第476話「人よ、天を信じたまえ」



 行方不明になっていたNPO職員たちは、結局、生きたまま救出することは叶わなかった。

 あの光る部屋の壁と完全に融合してしまっていたからだ。

 分離もできず、取り出すことも出来ず、手も施せずそのまま亡くなってしまった。

 通常の外科手術どころか、呪術・魔術の類いを使っても助けられない状況だったそうだ。

 あの双子の父親は紛れもなく掛け値無しに、僕たちにとって想像もすることができない邪神であったらしい。

 その力はまさに奇跡というに相応しく、なされた事象を人の力で覆すことは不可能であったという。

 しかも、融合だけならばともかく、光る部屋そのものが、異世界と紙一枚というか薄い皮膜一枚で隔たっていたという事実も発覚していたのだ。

 つまり、下手なことをすればあの部屋一帯は異世界と繋がっていてしまったということだった。

 世界というものがかようなまでに脆いものだということについて、僕は最近ことある毎に思い知らされている。

 実際に余所の世界と繋がることによって、わずかな小さい罅程度でも入ったらそれ以降は修復することも叶わず、この世界のすべてが崩壊する可能性もあるということを初めて聞かされた。

 世界と世界の衝突というか接触というものはそれだけで、核爆弾も比較にならないほどに危険な代物なのだ。

 そして、あの光る部屋はほとんどその寸前であったらしい。

 不可視の触手の怪物の方がその力で少しずつ溶かしていった世界の壁。

 あの光はすなわち別世界の輝きだったそうだ。

 怪物がそのまま突き進んでいればもしかして世界はそのままなくなっていたかもしれない。

 僕らがまったく気がつかないうちに。

 双子はそのための道具でもあったのである。

 つまり、今回のようにたまたまNPO職員の失踪で発覚しなければ、双子の、ひいてはその父親である邪神の目論見によって限りなく高い確率でこの世界は消滅の危機にあったということだ。

 まさに悪夢以外のなにものでもない。

 あとで聞かされた報告をきいて僕らが震えたのはしかたのないところだと思う。

 でも、御子内さんだけは変わらなかった。


「やはりボクたちには天命がついている。そればかりには頼れないが、これからもボクらがやれることをやり続ければきっとどんな危機が訪れたとしても不安を感じる必要はないんだ」


 あの金色に輝く瞳を持つ美少女は力強く断言した。

 他の退魔巫女の誰とも違う、御子内或子という人物の秘められたポテンシャルがあれだとしたら、きっと僕ら人間にもなんとか首の皮一枚繋がるほどの希望は残っているのだろう。

 この細い肩に僕らは縋るしかないのかも知れない。


「敵は強いみたいだよ」


 もうはっきりとわかっている。

 おそらくその敵に備えて、日本という国のすべては動いているということも。

 世界がどうとかは関係ない。

 君たちの産まれたこの美しい故郷守るため、動き出している人々がいる。

 中には真実について何一つ知らず、勝手な思い込みやイデオロギーや他国の扇動にのって抵抗をするものたちもいるだろう。

 邪神の手下となって破戒と混乱を撒き散らす悪魔どももいるだろう。

 でも、僕たちは今回のように必死に戦い続けることになるはずだ。


 御子内或子の火眼金睛かがんきんせいの瞳の輝きがある限り。


 ニンゲンは邪神になんて負けはしない。








           ◇◆◆







「……運が強いな、その大聖は」

「天上天下、強きものはすべからく悪運に愛されているものよ。その巫女は強者であるのだろう。であるのならば、武運も長久であって当然であろう」


 闇の底で二つの声が会話をしていた。

 この世に生きる誰もが辿りつけない闇の奥で。


「その運、奪えばどうなる?」

「―――できるのか」

「古今の神話を見よ。人を守護する祝福を奪う術など数えきれないほどあるわ。その大聖を葬るためにどのような手段も厭わずというのならば選択肢はいくらでもあろうさ」


 声が求めるものははたして何か。

 それを知る者はいない。

 ただ、わかることは……


 世界を糺そうとする者に対して、陰謀をたくらむものは決して少なくないということである。

 

 最強の大聖も、五人の明王も、そして強運の只人も。

 油断をすれば寝首を掻かれる。

 



 それが、神の真の呪いなのかもしれない……


 











 

 

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