第491話「決断」
〈S.S.A.F(
これから、彼女はちょっとした重要な会談をしなければならず、らしくないことに多少興奮していた。
それは本来の彼女の使命とはまた別の理由に基づくものだったが、神撫音ララという傑物にとっては些細なことと割り切れるものではなかった。
「……で、どういう感想を抱いたのカネ、あなたは?」
「僕が感じたのはあなたに対する嫌悪ぐらいですよ、ララさん」
ここは警視庁の組織犯罪対策課―――元の捜査四課が、朝倉会の監視のために借りていたマンションである。
〈吸血鬼〉マーカムがヤクザ組織を乗っ取ったという確信を得たララと〈社務所・外宮〉が強引に警察官から接収したのだった。
おかげで〈S.H.T.F〉は警察が用意していた様々なハイテク器具が使い放題という状況になっていた。
「―――あの家宅捜索に出た警察官たちを見殺しにしましたね」
「囮に使ったといってくれないカネ」
「取り繕う気もないんですか。ほんと、あなたたちの目的のためには手段を選ばないところが大っ嫌いです」
ララを口汚なく罵った(本人的にはだが)少年は―――升麻京一である。
〈吸血鬼〉上陸の報告を受けたララが無理矢理に実家から拉致してきて、ここで一部始終を観察させていたのであった。
〈社務所・外宮〉に拉致されるのはこれで二度目とあって、京一はあまりないことに怒りを維持し続けていた。
しかも、拉致の果てに見せつけられたのは、ララたちが自分でいうように警察官たちを見殺しにして〈吸血鬼〉とその下僕を殲滅した手際だけである。
彼が心酔して、崇拝に近い感情を抱いている御子内或子とその親友たちの戦いに比べればあまりにも無残で酷薄だった。
だが、同時にこれを自分に見せつけた理由もわからなくはないと思っていた。
いつからだろう、京一は異常なほどに察しが良くなりつつあった。
つい数年前まではごく普通の男子高校生に過ぎなかったはずなのに、今では自分がまるで別物にでも成り果ててしまっている感覚がある。
「―――だが、あなたはわかっているんだろう?」
「ええ、だいたいのところは」
「それ、他のものには気づかれていないネ?」
「演技力には自信がありませんけど、たぶん」
「ふーん。私の目には相当の猫かぶりに見えるがね。根がウブな御子内たちではわからないかナ」
しかし、それこそララの望みの一つである。
〈社務所〉の切り札たる巫女たちには、純真で無垢な部分を多く残しておいてもらわねばならないのだ。
それは巫女の純粋さの維持と捉えることもできる。
人類の決戦存在を一振りの剣とするための得難い要素であった。
まったく逆の立ち位置にあえて振り分けられたララとの比較もあるのであるが。
「僕にあんなものを見せてどうする気なんです?」
「わかるだろう。―――私があなたに望むのは裏切りダヨ」
顔色一つも変えずに京一は答えた。
「悪いんですが、僕が御子内さんたちを裏切ることはありませんよ。おそらく、例えば涼花を人質にとられても変わらない」
「わかっているサ。あなたは御子内を決して裏切らない。ただし、あなたは人類そのものを裏切る可能性がある。いや、人類だけならまだ可愛いか。宇宙そのものを狂わせるおそれがあると思うんダヨ」
嫌そうな顔をして首をふる。
「そんな大げさなことがあるもんか。僕はただの高校生だ。仮に学校がなければ平凡な少年だ。そんな―――セカイ系の漫画の主人公みたいなことが……」
呆れて首を振ろうとした京一の顔色が変わる。
まるで、自分の台詞にとてつもない矛盾を見つけ出した天才哲学者のようであった。
「セカイ系……? 主人公―――?」
京一はかつて夢とも未来ともつかない世界で誰かに聞いたセリフを思い出していた。
(……うーん、セカイ系ですにゃ。京一さんを主人公としたライトノベルみたいですね)
(なるほど。僕が主人公の作品みたいなんですかね……)
瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。
理由はわからないが、京一の全身に寒気が走ったのだ。
思い出したのはなんてことのない会話。
だが、この世界の物ではない会話であった。
「……ハハハ、やはりそうかい。あなたもやはり運命の顎に食い込まれた口カネ。いやあ、仕方がないと思うヨ。まったくもって平凡な星の下に生まれたはずなのに、星辰が指し示す狂気の時代の中心に、たまたま近いところに来てしまった一般人。なるほど、大陸でも伝説であった〈一指〉の所有者。もしや、ギリギリのところで星辰から外れたのもその類まれなる強運のおかげかもしれないネ!」
ララは笑った。
心の底から愉しいという哄笑だった。
「平凡な一般人。それがただの運の良さのせいで、狂気の戦場に位置することになる。これぞ、大宇宙そのものの思し召しダヨ!」
京一は息もできなくなるストレスの中で問うた。
「……あ、あんたは僕に何をさせようというんだ……よ―――」
「簡単サネ」
「……?」
「あなたは裏切者になればいい。日本の歴史上、最大級の裏切者に。穴山梅雪も小早川秀秋も、明智光秀も及ばない、裏切者の中の裏切者にネ!!」
現代の女メフィストフェレスは嘲笑う。
朴訥な少年を地獄に落とそうと。
そして、その少年は唇を噛みきりながらも応じた。
「―――わかった。僕がその役をやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます