第469話「謎の双子と潰れたハイエース」



「ここがクロナワ団地かい?」


 相模線というほとんど使ったことのない路線を使って辿り着いた駅を降りて、しばらくバスに揺られていった先はそこそこの規模の団地群であった。

 御子内さんはいつもの改造巫女装束。

 僕はもう開き直ってツナギとベルトと工具をぶらさげた職人姿だった。

 最近、こうやって御子内さんたちと妖魅の調査に行く先で〈護摩台〉という名のプロレスリングを設置する割合が増えすぎているので、いちいち着替えるのが面倒になってきていたのだ。

 ちなみに、資材さえきちんと搬入しておいてもらえれば、たいていの場合一時間少しで設置できるようになってきていた。

 土台をしっかり作らない、ある意味では簡易結界の〈護摩台〉バージョンなら三十分もかからない。

 慣れたというよりも熟練してきたという感じだった。

 それがいいことかはわからないが、御子内さんたちを助けるためにはとても良い成長だとは思っている。


「そうだ、御子内或子。俺たち霧隠が丁寧に裏をとった場所だ。さっさと妖魅を退治してこい」


 と、御子内さんにやたらと挑戦的なのは霧隠明彦。

 僕のクラスメートで学内で唯一の〈社務所〉の関係者にして、霧隠忍群という忍びの一族のものである。

 背が小さくて美少年なので、ぱっと見女の子のようだが、忍びの術や戦闘にも長けた人材である。


「……見習いの禰宜がボクに指図するなんて、ちゃんちゃらおかしいね。プーくすくす、だよ!」


 どこで覚えてきたのか煽る感じの腹の立つ笑い方をする超絶美少女(あとで思い出したが、たぶん、てんちゃんだ)。

 やられた方は腹が立ってしかたがないところだろう。

 だが、このあたりの駆け引きは御子内さんよりも忍びの方が上だ。

 忍びの術は他者の感情の裏を読み取れないと使えないものもあり、故に正確に思考をトレースできる。

 霧隠もまた忍びだった。


「見習いどころがアルバイトでしかない京さんの助けがないと半人前以下とか言われているどこぞの巫女に比べればマシさ」

「なに!?」

「確かに御子内或子といえば、単独妖魅撃墜数三桁越え、事件解決率93.8%という〈社務所〉の媛巫女でも大エースだ。あの鉄心さんでさえ認めている。でも、事件の報告書を見る限り、貴様だけで解決できたものはそんなにない。特に京さんと組み始めた2014年末からはそのほとんどに多大な尽力をして貰っているじゃないか!」

「いや、別に京一がいなくたって……」

「……なんとかできたって? そんな自分でも信じられない妄想を持つものじゃないぜ。こっちは調べたうえでいってんだ。井の頭公園で三鷹で大宮でどれだけ助けてもらってきたことか。それで一人前とは恐れ入ったの鬼子母神さ!」


 例えが意外と古いな、霧隠。

 まあ、御子内さんはぐぬぬとおこな状態なので、そんなことは気にもしていないだろうが。

 しかし、この二人、特別仲が悪くて僕としては困っているのだ。

 なんでこんなに険悪なのかわからないが、霧隠はクラスメートの腐れ縁の桜井ともウマが合わないので何か共通点があるのだろうか。

 とにかく仲良くしてもらいたいものだ。


「霧隠。君は僕の護衛と手伝いに来たんだろ? あんまり身内同士でやりあうなよ」

「すいません、京さん。以後、気を付けますね」 

「なんだい、急に態度を変えて!最初にちょっかいを掛けてきたのはキミの方だろ!ボクの京一とマブダチぶってさ!」

「何を言っている。俺と京さんは親友じゃないか。場合によっては義兄弟といってもいあぐらいだ」

「初めて会ってから一月ほどしか経ってないじゃないか! ボクなんか一年半の付き合いなんだよ!」

「友となるのに時間はいらない、と鉄心さんがおっしゃっていた。貴様は時間をかけなければ莫逆の友を作れないのか? 鉄心さんの幼なじみにしては悠長なやつだ」


 またも、ぐぬぬとなる御子内さん。

 どうも霧隠相手だと不調になるらしい。

 口喧嘩ではだいたい負けている。


「二人ともいい加減にして。まったく話が進まないじゃないか」


 そう、僕たちはこのクロナワ団地という場所に妖魅の調査に来たのであって、遊びにきたのではない。

 御子内さんが巫女装束をしているのは、JKから本業に意識をシフトした証なのだ。


「あれです。あの第13棟の左にある401号室。そこが今回の事件の発端と考えられています」


 霧隠がようやく本分に立ち戻ってくれた。

 どういう訳か僕の周りにいる人たちはときおりいがみ合いが酷くなるので、プロフェッショナルというものは常に真剣勝負でいるから精神的な余裕がなくなりやすいのだな、と同情してしまうが、こういう風に瞬時に平常運転に戻れるところがやはり尊敬できる。

 霧隠がタブレットを持ち出して、解説もしてくれた。


「あの402号室に、二人の双子の兄弟が住んでいます。ともに最近の用語でいう『ヒキコモリ』。就学もせず、就職もしないで一定以上の時間を決まった場所でのみ過ごすものを指す言葉ですね」

「いくつぐらいなの?」

「共に十七歳。ただ、出生届がでておらず、戸籍に記載さえない状態でして、双子の兄弟であることも年齢についても母親の証言があるだけみたいですが。ただ、実際に成長しているのは確かみたいです。同じ団地の中に目撃者がいましたから」

「友達がいたってことかい?」

「いや、逆だ。この兄弟、母親も含めて凄まじく嫌われていた。だいたい目撃されるのは深夜なんですけれど、その度に団地内に悲鳴が轟いたらしい。見た目が不気味というのもあるけれど、男女の見境なく抱き付く癖があったんです」

「抱き付く癖?」


 それは嫌われても仕方ないかも。

 知り合いでもないものに無理矢理に抱き付くなんて、痴漢か変質者そのものだから。

 ただ、僕はその手の事件の証言を頭から信じたりはしない。

 世の中には痴漢の冤罪事件というものが山のように存在するからだ。

 誤解であったりわざとであったり理由は様々だが、電車の中で痴漢をしていない人を痴漢として警察に差し出してその人の人生を狂わせるなんて少なくない話だからだ。

 この場合は冤罪というよりも、虚偽告訴や誣告といってもいいだろう。

 何もしていない人を虚偽の罪で陥れるなんてことを平気でしてしまう女性は意外といるのだ。

 その双子も下手をしたら単に容姿が不気味というだけで犯罪者扱いされてしまった被害者という可能性も捨てきれない。


「団地内の嫌われ者ということで、血気盛んな高校生なんかが双子をリンチしようとしたことがあったそうです」

「で、どうなったんだい? わざわざエピソードとしていれるからには何かよからぬ結末になったのだろう」

「御子内或子の言う通りです。夜中、よっぴいて見張りをしていた高校生たちが双子を見つけて追いかけた結果、一人、行方不明になりました。ただし、双子が何かをしたというわけではありません。高校生が全員で団地内で双子を追いかけまわしていたとき、先回りしようとした一人がどこかに煙のように消えてしまったのです」


 なるほど、追いかけまわされていた双子には犯行をすることができないというアリバイがつくわけか。

 双子のせいにするわけにはいかない。


「警察に失踪届を出したのですが、まともに捜索もされずに捜査は終了しました。それ以来、双子は団地の住人には無視されるだけになりましたが、あちらも懲りたのか抱き付いたりするような真似はしなくなりました。ひきこもりっぽく外に出なくなったのだろうという話です」

「双子がどうやってくらしていたのかが謎だね」

「母親がいたんです。二月ほど前に亡くなりましたが。ただ、生活保護とかを受けていた様子もないのに、家賃も光熱費もきちんと支払われていたらしく、ここから追い出されることはなかったようです。まあ、かなり格安の団地で、3LDKで家賃五万円らしいです。だいたい100平米あります」


 それは出ていきたくないだろう。

 少なくとも都内にある住宅でその広さで、さらに五万円なら、近所に変人が住んでいたとしても。

 

「でも、ただの変人の双子の話なんだよね。御子内さんたちが出張るほどのこととは思えない。まだ何かあるんだろ?」

「ええ。それが今回の本題です。―――そのヒキコモリの双子のところに、一週間前にとあるNPO法人の関係職員がやってきました」

「……まさか?」

「そのまさかです。彼らが失踪しました。しかも、今度は彼らが乗ってきたハイエースが無残にもぺちゃんこになるというおまけつきです」


 タブレットに映し出された白いハイエースは見事なまでに潰れていた。

 窓枠とガラスが完全に粉砕されていた。

 ただ、車としての面影は残っていて、バンがまるでセダンタイプのように扁平になっていたのだ。

 

 しかも、よくある落石によるものではなく、まるで平らで大きな石壁が降ってきたかのようにだった。

 さらに、その場所は団地の中央にある道の端だった。

 何かが落ちてきたり倒れたりしてできる光景ではない。

 では、いったい、何があればこんな壮絶なことになるというのか。

 

 そして、このハイエースに乗っていた人たちはどこに消えたのか。


 僕らはそれをつきとめる為にこの団地にやってきたのである。

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