転をして、赤のトップロープに立ち上がった。
人とは思えない身軽さなので、〈軽気功〉を使っているのだろうと想像がつく。
美厳さんや霧隠のような忍びのものとは違って、羽毛のようにとまではいえないが、それでもかなりの腕前だと思う。
気功術についてはだいぶ僕も目にしてきたが、おそらく媛巫女でも随一の腕前だろう。
ただ、それが音子さんの本気ではないはずだ。
この普段は覆面を被った謎の多い超・美少女が本気を見せるとき―――
それは御子内或子でさえも敗北を覚悟しなければならないだろう。
ただ、こんな龍虎相討つ戦いは本当ならば別の機会に見たかった。
こんな―――仏凶徒〈八倵衆〉の新宿攻略の計略によって無理な戦いをしなければならないなんて状況は絶対に避けたかったのに。
……御子内さんたち〈社務所〉と“西”からの敵・〈八倵衆〉との激突の第二ラウンドは、僕らにとっても馴染み深い新宿で引き起こされたのである。
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